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悪魔がいなくなったアラーナと、キッチンで働くメンバーたち😁

 私はシアトルにある、老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。毎日、ちびちび書ければいいけれど、なかなかできない。「あっ」と言う間に職場は変化する。最初から読んでくださっている方は、クックのアラーナに対して、非常に悪いイメージを抱いているはずだ。
 ところが!今や、私にとっては、一番気楽に仕事ができるパートナーなのだ。

 以前のアラーナは、いつも不機嫌で、朝の挨拶もしなかった。住民のリクエストもほとんど聞かない。「少量で」とお願いしても、ドーンと盛られている。「オムレツ半分」と言えば、「オムレツ半分は作れない!」と言い返される。ウェイトレスのヴィッキーが作ったデザートを捨てたときは、ホントに悪魔かと思った(⇧のストーリー)。 

 ヴィッキーは、この事件で転職を決意した。残された私は、アラーナと喧嘩をしている場合じゃない。「どちらか一方が悪い」ということは絶対にない。アラーナと私はチームとして機能しなければならない。彼女の良い部分を観察する。
 25歳だけれど、彼女は毎朝6時にはキッチンに立っている。暇さえあれば、タオルでどこかを磨いている。不機嫌だけれど、やることはやっている。
 彼女には意地悪な部分がある。けれども彼女はそこを隠さない。全部オープンだ。自分を良く見せるために嘘をつく、大学生女子ウェイトレスよりも好感が持てる。そして、その点で口論になっても、それを引きずることはない。男だらけの兄弟の中で育ったことも関係ありそうだ。

 数か月前は、このままアラーナから悪魔がいなくなるかどうかわからなかった(⇧)。どうやら、本当にいなくなったようだ。
 彼女を悪魔化した原因のひとつは、マネージャーのベルナルドだったと思う。ベルナルドは悪い人ではない。どちらかといえば良い人だ。けれども、マネージャーとしての仕事を怠った。出勤しない日もあった。アラーナは、常にベルナルドの分まで仕事をしていた。しかも、ウェイトレスは敵と化している。これじゃ、仕事に来ても楽しいはずがない。すぐに仕事を辞める人が多い中、心を病むこともなく、毎日出勤し続けたアラーナが頼もしい。
 そうこうしているうちに、リンジーがディレクターに就任した。当初は、意地悪アラーナが残っていたけれど、少しずつ、それもなくなってきた。働き者のリンジーが上司なので、アラーナも「私だけが大変」という不満がなくなってきたのだろう。
 先日、リンジーに尋ねられた。
「ユミ、就任したとき、アラーナを辞めさせるように言われててんけど、そんなに悪くないよね?」
「随分変わったで。毎朝出勤するし、仕事も早いし、暇があれば、いつも拭き掃除してるし、辞めさせる理由はないんちゃう?」
「そうやねん。アラーナがおらんようになったら、実際困るねん」

 我々サーヴァーも、良い人材が集まらず困っているけれど、実はクックも人材不足だ。
 普通に仕事ができるヤスミンは、先月から休暇を取っている。彼女のママが脳梗塞で倒れたために、現在、付きっ切りで看病をしているからだ。

 そこで、仕事に来なくなっていたジョリーを急遽呼び戻した。ジョリーはずっと甘い物を食べている。骸骨並みにガリガリなので、糖尿病じゃないかと私は疑っている。けれども、あの食べっぷりからすると、糖尿病を気にしている様子はない。ずっと鼻唄を歌いながら、鍋やらカマを投げるように、雑に扱う。
 これまで夕食を担当していたジョリーが、土曜日の朝食も担当するようになった。昼食や夕食はメニューが決まっていて、先に作っておけるけれど、朝食はオーダーがあってから作り始める。といっても目玉焼き、スクランブルエッグ、フレンチトースト、パンケーキなど、オーダーされるメニューはほぼ決まっている。ところが、ジョリーはパニックに陥った。
「ユミ!朝食ってこんなに忙しいの?」
「暇な方やけど」
「あぁーーーーっ!!!」
 頭を抱え込んだ。
 リンジーは、彼女がドラッグをしていると信じている。

 新しく採用されたジェニファーは、パッと見たら怖い。「魔人ドラキュラ」のベラ・ルゴシ・・・というよりもベラ・ルゴシの「魔人ドラキュラ」に似ている。キャリアがあり、仕事ができると聞いていたけれど、どうやら嘘だったようだ。履歴書に嘘を書き、インタヴューで嘘をつく人は結構いる。まったく仕事ができないわけではないけれど、できるわけでもない。そして、妙にネガティヴだ。
「おはよう、ジェニファー!元気?」
と聞いて、「元気」という返事があったことはない。
「ホンマに嫌になる・・・しんどい・・・」
「私が野菜料理を出しても、肉ばっかり食べて・・・」
「母親が、彼を甘やかすからや・・・」
「私はアパートが良かったのに、家なんか買って・・・」
「朝から水が詰まって・・・」
 まず溜息があり、次に、プライヴェートな愚痴が飛び出す。その前のストーリーを知らないので、適当に聞き流す。
 私が洗い物をしていると、でっかい鍋やらボウルを無言で置いて行く。
「こらー!ありがとうとか、よろしくね、とかないんか!」
 文句を言うけれど、仕事中は余裕がないらしい。ジェニファーに、私の声は届かない。

 ジョリーもジェニファーも、おそらく私より年上だ。年上だけれど、二人とも、ちょっと普通じゃない。普通じゃないけど、嘘をつくわけでもないし、いい人たちだと思う。
 ウェイトレスとウェイターは少年少女だ。普通といえば普通だけれど、私と彼らとは、35歳以上の年齢差がある。この時点で、互いに宇宙人だ。
 こうしてみると、いかなる状況でも、淡々と仕事をするアラーナが一番ノーマルだ。しんどい時期を乗り越えたアラーナから悪魔は消えた。
「ユミ~!また新しいタトゥー入れてん!」
「ユミ~!ネコの部屋つくってん!」
「ユミ~!ボーイフレンドと旅行行くねん!」
 平和な話をしながら、テキパキ仕事をこなす。私にとっては、気楽に、安心して仕事ができるパートナーだ。


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