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老人ホームの男たち

 私はシアトルにある老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。
 1週間ほど前、新しくジャニスという住民が仲間入りした。ひとりで座っているジャニスを見て、リチャードが同じテーブルに座った。自己紹介もしたかったのだろう。しばらくして、ガールフレンドの二ータがやって来た。
「彼女は二ータ。二ータ、彼女はジャニス」
 両脇に女性が座わり、ご機嫌のリチャードが二人を紹介している。いいぞ、リチャード!
 ところが、次に彼らのテーブルの傍を通りかかると、様子がおかしい。
 リチャード「二ータ!もうちょっと大きな声で話せないの?」
 二ータ「どうして?ジャニスには聞こえてると思うけど」
 リチャード「は???もっと大きい声で話しなさい!」
 ジャニス「リチャード、二ータは、私に聞こえてるって言ってるのよ」
 ジャニスはリチャードのために、二ータの言葉を繰り返している。問題は二ータの声のヴォリュームではなく、リチャードの耳が遠いからだ。

 早朝、私が出勤すると、ボブがダイニングルームの前に立っている。
「おはよう、ボブ。どうしたん?」
「俺、ランチを逃したから。お腹ペコペコやねん」
「そうなんや。ランチは逃してないから大丈夫。あと1時間したら朝ご飯やから、それまでバナナで我慢できる?」
「我慢できる」
 ボブの体内時計はずっと故障中だ。最近は、食事時間を逃すことも多くなった。ダイニングルームに現れるのは、食事前か食事後だ。この日、朝食には現れたけれど、昼食は逃した。
 コロナにかかった時は大変だった。コロナにかかると部屋に監禁される。食事はケアギヴァーが届けに行く。不思議なことに、コロナのときに限って、食事時間内にダイニングルームへ現れる。ちょこんと椅子に座っているところを発見されては部屋に連れ戻される。これを何度も繰り返す。
「俺はここでご飯が食べたい!なんで食べられないの?」
「コロナやから」
 きっと自分がコロナだということを覚えられないのだろう。コロナが何かも、もうわかっていないのかもしれない。これじゃ、部屋から脱出するのは止められない。
 
 ハンクは車椅子だけれど、頭はクリアだ。ガールフレンドのアナマリーと、いつもジグソーパズルをしている。そのペースは恐ろしく早く、2日に1個のペースで仕上げていく。
 ある日、面会に来たハンクの息子を見てビックリした。彼、スタンは私の前の職場(グロッスリーストア)の納入業者だ。老人ホームで知り合いに出会うとは思わなかった。世間は狭い。
 先週の水曜日は、ハンクのお誕生日だった。
「ハンクの家族が来るから、テーブルの準備をしておいて。彼は99歳やねんて!信じられへんよね!」
 ボスのリンジーが興奮して私に言った。私も、彼が99歳だとは思わなかった。本当にしっかりしている。
 この日、スタンは出席できなかったけれど、ハンクの娘さんが、手作りのケーキを作ってお祝いに来た。
「ハンク!お誕生日おめでとう!」
 ドリンクサーヴィスをするときにお祝いの言葉を伝えた。
「ありがとう!49歳になってん!」
 ・・・ということは、ハンクは94歳なのか?
 ハンクはしっかりしているので、年齢を間違えるとは思えない。会社のインフォメーションが間違っているのか?聞き間違えかと思ったけれど、そうでもないらしい。99歳は反対にしても99歳だ。ハンクは意味なく49歳と言ったのか?
 メデタイことに変わりはないけど、ちょっとだけ気になる。

 ジェイムスは電動車椅子で移動する。首も動かないのか、ずっと同じ方向を見ている。カウボーイだった彼は、いつもカウボーイハットをかぶっている。ディレクターのリンジーはジェイムスが大好きだ。カウボーイから始まり、色々なビジネスで成功し、すごい豪邸を所持しているらしい。
「彼は素晴らしい人よ!」
 話を聞いていないので、ジェイムスの素晴らしさはわからないけれど、普通にいい人だ。
 ジェイムスは従業員の生活を知りたがる。時々、そのインフォメーションがミックスされることがある。
「ユミのダンナさんは工事現場で働いてるんやろ?」
 ベトナム人のエイプリルの情報とすり替わったらしい。
「ユミのダンナさんはホリデーには戻ってくるの?」
「どこから戻ってくるの?」
「シカゴ」
「ダンナは家におるで」
 ダンナがミュージシャンという情報はインプットされたけれど、いつの間にかシカゴに単身赴任していたらしい。
「シアトルではカジノで演奏してるの?」
「そうやねー。家でも仕事してるで」
「それだけ?」
「(ほっとけ!)」
 時々、余計なことも言う。
 ジェイムスはお金持ちなので、ここで働いている女性の多くは、生活を支えるために働いていると思っている。ジェイムスからすると、私は可哀そうな嫁らしい。
「十分稼いでるから大丈夫。私は働きたいから働いてるだけ~」
 ここは覚えておいて欲しいけれど、すぐに忘れるに違いない。
 つい先日、リンジーに尋ねられた。
「ユミのダンナさんはシカゴにいるの?」
 どうやらジェイムスは、手に入れた情報をリンジーに報告しているらしい。私のダンナがどこにいて、どんな人になっているのか興味深い。
 
 そのジェイムスのテーブルに、数か月前に入居したロイドが座るようになった。ロイドはフレンチトーストやホットドッグが大好きだ。この食事で、健康を維持できるロイドがすごい。 
 株をしているロイドは、いつも携帯でストックを確認している。
「ユミ、さっき5000ドル失くした~」
 その口調からすると、ロイドの5000ドルは、私の5セントくらいの価値なのだろう。
 先週、後から来たロイドにサーヴィスしようとしたときだ。ジェイムスに対して、ロイドが中指を立てた。
「うぉ~、ロイド、えらい激しいやん。何があったん?」
 ロイドは不適な笑みを浮かべている。
「俺は、やましい気持ちがあったんちゃうんかって言うただけや!」
 ジェイムスの口調からすると、中指を立てられる覚えはないという感じだ。会話の前後がわからないけれど、「やましい気持ち」の対象がロイドなら、中指を立てる必要はないと思うけれど、気分は良くないだろう。その対象は、別の人なのかもしれない。
 いずれにしても、ロイドは耳が遠い。ものすごーく耳が遠い。耳元で話さないと聞こえないくらい遠い。
 誰が聞き間違えて、誰が誤解したのか、私にはわからないけれど、本人たちもわかっていない。二人とも大人だから水に流せるのか、二人とも忘れちゃったのか、翌日も同じテーブルで食事をしていた。ある意味、羨ましい。

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