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映画アゲイン:「神の手」からの「奇跡の手」

 前回は『Something the Lord Made(邦題:神の手)』を観た。手つながりで、『Gifted Hands(奇跡の手)』というテレビ映画もある。
 この映画の舞台も、ジョン・ホプキンス大学病院だ。『奇跡の手』は2009年の作品で、黒人の脳神経外科医、ベン・カーソン(1951-現在)のストーリーだ。実話です。
 主役のベンを演じるのは、キューバ・グッディン・ジュニア。ベンの母親を、美しいキムベリー・エリースが演じている。
 勉強が苦手で落ちこぼれだったベンが、勉強の楽しさを見出し、脳神経外科医になる。ラストは、互いの頭が癒着して生まれた結合双生児の分離手術に成功し、インタヴューに向かう場面だ。
 1985年に行われたこの歴史的手術は、世界中のニュースで流れている。私から上の年代の方なら覚えているかもしれない。その時の手術チームの主任脳外科医だ。

ソーニャ・カーソン(キムベリー・エリース)
 母親、ソーニャを演じるキムベリー・エリースが良い。
 ベンの成功は、ソーニャなしではなかった。
「僕はバカだ。知性がない」
「僕にはイマジネーションがない」
 小学校で落ちこぼれのベンが言う。
「あなたは知性を使っていないだけよ。イマジネーションは誰にでもあるのよ。やろうと思ったことは何でもできるのよ」
 どんなときも、ソーニャは息子を信じ、力強く励ます。
 3年生までしか出ていない彼女は字が読めない。パートナーに裏切られ、学歴のないソーニャが、たったひとりで2人の男の子を育てている。彼女の不安は計り知れない。プレッシャーもある。彼女は我が命を絶ちたくなるほどの鬱病と戦いながら、厳しく、そして力強く子供たちを励まし続ける。
 強い、黒人の母親を演じるキムベリーが素晴らしい。


ベン・カーソン(キューバ・グッディン・ジュニア)

 キューバは、イエール大学に入ってからのベンを演じている。
 ジョン・ホプキンスに脳外科医として勤務するようになったベンが、大きな手術をする場面はいくつかある。私が一番好きな場面は、新人の彼が急患を救う場面だ。経験のない彼は上司の許可、もしくは監督なしで手術をすることができない。けれども、その日は休日だ。上司は誰も電話に出ない。患者は瀕死の状態だ。ベンは医師免許剥奪のリスクを負って手術をする。会社の規則や、自分の保身を考えず、そのとき一番大切なこと、患者の命を優先したベンが好きです。 
 最後の場面は見ごたえがある。後頭部が結合した双子のパトリックとベンジャミン・バインダーを分離する手術は、50人のチームで編成され、22時間にも及んだ。心臓を一時的に停止して手術をするので、時間が限られている。頭を分離すると、ふたつのチームに別れて作業をする。完璧なスタッフの動きにも感動する。
 西ドイツで生まれた双子の手術のオファーはベンにきた。ベン以外にできる医師がいないからだ。ベンは西ドイツまで診察に行くけれど、成功がイメージできない。行き詰っていた疑問のヒントは、水道の蛇口からポトリ、ポトリと落ちる水だった。イマジネーションだ。その日から4か月間、彼は手術に向けて全力で準備をした。
 映画の場面にはないけれど、50人のスタッフが入った手術室で、スムーズに作業をするために、実際には、マジックテープで結合させた人形を使って、リハーサルを数週間かけて行ったそうだ。

 キューバ・グッディン・ジュニアも好きな俳優のひとりです。童顔で、おちょけた役も多いけれど、悪役やシリアスな役をする彼の方が好きです。彼が時々見せる「どうとでもしてください」「何を言ってるのかな?」という感じの、どこかキョトンとした感じの表情が実にキューバなのだ。

ベン・カーソン(ベンジャミン・カーソン)1951年生まれ 
 この映画の主人公となった実在の人物。1987年の手術で、スターダムにのし上がったベンは、多くの歴史的手術を成功させ、脳神経外科医のパイオニアとなった。実は、1987年の手術後の経過は悪く、2010年までに双子は亡くなっている。けれども、この手術は、同様の分離手術のモデルとして機能し、数十年かけて洗練されていった。
 2013年に現役を引退したけれど、彼は学者、作家、政治高官など多くフィールドで活躍している。2016年には、共和党の大統領候補として立候補している。アメリカで暮らしている人なら、一度はテレビでこの方の顔を見ているはずだ。
  
 この映画には、たとえ貧しい黒人でも、努力を惜しまなければ「やりたいことは何でもできる」「なりたい職業に就ける」というメッセージがある。クラスで落ちこぼれだった黒人のベンが、世界的に有名な脳神経外科になった。奇跡の手を持って生まれたベンだけれど、勉強を好きになっていなければ、黒人脳神経外科医のベン・カーソンは生まれていなかった。

 脳神経外科医のベンは素晴らしい。努力をし続けた人にしか得られない栄光だ。その一方で、彼のスピーチを聞いていると、彼は黒人ではなくなってしまったと思うことがある。努力によって成功したベンが、努力をしないブラザーを批判する。彼はブラザーのことを理解できなくなってしまった。
 貧乏だったけれど、いつも励まし、正しい方向へ導いてくれるソーニャがいたから彼は努力ができた。でも、貧しい黒人の中には、努力すらできない人もいる。
 ベン・カーソンは偉いし、すごい。彼の成し遂げたことは素晴らしい。白人ドクターに尊敬され、白人の患者に感謝され、素晴らしいお家で暮らしている。これは努力の賜物だ。理解できなくなっても仕方がない…と思う一方で、貧しく育った彼が、黒人のソウルを失ってしまったことが、ちょっとだけ悲しい。
 と、個人的な意見ですが、なんだかんだ言っても、彼はすごい。黒人の誇りだ。黒人は愚かだ、知能が低いと言われ、この国の底辺に押し込まれてきたけれど、それが間違っていることを証明した。
 『神の手』を持つヴィヴィエン・トーマス、『奇跡の手』を持つベン・カーソンは、黒人の知性、コーディネーション(自分の体を自由に扱う能力)、イマジネーション能力の素晴らしさを世界に示した。どちらの映画も観ておきたい♬

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るるゆみこ
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