ボブの戦い、ロイスのトキメキ・・・その後
1か月ほど前、ダンという背の高い白人男性が入居した。
若手というだけで、老人ホームの女性たちは、彼にときめいた。
中でも、ミゼラブルロイスは一番ときめいていた。同じテーブルに座る勇気はないようだけれど、彼のテーブルに立ち寄り、必ずおしゃべりをしている。
ロイスが恋をして、ちょっとでも明るい気持ちになったらいいのになぁ・・・と思うけれど、相手がダンでは難しい。
短い会話なら気付かないかもしれないけれど、長く話すと、ダンの脳が故障していることは明らかだ。
先日、甘い物好きのダンは、朝食にワッフルを注文した。このとき彼は、シロップの美味しさに気付いた。
通常、大さじ2杯くらいのシロップをサイドに付けてサーヴィスをするけれど、ダンは大きなボールに入れて欲しいとヴィッキーに頼んだ。
ヴィッキーが、茶わんサイズのボールにシロップを入れて持って行くと、それにワッフルを付けて食べ、最後にそれを飲み干した。
昼食も同じものを注文した。
体に悪いので、少し量を減らして持って行った。ダンはそれに気付かない。
夕食も同じものを注文した。
「ダン、ワッフルもうないわ」
「俺はワッフルが欲しい!」
「じゃ、イングリッシュマフィンにしたらどう?」
「イングリッシュマフィン?俺はワッフルが欲しい!」
「イングリッシュマフィンにバターとシロップつけても美味しいよ。試してみたら?」
「ふむ・・・じゃ、それを持ってきてくれ」
イングリッシュマフィンと、同じ茶わんに少しだけシロップを入れて持って行った。やはり量の変化には気付かない。
「・・・美味い!」
ダンは時間をかけてシロップ付きのイングリッシュマフィンを食べ、茶わんの中のシロップを指につけて舐め、夕食を終えた。
「・・・俺、げっぷがいっぱい出る」
「そんだけ甘いもんばっかり食べたらげっぷも出るわ。体、大丈夫なん?」
「ふむ・・・俺は明日、ここに来ないかもしれない」
「そうなん?明日のことはわからんっていうやつ?」
「ふむ・・・そうだな。君は良い人だな」
「ありがとう。ダンもええ人やね。明日もおるから食べに来てね」
「ふむ・・・明日は・・・どうだろうな・・・」
・・・最後の晩餐だったのか?脳の配線がつながったようにも思える会話に、少し心配になる。
翌日、ダンは朝食にも昼食にも現れず、夕食になって、ようやく現れた。
顔面蒼白だ。
あれだけ甘い物を食べたら、そりゃ、体調も悪くなる。
「ダン、夕食どうする?」
「あぁ~っ!?!?」
ついでに機嫌も悪い。
機嫌も悪く、体調も悪いダンが、よりによって天敵のボブのテーブルに座った。
「夕食、なんか食べたいものある?」
「あぁ~っ!?!?」
「ハンバーガーはどう?」
「あぁ~っ!?!?」
喧嘩腰のダンに向ってボブが言う。
「お前は自分の食べたい物もわからんのやろ」
「あぁ~っ!?!?」
クールに喧嘩を売っているボブだけれど、実は、彼も食べたい物が見つからないことが多い。私たちウェイトレスが勝手に選ぶことが多いので、ちょっとおもしろい。
とはいえ、ダンは完全に故障したようだ。喧嘩にもならない。
長い間、同じ服を着ているし、シャワーも浴びていないのだろう。近付くと異臭がする。これまではホームレスちっくだったけれど、ひと晩で、立派なホームレスに変身した。
ボブも、故障したダンと喧嘩をする気はないようだ。臭いからか、面倒くさいからか、フラフラとたばこを吸いに出て行った。
この夜、ダンは異臭を放ちながら、他の住民に大声で話しかけたり、わけのわからないことを言い続けた。
やっと立ち上がったダンが、ウォーカーを忘れて出て行こうとした。
「ダン、ウォーカー忘れたらあかんで」
「おぉ・・・」
なぜか、離れた場所にあるテーブルの、デイヴィッドのウォーカーを取ろうとする。いつもクロスワードパズルをしている、温厚なミスター・クロスワードのデイヴィッドが怖い顔で言った。
「これは俺のや!」
「おぉ・・・申し訳ない」
「こっちの赤いのがダンのやで」
「おぉ・・・」
デイヴィッドと同じテーブルに座っていたジョーンが、怖い顔をしている。ゴシップ好きのジョーンはこの日、ずっとダンを観察していたようだ。今晩のことは、すぐに住民に知れ渡るだろう。
この夜、ダンの故障に気付いたボブは、ダンへの攻撃を終了した。
ジョーンのレポートは、瞬く間に住民たちに広まったのだろう。ロイスをはじめ、女性陣のダンへのトキメキも消滅した。
気の毒なダン・・・ちょっとだけ思ったけれど、彼は、敵やファンの存在にすら気付いてなかった。
ロイスのトキメキは続いて欲しかったけれど、結果的に、誰も傷つかなかったので、良かったことにしておこう。