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映画:THE UNITED STATES VS.BILLIE HOLIDAY

 この映画は、「レディ・デイ」の呼称で知られる、アメリカの伝説的ジャズシンガー、ビリー・ホリデイの伝記です。
 原作は、ヨハン・ハリ(Johann Hari)のチェイシング・ザ・スクリーム(Chasing the Scream)。
 福井昌子さん翻訳、「麻薬と人間100年の物語」というタイトルで出ています。
 ビリー・ホリデーを演じるアンドラ・デイ(Andra Day)、FBI黒人捜査官を演じる、トレヴァンテ・ローズ(Trevante Rose)の演技が素晴らしい。


ビリー・ホリデイ

 ジャズ・ヴォーカルの新しいスタイルを開拓した、ジャズ、スウィングのヴォーカリスト。
 白人オーケストラと共演した最初の黒人女性だ。
 幼少期から壮絶な人生を過ごし、薬物依存症、アルコール依存症、人種差別と闘い、44歳(1915-1959)の若さで亡くなった。 
 たったひとつの曲、「奇妙な果実(Strange Fruit)」を歌ったがために、ビリーはFBIのターゲットとなり、その人生を破壊される。
 「奇妙な果実」は、南部のリンチに対する抗議ソングだ。
 ポプラの木にぶら下がった死体を果実に例えている。

あらすじ

 1947年、ビリー・ホリデー(アンドラ・デイ)の夫モンローと、白人マネージャーのジョー・ガイは、政府から圧力を受け、彼女のセットリストから「奇妙な果実」を外そうとする。 
 FBN(アメリカ連邦麻薬局)初代長官で、人種差別主義者のヘンリーJ.アンスリンガーは、人々に間違った概念を与えるという理由で、この曲とビリー・ホリデーをターゲットにした。
 とはいえ、歌うことで彼女を逮捕することはできない。
 そこでドラッグ使用で逮捕することを思いつく。
 彼女を違法ドラッグの使用と保持で逮捕するために、FBI初黒人エージェント、ジミー・フレッチャー(トレヴァンテ・ローズ)が送り込まれる。
 ジミーは、彼女のファンを装い、兵士の姿で彼女に近付く。
 そして、ドラッグ使用の目撃証人となり、ビリーの逮捕に成功する。 
 一緒に逮捕されたジョー・ガイはアンスリンガーに協力していたこともわかる。

 アンスリンガーの命令で、ジミーは彼女のキャバレット・ライセンスを剥奪する。
 *キャバレット・ライセンスは、飲食やエンターテイメントビジネスをする場合に必要とされるライセンス。
 そして刑務所を訪れ、出所しても誰も信用しないこと、FBIは彼女に罠をしかけ続けることをビリーに伝える。
 ビリーにジミーを信用させることが目的だ。

 出所した彼女を新しい白人マネージャーが待っていた。
 彼は、ビリーにカーネギーホールでのコンサートを準備していた。
 ビリーは、黒人ファン、白人ファン、どちらも来場できるコンサートを開催することを提案する。
 カーネギーホールは満席となった。
 コンサート終了後、彼女はライセンスがないことを知らされる。
 彼女はこのコンサートで、一銭も稼ぐことができなかったこと、そしてニューヨークでは歌えないことを知る。

 他州で演奏し続けていたビリーが、ある日、ニューヨークに戻ってきた。
 クラブのオーナー、ジョン・レヴィーは、払うべき相手にお金を渡してあるので、彼のクラブでは安心して歌っても構わないと言う。
 ビリーはレヴィーのクラブで歌い、彼の愛人になる。
 ある日、レヴィーはビリーにプロポーズをし、指輪を渡す際に、彼女のポケットにドラッグを滑り込ませる。
 そのタイミングで、FBIが乗り込んできた。
 罠だった。
 彼女は数か月間ドラッグを断っていたにも関わらず、再び逮捕される。

 その彼女を救ったのがジミーだ。
 彼は裁判で、仕組まれた罠の可能性を訴えた。
 無罪で釈放されたビリーは、ツアーに出ることを決断する。
 アンスリンガーはジミーに、そのツアーに同行し、ドラッグ使用の証拠を掴むよう命令した。

 ジミーはFBIをクビになったと嘘をつき、ツアーについて行く。
 そして、ジミーとビリーは恋愛関係になる。
 けれども、誰にも愛されずに育ったビリーは、ジミーを愛することも、ジミーに愛されることも信じることができない。
 ツアーの途中でジミーに別れを告げ、バンドメンバーを残し、ビリーはニューヨークに戻る。
 そして”ギャングもどき”のルイ・マッケイと結婚する。
 アンスリンガーは、ルイ・マッケイを使って罠を仕掛けるつもりだ。
 
 ドラッグ使用の証明を拒否し、その任務から外されたジミーは、エージェントとしてではなく、ひとりの男としてビリーの前に再び現れる。
 二人は再び時間を共にするようになるけれど、長年に渡る飲酒、喫煙、ドラッグ使用により、ビリーは肝硬変を患っていた。
 彼女が病院で死亡する直前、アンスリンガーと部下が病室へやって来た。
 彼女の部屋にヘロインを隠すためだ。
 
 1959年7月17日、ビリーは亡くなった。
 亡くなっているにも関わらず、彼女の足は錠でベッドにつなげられていた。

心に残った場面

♬♬♬
 ジミーのママの、息子に対する言葉。
 「合衆国はあなたを利用しているだけなのよ。
 彼女が歌わなければ、誰があの歌を歌うの?
 彼女は私たち黒人のためにあの歌を歌っている。
 彼女は私たちのヒーローなのよ」
 
♬♬♬
 30分1本撮りで終了したという、ビリーとジミーのベッドシーンが素晴らしい。
 愛のあるセックスをしたことのないビリーは、ジミーのセックスを受け入れることに躊躇する。
 ジミーを受け入れてからの二人の絡みが美しいです。
 アスリート出身のトレヴァンテ・ローズの肉体美にほれぼれします。

♬♬♬
 ビリーがジミーに別れを告げる場面。
 「あなたは素敵な女性を見つけるべきよ。
 私が安全だと感じる愛は限られている」
 暴力とドラッグを与え続けるパートナーしか理解できないビリー、そんなビリーを理解するジミーが悲しい。

♬♬♬
 この映画は、ビリー・ホリデーのインタヴューから始まり、そのシーンが時々入る。
 FBIに追われながらも「奇妙な果実」を歌い続ける理由を、ビリーが悲しみをこらえて話す。
 「FBIの本当の目的はドラッグじゃない。彼らはドラッグを撲滅したいのではなく、私を破壊したいの。
 彼らは、私にあの歌を歌わせたくないのよ。私の魂の歌を」

♬♬♬
 ビリーが肝硬変で入院した時、ジミーに告げる。
 「自分のことを責めないようにしてね」

♬♬♬
 ジミーが病床についているビリーに頼まれて、彼女の指にマニキュアを塗るシーン。
 ビリーがこの映画で、はじめて穏やかな表情を見せます。

♬♬♬
 ジミーがアンスリンガーに言う。
 「あなたは彼女を憎んでいる。
 悲惨な人生にも関わらず、彼女は、彼女にしかできないことをした。
 それに対し、あなたは手が出せない、どうすることもできない。
 なぜなら彼女は強く、美しく、そして黒人だからだ」
 💛私の一番好きなシーンです。

♬♬♬
 病院の外のベンチに座り、悲しみに耐えているロズリンをジミーが見つけ、近付いていく場面。 
 *ロズリンはビリーの理解者のひとりです。
 どっちでもいいことなんですが、この時のトレヴァンテの歩き始める最初の動きが、黒人らしくて、たまらなく好きです。

♬♬♬
 病室に来たアンスリンガーに対し、ビリーは告げる。
 「私に歌うことをやめさせたいんでしょ。
 でもね、あんたの孫が”奇妙な果実”を歌うようになるでしょうよ」

 ♬心に残る場面が多すぎて、書ききれない・・・  

アンドラ・デイ

 私の大好きなシンガーです💛
 この映画のために、アンドラ・デイは20キロ近い減量をした。
 オーディションの時、シーンに必要であれば全裸もやると答えた彼女の覚悟、潔い脱ぎっぷりも素晴らしいです。
 主演を獲得した彼女は、ビリー・ホリデーに関する本をすべて読み、ビリー・ホリデーになりきるために喫煙、飲酒を始めた。
 彼女が使わないFワード、Nワードを日常的に使い、撮影期間中はビリー・ホリデーが彼女の中に入っているような状態で、精神的にとても苦しかったそうだ。
 当初は、ビリーの録音を使う予定だったけれど、撮影が始まってから、アンドラ・デイが歌うことになったそうです。
 心に響く歌声を是非聞いて欲しいです。

トレヴァンテ・ローズ

 大好きな男優です。
 言葉少なく、感情を表現する彼の演技は素晴らしい。
 2016年の映画「Moonlight」での、彼の演技を思い出しました。
 リー監督は、今回のこの役を、彼にすることを最初から決めていて、とても楽しみにしていたそうです。
 短距離選手としてアメリカを代表し、高校時代、大学時代に活躍した彼の肉体は本当に美しいです。              

この映画は・・・

 公民権運動に影響力のある人間を抹殺してきた、アメリカという国を理解できるストーリーのひとつだと思います。

 アンスリンガーはドラッグ戦争を利用して、多くの黒人ミュージシャンをターゲットにしました。
 その中でもビリー・ホリデーは、1939年に「奇妙な果実」を歌った、その時から、人生を破壊するまで付け狙われました。
 
 パートナーに騙され、暴力を振るわれ、ドラッグ漬けにされ、ほとんどの稼ぎを奪われ続けたビリーが亡くなったとき、彼女の銀行預金額は70セントだけでした。

 ビリーに責めないように言われたジミー・フレッチャーですが、彼は亡くなるまで、自分自身を責め続けたそうです。

 事実に沿った、ひたすら悲しく、苦しい映画です。
 Rotten Tomatoesによる評価はイマイチですが、私の中では、高評価で、5回以上は観てます。
 黒人文化、黒人音楽に興味のある方は、もうご覧になっているかもしれませんが、もしまだだったら、是非是非観て頂きたい。
 
 エンドロールは絶対にスキップしないで見てください!!!
 ちっちゃいお楽しみがあります💛

 書き終わったら、ビリー・ホリデーの命日(アメリカは今日が7月17日)で、ちょっとビックリしました😊

ビリー・ホリデーが歌う”Strange Fruit(奇妙な果実)。
ライヴヴァージョンや、歌詞付きもあるのですが、映像が悲しすぎるビデオもあるので、こちらにしました⇩

彼女の闘いが報われる日が来ることを願っています。



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るるゆみこ
最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートで、本を読みまくり、新たな情報を発信していきまーす!