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ミゼラブルから解放されないミゼラブルロイスの話

ダンへのトキメキを失ったミゼラブルロイスは、相変わらずミゼラブルだ。

先日、ロイスは少し遅れて昼食にやってきた。
ドリンクサーヴィスをしていたヴィッキーは、背後に座ったロイスに気付かない。
ヴィッキーがドリンクサーヴィスを終えたら、オーダーを取りに行くつもりだった私は、ロイスを視野に入れて仕事をしていた。
席に座って30秒もしないうちに、ロイスがグラスを片手に立ち上がった。

いかーん!

ヴィッキーに向って、すごい勢いで歩いて行くロイスは、いつも以上に不機嫌だ。
大急ぎでロイスのところへ行き、テーブルへ連れ戻した。

「誰も私のことを気にかけてくれない!」
「そんなことないよー。ちゃんと気にかけてるよ」
「私のことなんてどうでもいいのよ!」
「どうでもよくないよ。ヴィッキーは反対側を向いてるから見えなかっただけやで。何が飲みたいの?」
「・・・アップルジュース・・・」
「ランチはどうする?」
「ここには私が食べられる物なんてない!」
「そうやなぁ・・・」

延々と苦情を聞き、ようやくオーダーを取る。
キッチンへ戻り、ヴィッキーにロイスが突撃しかけたことを話した。
「知ってる!ドーリーにドリンクサーヴィスしてたら、ドーリーが『オー、ノー!彼女が近付いてくる!』て言うてん!」
映画「ジョーズ」で、ジョーズが接近してくるときの音楽が頭の中を流れる。
ドーリーはロイスのことが苦手らしい。

ロイスにサーヴィスをした後、アンジーの帰り支度のお手伝いをする。
車椅子は使っていないけれど、アンジーは、立ったり座ったりするときにヘルプがいる。パンにジャムを塗ったり、食べ物をカットしたり、前掛けを付けたり外したり、袖をまくったり、アンジーの場合は、他にも色々お手伝いが必要だ。
ヴィッキーやヴィーの方が上手にサポートできるけれど、私も気に入られたらしい。「私のパーソナルヘルプ」と呼ばれている。
帰るときは前掛けを外し、飲み残しのアイスティーを紙カップに入れ替えて、ウォーカーに取り付けられたポケットに入れる。それからウォーカーの正面に、椅子の向きを変える。
そのときアンジーが言った。
「彼女にだけは気を付けて。彼女はとっても意地悪よ!もう一度言うよ。彼女は”意地悪”なのよ!」
アンジーもロイスのことを嫌っているようだ。

ほとんどの住民が去り、ドリスとケアギヴァーの女性、ロイスの三人がレストランに残った。ドリスは痴呆の人が入る、メモリーケアへ行くレベルだけれど、家族がそれを許さないらしい。
私が裏で後片付けをしていると、ケアギヴァーの人がドリスの水を取りに来た。
「ロイスがおるから、私たちは行くわ。彼女、私がランドリールームにいると、いつも『洗剤ちょうだい』って来るねん!」
「えー!そうなん?」
「洗剤だって安くないでしょ!断ったら『カップ一杯だけやのに!?』て文句言うねん!」
「あら~・・・それはイヤやなぁ・・・」
「また何か言われたら困るから、私たちは行くわ!」
ケアギヴァーの人が、プリプリ言いながら立ち去った。
なるほど、ロイスが嫌われたり、警戒される理由はきちんとある。

それにしても、同じ日に、三人がロイスのことを言った。ここ最近、ロイスはあちこちで鬱憤を晴らしているのかもしれない。

翌日、やはり機嫌の悪いロイスがいた。
「この音楽はなに?食事をするときに、こんなガチャガチャした音楽を聞かされたら、たまらないわ!音楽を変えなさい!」
「はーい」
「この肉はなに?こんな脂身の多い肉を、どうして老人に食べさすの?クックに言いなさい!」
「はーい」
「ブルーベリーをちょうだい!私はブルーベリーを食べなきゃいけないの!」
「はーい」
「芽キャベツはボイルしたものが好きなの!どうしてグリルするの?私が作ったものの方が美味しいわ!」
「そうやねぇ・・・」
「こんな食事、食べられないわ!サーモンと取り換えて!」
「はーい」
彼女の文句は果てしない。
食事が終わってから、彼女は改めて文句を言い始めた。他のサーヴィスも終わっていたので、隣に座り、聞くことにした。
「私たちは毎月4千ドルも払ってるのよ!もっとサーヴィスが良くてもいいんじゃないの?」
「そうなんやー」
4千ドルも払っているなら、彼女が望み続けるアーモンドミルクくらい入れてあげてもいい気はする。牛乳嫌いの人は他にもいるはずだ。
ほとんどの人は、ないものはないとして、自分で買いに行ったり、家族に買ってきてもらうのだろう。彼女の要望だけ聞くわけにはいかないけれど、アーモンドミルクくらいはいいんじゃない?と思う。
この他、内容は忘れたけれど、延々と文句を言い続け、最後に彼女は力強く言った。

「私はクレイマーになりたいわけじゃないのよ!」

そりゃそうだろう。文句を言われるのもしんどいけれど、文句を言っている人の方が実は苦しくて、そんな自分自身にも嫌気がさしているはずだ。
彼女には、ここのメニューだけではなく、納得できないことが多すぎるのだろう。
「わかるよー。マネージャーに伝えとくね」
「でも、あなたがクビになったら困るでしょ。それに言っても変わらないわよ!」
「クビにはならへんから大丈夫。変わらんかもしれんけど、言い続けたら、そのうち変わるかもしれんやん」
「・・・ごめんなさいね。あなたが悪いわけじゃないのにね」
「大丈夫。気にしなくてええよー」
ロイスの目が優しくなった。

少しは役に立ったかな?ちょっとは心が楽になったかな?

翌日・・・レストランに来たロイスは、いつものミゼラブルロイスに戻っていた。
まぁ、そう簡単に変われば苦労はない。
この日は、95歳のジューンが食事をしているテーブルに座った。
ジューンは口は悪いけれど、思ったことをハッキリ言うから大好きだ。
「こんなパサパサなケーキ、クリームか何かないと食べられへん」
「どうせ全部食べられへんけど、とりあえず持っておいで。試しに食べてみたるわ」
そのジューンに向って、ロイスがブツブツブツブツ話している。
しばらくすると、ロイスが立ち上がり、ジューンに向って叫んだ。

「あなただって、こんな場所で暮らしたくないでしょ!!!」

・・・どうやら、昨日よりミゼラブル度は上昇しているようだ。
わなわなと震えるロイスに向って、ジューンはいつものゆっくりとした口調で言った。
「そうね。皆、色々やからね。100%のことなんてないしねぇ。あなたの考え方、私の考え方、他の人の考え方、みんな違うから、私にはわからんわ。でもねぇ、私たちはここで暮らしてる。それはそれで受け入れるしかないよねぇ」

残念ながら、穏やかに話すジューンの言葉は、ロイスには届かなかった。
正論を言われたからか、同意してもらえなかったことが悲しかったからか、そのまま怒って出て行ってしまった。

「あなただって、こんな場所で暮らしたくないでしょ!」
ロイスの叫びが、心に残った。
そうだよなぁ・・・。
自分の食べたい物を、食べたいときに食べられるわけではない。
住民は、色々なことに妥協して、色々なことをあきらめて、与えられた場所で生きている。
とはいえ、家族ではない、他人の私たちだから、彼らに優しく対応できることもある。
ここでの生活は、これまでの家庭環境や、その人の性格によって感じ方は様々だ。抱えている問題も色々なので、すべての人にパーフェクトな環境はどんなにがんばっても作れない。
ロイスだって、苦しみから解放されたいけど、どうすればいいのかわからないんだろうなぁ。
私たちが彼女を変えることはできないけど、ロイスが変わりたいと思えば、変われるかもしれない。
レストランにいる時間だけは、他の住民とおしゃべりして、元気なヴィッキーからパワーをもらって、私の下手な英語に笑って、楽しく過ごせるようになってもらえたら嬉しいなぁ。
頑張れロイス!





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るるゆみこ
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