キッズを誘導して自分を労わろう
私は、シアトルにある、老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。今から約8カ月前、働き始めた頃は、私を含めて4人の主婦がいた。ブラジル人のヴィー、メキシコ人のヴィッキー、フィリピン人のアンだ。インターナショナル貧乏人主婦軍は、お手伝いさんを雇う実力もない。お掃除、食器洗いのプロだ。住民に食事をサーヴィスすると、それぞれが勝手に掃除をし、テーブルクロスを交換し、皿洗いをはじめる。文化も言語も異なるけれど、「お年寄りを大切にする」という考えも同じだった。「働く」という点では、互いに信頼していた。
ところが、彼女たちはバタバタといなくなった。ヴィーは引越しで退職、アンは会社の受付嬢になり、ヴィッキーは転職した。残った私は、高校生や大学生と働いている。相手はキッズだ。「働く」という点で、信用できる奴はひとりもいない。
現在のパートナー、ジャネットは、ヴィッキーの娘だ。母子家庭で育った、大学1年生の彼女は、明るく、くるくるとよく働く。彼女はずっと動いているので、他のキッズよりも信用できる。とはいえ、やはり「キッズ」だ。掃除やモップ掛け、皿洗いは、全力で避ける。
「ユミ!見て!」
ジャネットが指を指した先、テーブルの下に、ナプキンとフォークが落ちていた。昨晩働いたキッズは、掃除機をかけなかったのだろう。なんとなく拾った。拾ってから気付いた。
「(なんで、私が拾ってるねん?)」
このとき、彼女は床に落ちた物すら拾わないことを知った。
「洗い物は私がするから、フロアに掃除機かけてくれる?」
ある日、彼女に頼んだ。すると、彼女の目がまん丸になった。
「ユミ、私に掃除機をかけて欲しいの?」
心の底からビックリした顔に、こっちがビックリだ。本心はわからないけれど、「(この私に、掃除機をかけさせるの?何を言い出すの?)」という感じだ。
さすがは、アメリカ育ち。教室の掃除を、自分たちでする日本の教育とは異なり、アメリカには、小学校から「掃除をする人」がいる。私は「掃除をする人」だったのか?実際には、好意でしているだけで、掃除のおばちゃんではない。
「そう。掃除機をかけて欲しいの」
きっぱり言うと、不思議そうな顔をしていた。
ある日の朝、出勤すると、洗い物が残っていて、ダイニングルームも綺麗に片付いていなかった。
「くそキッズめ・・・」
こう思ったけれど、その時の状況がわからない。もしかしたら、忙しかったのかもしれない。いずれにしても、高校生のボーイズに、多くは期待できない。許容範囲だ。ところが、ジャネットには受け入れられない。
「ユミ!ここも片付いてない!デザートのお皿も洗ってない!」
「以前よりマシやで」
「リンジーに報告する!」
リンジーは、私たちのボスで、仕事に厳しく、裏表のない人だ。ジャネットから話を聞いたリンジーも、怒っている。リンジーは、キッズの頃から、キチンとできる子だったのだろう。
私に言わせると、これは会社の責任だ。安い給料で働いてもらおうと思えば、クオリティが下がるのは当然だ。レストラン業に興味があるとか、本気でお金を貯めたい人は、チップで稼げるレストランへ行く。
さらに、人件費を削減して、ギリギリの人数しか雇わないので、キッズを監視する大人がいない。大人のいない場所で、高校生の男の子2人が、ピカピカに掃除をして帰宅する?私は目撃していないけれど、どちらが皿洗いをするか、仕事中に喧嘩をしているらしい。そんな彼らに期待する方が間違っている。注意をしたら、素直に言うことを聞くだけ、まだマシだ。
「ユミ、リード(リーダーのポジション)になって、私を助けてくれない?」
リンジーから、何度かお願いされている。
「助けてあげるけど、リードはイヤ」
私の答えは変わらない。以前、グロッスリーストアで働いていたときも、「将来、マネージャーになりたい?」と聞かれて、「なりたくない」と即答した。仕事はきちんとするけれど、いつ辞めたくなるかわからない。というよりも、いつも辞めることを考えている。
内緒だけれど、私は相変わらず、シアトルからシカゴへ戻り、音楽を聞きながら、フラフラ生きることを夢見ている。常に逃走、脱出を妄想し続けている😁
話は戻る。
リンジーに報告したジャネットは、従業員が見るホワイトボードに、メッセージを残した。
「夜の勤務の人へ。掃除機をかけて、洗い物を終わらせて、帰宅してください!」
躊躇なく書けるジャネットがすごい。さらに、
「ユミ!今日は掃除機かけないで、彼らをテストしよう!ここにゴミが残ってたら、彼らが掃除してないことがわかるでしょ!」
「自分も掃除せえへんやん」
「でも、私はそう言わなきゃいけないのよ」
そう言わなきゃいけない理由がわからん。
「私らが掃除せずに、掃除しろとは言われへんやろ」
「・・・」
納得できない様子のキッズ#1、ジャネットを無視して、掃除をする。
キッズたちはおもしろいけれど、おかげで毎日忙しい。
「こら、キッズ!年寄り(私)を労われ!」
主婦たちと仕事をしていた頃が懐かしい。とはいえ、彼女たちが返り咲くことはない。何度募集しても、応募者はキッズばかりだ。
キッズに労わってもらえないなら、自分で楽になる環境を作るしかない。解決策は、私と年齢が一番近いリンジーとタグを組み、キッズを誘導する。
リードのポジションを引き受けた。
「ユミ、明日、皆に発表するわ。ジャネットはちょっとジェラシーを抱くかもしれないけど」
「やっぱりそうよね・・・」
私は、対等だと思っていたけれど、彼女自身は、私を含む、他の従業員より少し上、リンジーと対等だったようだ。さすがキッズだ。
56歳、生まれてはじめて、仕事でタイトルを得た。シカゴやニューヨークで音楽を聞きながら、テロリンと生きることを妄想しながら、キッズを誘導する。ちょっとだけ頑張ろう😁
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