リードになったおばちゃんがキッズたちに望むこと
私はシアトルにある老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。
先日、『リード』に昇格した。ディレクターのリンジーと共にキッズを誘導し、ウェイトレスとウェイターのクオリティを上げる。私たちの仕事も楽になる。住民が、今以上に食事へ来ることを楽しみにしてくれたらサイコーだ。人の前に出るのも嫌いだし、人を指導するのも苦手だけれど、私以外は全員キッズだ。覚悟を決めて引き受けた。
私のパートナーで、朝食と昼食を担当するジャネットは大学生だ。彼女は頭もよく、仕事もできる。オーガナイズが大好きなので、彼女が来てから棚が美しく整頓されている。住民とも仲良しだし、勤務時間は手を抜くことなく、ずーっと働いている。マイナス点を上げれば、全力で洗い物と掃除をしないことだ。
「ユミは洗い物が好きだから」
こうリンジーに説明していたけれど、他人が使った大量の汚れた皿やコップを洗いたい人はいない。彼女は綺麗にネイルをしているし、よく働いているので「彼女の嫌いな掃除と洗い物をしてあげよう」というおばちゃん心である。しかも、ジャネットはおばちゃんの扱いも知っている。両手で💛を作り、ニコリとされたら、なんでも許せてしまう。
ところが、私がリードになったことを知ると、ジャネットは変わった。
「ユミ、今日からあなたは私のボスよ」
私にしたら肩書が付いただけで、誰かより上になったつもりはない。英語に関しては、彼女に叶うわけがないし、オーダーを取ったり、臨機応変に動く点では、彼女はとても優秀だ。私が偉くてリードになったわけではない。
「今までどおりでええよ」
こう言ったけれど、彼女はこの日、自分から洗い物を始めた。
「洗い物してるん?」
「うん。ちょっとだけしとこうと思って」
「じゃ、嫌になったら交代するから言うてくれたらええよ」
「うん。がんばる」
この日、彼女は最後まで洗い物をやり抜いた。
「ユミ~、私、スローや」
「そんなことないよ。ちゃんとできてるやん」
「ユミ~、がんばってんけど、これで大丈夫?」
「大丈夫やで。完璧やん!」
「ユミ~、これだけ残ってるねん」
「あとで私がやるからええよ」
『リード』という肩書が、これほど相手に大きなインパクトを与えるとは思ってもみなかった。ジャネットはリードに憧れていた。彼女にとって、リードとリードじゃない人の関係は、こんな感じなのかな?
大学生のトーマスは、マイペースでのんびり仕事をする。彼は他の老人ホームでも働いているので自信もあるし、彼オリジナルのやり方がある。若いとは言っても男の子だ。トーマスの場合は特に、彼と彼のやり方をリスペクトしなければ上手くいかない。
「ユミ、リードになったん?」
「うん。なったで」
「言うとくけど、俺が一番最初に打診されてんで。もうすぐ学校が始まるから断ったけど」
「そうなん?私も何度か断ったで」
どちらがナンバーワン候補だったかわからない、というニュアンスを含めたけれど、私にしたらそんなことはどうでもいい。私はどうでもいいけれど、トーマスにはどうでもよくないようだ。男の子だし、プライドもあるし、俺の方が本当は上なんだよと言いたかったのかな?心配しなくても、私はこれまで通り働くし、上も下もないし、何が変わるもんでもない。けれども『リード』には、私が思う以上のパワーがあるらしい。
『リード』というパワーを使い、誘導しなければならないキッズが高校生のナホームとカリーだ。二人が働いた翌朝、ダイニングとキッチンが大変なことになっている。テーブルに並んだシルバーウェアは「投げたん?」という状態だ。
使ったワゴンの上は、ケーキやパンの屑だらけだし、タオルはあちこちに散らばっている。自分たちが食べた後のクラッカーの袋や、紙カップも放ったらかしで帰宅する。老人は私の給料を払ってるけど、彼らからは何も頂いていない。
「なんで私がキッズの食べかすを片付けなあかんねん!私は君らのママじゃない!」
文句を言いながらダイニングルームへ行くと、サラダバーの氷が溶けて、床が水浸しになっていた。
本来、夕食が終わると、サラダを冷蔵庫に片付け、氷を捨て、氷が溶けて溜まった水も捨てて帰らなければならない。ところがキッズは、氷を捨てず、水を取り出すホースの口を開け、バケツにホースを突っ込んだまま帰宅する。
床上浸水は過去にもあった。なぜ同じことを繰り返す?
朝食準備の前に、モップがけ、テーブルセッティング、ワゴンの掃除など、することが異様に多い。
なんで、こんな忙しいねん!クソガキめ!
とはいえ、それほど腹は立っていない。おそらく彼らはなーんも考えていない。カリーは一緒に働いたことがないからわからないけれど、ナホームは「これして」「あれして」と言えば、ただちに動く。彼らにとっては、これが初の仕事だ。監督がいない場所で、仕事をしたことのない高校生のキッズ、ボーイズを働かせていることが問題だ。キッズを信用してはならない。
「ユミがリードになったよ」
「それってどういうこと?」
「ユミがあんたらのボスってことや」
リンジーがボーイズに告げた。ボーイズには『リード』の意味すらわからない。これから見張りが付くことなど想像もしていない彼らは、キョトンとしていたらしい。
女子大学生のブルックリンとベッツィーは幼馴染で、高校生のときから、この施設でウェイトレスをしている。私が働く前からいるので、私以上に、施設のことも、仕事も知っている。仕事は知っているけれど、彼女たちが仕事へ来る目的は二人でおしゃべりすることだ。住民と会話もせず、無表情でオーダーを取り、バンバン食事を出して、バンバン皿を下げ、大急ぎで仕事を終えて、できるだけ長く休憩をとる。住民も、彼女たちとの会話を期待していない。食事を出してくれるなら、それでいいのだろう。
彼女たちの仕事に干渉はしないけれど、ガールズに合わせる必要もないので、私は住民と会話をしながらサーヴィスをする。掃除もきちんとする。
ところがガールズは、そんな私が気に入らない。ズルをしている自覚のある彼女たちにとって、正しいことをするおばちゃんは邪魔なのだ。とはいえ56歳の私が、20歳のガールズのズルに合わせてどうする?
彼女たちの強みは、両親の家で暮らしていることだ。家賃を払っている私とは違い、彼女たちは働かなくても生きてゆける。私と同じシフトだとわかると、仕事に来なくなった。おかげで何度もひとりで仕事をする羽目になった。
先日、リードになってはじめて、ブルックリンと一緒に仕事をした。病気になったトーマスに代わり、急遽、私がディナーまで残ることになったからだ。私がいるとは知らず、ブルックリンは仕事に来た。
「ユミ、朝の6時半から働いてたら疲れたんじゃない?」
優しいことを言ってくれる。ちょっと嬉しい。
ところが仕事が始まると、ブルックリンのスウィッチが入った。無表情になり、ブンブン料理をサーヴィスし、ブンブン片付けていく。
「ユミ、そろそろお皿を下げて、洗い物をしてくれる?」
朝食も昼食も働いたので、夕食は彼女のペースに合わせることにした。せっせと洗い物をする。
夕食は4時から6時だけれど、6時になる前に、彼女はサラダバーを片付け、氷を捨て始めた。リードになった途端、彼女に命令するつもりはない。けれども、これはちょっと違う気がする。
「もう片付けるの?」
「いつも5時45分になったら片付けてる」
「6時までは待ってあげたら?まだ食べてる人もおるし、ガタガタしたらかわいそうじゃない?」
「待って欲しいの?」
「せめて6時まではピースフルな時間を過ごして欲しいと思うけど、ブルックリンはどう思う?」
「6時にして欲しいなら、そうするわ」
「そんなに早く仕事を終わらせたいの?早く帰らなあかんの?」
「仕事はさっさと終わらせたいねん」
「最後の15分くらい、住民とおしゃべりしてもええやん。『ユミ、しんどくない?』て言われて私は嬉しかったけど。住民も話してくれたら嬉しいと思うで」
返事はない。高校生で大学のクレジットをすでに取った頭の良いブルックリンには、この会話ですらムダなのかもしれない。
その後もブルックリンはブンブン片付けていく。いつもは遅くまで残っている住民も、6時になったらとっとと引き上げていった。
洗い物の途中で、ダイニングルームに大きなゴミが落ちていたことを思い出す。ブルックリンにほうきとちり取りを手渡す。
「昼に掃除機かけたから、大きいゴミだけ取ってもらっていい?」
「今からしようと思ってた」
「いつも掃除してくれてるんやったらごめんやでー。誰が掃除してるかは朝のメンバーにはわからんから」
命令をしたつもりはないけれど、私に言われると腹が立つのだろう。午後6時半、周囲の静寂に気付き様子を見に行くと、ダイニングルームの灯りが消え、ブルックリンも消えていた。午前6時半から働いている私の前には、洗い物が残っている・・・にも関わらず、彼女はとっとと帰宅した。しかも「さようなら」もなしで。
「うそー!挨拶くらいするやろー!」
と思ったけれど、彼女にとったら挨拶は必要ないのかもしれない。キッズの頭の中はよくわからない。いずれにしても、ベッツィーやブルックリンにしたら『リード』の私は、これまで以上に目障りな存在なのだろう。
『リード』というポジションのとらえ方は、キッズそれぞれ異なるけれど、そんなことはどうでもいい。偉そうにするつもりもない。好かれようが嫌われようが、そんなこともどうでもいい。私にはどうすることもできないことだ。
住民たちは痛みに耐えながら、何十分もかけてダイニングルームへやって来る。やっとたどり着いても、好きな食事ができるわけではない。そして、その好きでもない食事が、彼らにとったら最後の食事になるかもしれない。
シルヴァーウェアが真っ直ぐ並び、綺麗に掃除されたダイニングルームで彼らを迎えてあげたい。何もできなくなった彼らだけれど、今も大切な存在だと感じてもらいたい。頑張ってダイニングルームまで来た甲斐があったと喜んでもらえればサイコーだ。
そんなことをちょびっと考えながら仕事をして欲しい。リードのおばちゃんがキッズに望むことだ。