「思いやり療法」です♬
今回の風邪?コロナは、我ながら感心する早さで復活した。
「つらい~!!!」
と感じたのは2時間くらい。
少し回復したダンナが、
「次は俺がしてもらったみたいに看病する!」
と言い、ジンジャー・ティーを作ってくれた。
彼は、ひとつ何かに触れるたびに手を洗う。
風邪菌がジンジャー・ティーに入ってはならない!
完璧主義の彼は、小さなミステイクも許さない。
彼は、私の好きそうな甘さのジンジャー・ティーを、長~い時間をかけて作ってくれた。
とはいえ、彼もまだまだ回復していない。
彼はここ数日、咳で眠れず、体重もどーんと落ちた。
いかん!
老々介護をしている場合じゃない!
寝込んでいる時間もない。
今月は特に、やらねばならぬことが目白押しだ。
ジンジャー・ティーを飲み、風邪菌撃退をイメージしながら2時間ほど眠る。
タッタラタ~ン🎉
目が覚めると、びっくりするほど回復していた。
よし!野菜たっぷりのスープと、ジンジャーが山盛り入ったフライドライス(キヌア入り)だ!
体力をつけるぞ!
気合を入れて、キッチンに立つ。
ベッドルームで眠っていたダンナが目を覚ました。
鋭い視線で私の動きを監視している。
「今、キャビネット開けたけど、手洗った?」
「洗った」
「冷蔵庫開けた手でその皿触った?」
「触った」
「手洗わへんの?」
「洗います」
「今、お前のジャケットの袖がまな板に触れたで」
「・・・・・・・うりゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
毎度のことだけれど、病人の二人が大喧嘩だ。
とはいえ、ダンナが細かく言うのは、自分のためではない。
彼が病気の時、彼は、私に風邪がうつらないように全力を尽くす。
私が風邪の時は、看病ができなくなったら大変なので、自分にうつらないよう全力を尽くす。
今回のように二人が風邪の時は、その風邪菌で、再び風邪をひかないよう全力を尽くす。
彼のベースは「思いやり」だ。
そこを忘れちゃいけない。
そして私がスープを作るのも、私だけのためではなく、彼に元気になって欲しいと願いながら作っている。
そこも忘れてもらっちゃいけない。
要するに、我々は互いのことを思って行動している。
けれども、毎回大喧嘩になる。
まず、考え方が違う。
ダンナは風邪菌を体内に入れないことに全力を尽くす。
一方私は、風邪菌は部屋中にあるので、ある意味避けられないと割り切っている。
そして一度うつってしまえば、二人とも同じ風邪菌を保有しているのだから、一緒じゃん!と思っている。
手洗い、うがいもしっかりするけれど、免疫力を付けて、風邪菌に打ち勝つ以外にない!
ちゃっちゃとスープを作り、ガンガン食べて元気になる!
ジンジャー・ティーも何度も作り、何度も飲んで、風邪菌を抹殺する!
次に、私と彼の頭の中にあるプロジェクトの数が違う。
彼は病気の間、風邪菌だけにフォーカスし、風邪菌のことだけを考えている。
一方私の頭の中は、仕事や家賃の支払い、今月中に進めたい5つのプロジェクトをどうやってやっつけるかで占められている。
「(・・・仕事をもうひとつ増やすか・・・物価はどんどん上がる・・・ダンナのYouTubeをどうするか・・・ひとつ仕上げなければならない記事もある・・・どうやって時間をやりくりするか・・・)」
私は次のアクションを考えながら、キッチンに立っている。
「袖がまな板に触れたで」
「・・・・・・・うりゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!そんな小さいこと考えてないんじゃーーーーーーー!!!」
となる。
実際には、彼の方法を二人が実行すれば、かなりの確率で予防できるのかもしれない。
けれども、それをすることにより、他のすべてのことがストップ、もしくはものすご~くスローダウンするので、私にはできない。
ところが、風邪菌のことしか考えていない彼には、私がなぜできないかがわからない。
そして大喧嘩になる。
彼が寝込んで3日目くらいの夜、ジンジャー・ティーをベッドルームに運んだ時、彼が言った。
「世界一の嫁や~」
その翌日、
「ちょっと言うただけで、なんやその態度は!お前はわがままなクソガキかっ!」
世界一の嫁の評価は、一夜にしてダダ下がりした。
あまりに腹が立って、朝の4時からスープとフライドライスをガツガツ食べたら、本当に元気になった。
「ダンナにばい菌、クソガキ扱いされる療法」は意外と効果がある。
大喧嘩っぽいけれど、怒りはそれほど継続しない。
ケロッとして、また似たような会話をする。
「ジンジャー・ティーに何入れた?」
「シロップ」
「甘すぎる」
「お湯入れる?」
「なんで同じ味に作らへんの?」
「同じ味に作ろうと思ってないから」
「俺は毎回、ワイフに喜んでもらおうと思って、同じ味に作る!」
「私はどんな味でも作ってくれたら嬉しい」
「俺は違う!喜んで欲しいから、同じ味に作る!なんで、お前はできへんのや!」
「私はあなたじゃないから」
「同じ作るなら、ちゃんと作ったらええって言うてるんやーーー!!!」
言っていることはよーくわかる。
わかるけれど、ダンナが変わらないように、私も変わらない。
テキトーにいっぱいする私と違い、ダンナはどんなことも丁寧にきちんとする。
それがダンナだ。
そして、だから私には決してできない、愛のある素晴らしい音楽を演奏できる。
そんなダンナの言動のベースには常に「思いやり」がある。
「ばい菌扱い療法」は、言い換えると「思いやり療法」です。
感謝しなきゃいけません。