老人がヴィッキーにメロメロになった日
私は、シアトルにある、老人ホームのレストランでウェイトレスをしている。
先週は『ケアギヴァー(介護人)感謝ウィーク』だった。ケアギヴァーへの感謝を込めて、会社はイヴェントを開催した。
コスチューム・パーティだ!
コスチューム・パーティが、ケアギヴァーへの感謝を表すことになるのか???目立つことが、あまり好きではない私は、そう思った。けれども、このイヴェントを聞いて、ワクワク、楽しみにしている従業員は、意外と多かった。
月曜日は「スポーツ・デイ」、火曜日は「クレイジー・ヘア・デイ」、水曜日は「オールディーズ・デイ」、木曜日は「ウェスタン・デイ」、金曜日は「パジャマ・デイ」というスケジュールだ。
「ユミ!明日はスポーツチームのコスチュームを着てくるねんで!私は持ってないから、お兄ちゃんに借りるわ!」
同僚のヴィッキーに、こう言われたけれど、私も持っていない。ついでに、お兄ちゃんもいない。
「ウォールマート(大型スーパー)に行ったら、キャップとか売ってるで」
アドヴァイスを頂いた。
「(どこかのチームの靴下でも買うか・・・)」
ちょっと迷った。けれども、私が持っていないのは、スポーツアイテムだけではない。いずれのコスチュームも持っていない。
迷った末、いつもの恰好で仕事へ行くことにした。月曜日の様子を見て、購入した方が良さそうなら、考えよう。こう思っていたけれど、仕事中に、ぎっくり腰になりかけて、買物どころではなくなった。
月曜日、ヴィッキーは、母国メキシコのサッカーチーム「グアダラハラ」の、赤いTシャツを着てきた。
火曜日は、三つ編みにした髪の中に、針金を入れて、楽しい頭になっていた。
水曜日のオールディーズ・デイは、真っ赤なヒートテックのTシャツの上に、ショート丈の黒い皮ジャン、ヒートテックの黒いパンツだ。Tシャツと同じ色の口紅を塗り、実に、よく似合う。
「ユミ、お尻、大丈夫かな?」
ヴォリューム満点のお尻を突き出す。ピッチピチに伸びたヒートテックの下に、黒いTバックを着用している。
「Tバックでちゃんと隠れてるから大丈夫」
大丈夫のレベルが不明だけれど、ヴィッキーの求めていた答えだったと思う。
木曜日だけは、自前で揃えることができず、メインテナンスのアミアから帽子を借りていた。カウボーイハットではなく、メキシカンの、でっかい麦わら帽子だった。「ウェスタン=帽子」というイメージがあるせいか、誰も不思議に思わなかった。
「ユミ、明日は起きたら着替える必要ないで。私は裸で寝てるから、着替えなあかんけど」
帰り際に、ヴィッキーは、こう言ったけれど、実はパジャマも持っていない。
金曜日になった。さすがに申し訳ないので、リラックス感のある、黒いTシャツと、黒いストレッチニットのキュロットを着て行った。
ヴィッキーは、娘のピンクのパジャマで登場した。高校生の、彼女の娘は、スラリと細い。伸縮性のあるパジャマが、これ以上は伸びません、というくらい伸びて、ヴィッキーの体のラインを見事に出している。
「胸のボタンが弾けそうやから、中に、黒いチューブトップを着てるねん!」
ヴィッキーは、凹凸のある、セクシーな自分の体型が大好きだ。ボーイフレンドも、彼女の体が大好きだ。ハグをすると、とっても気持ちがいいので、私も大好きだ。おっぱいも、お尻も大きく、例えて言うと、ラッパーのニッキー・ミナージュのような感じ。日本では、細い体を好む人が多いけれど、アメリカの男性は違う。全員ではないけれど、お尻の大きい女性に、魅力を感じる人が多いようだ。例え、おじいさんになっても、だ。
個人的には、オールディーズのコスチュームが、色っぽいなぁと思った。真っ赤なTシャツ、真っ赤な口紅は、とっても素敵だった。透けて見えるTバックも、カッコイイ。老人(男性)たちも、ドキッとしたと思う。
けれども、最もレストランがざわついたのは、最終日のパジャマ・デイだった。寝具というだけで、男性陣は、色々なシーンを想像し、デロンデロンになってしまった。
ボブは、朝食、昼食、夕食の時間が覚えられず、食事前や、食事後に来ることがある。腕時計を上下逆さまに付けて、不思議な時間に現れることもある。食べたことを忘れて、もう一度、食べに来ることもある。先週は、コロナにかかり、部屋で食事だった。けれども、すぐに忘れるので、何度も出てきて、その度に看護婦に連行されていた。食事のときは、いつも歌を歌っている。そのボブが、パジャマ姿のヴィッキーに向って歌った。
「君から目が離せないよ~。君のパジャマ姿に釘付けだよ~」
ゴードンは、先日、お亡くなりになった、キダタロー先生にそっくりだ。「ゴードンのジャーナル」と書かれたノートをいつも持ち歩き、知的な雰囲気を醸し出している。ジョークをよく言うけれど、なんだか小難しくて、おもしろいのかどうか、私にはわからない。
ゴードンは、以前から、ヴィッキーをデートに誘っている。
「あちらも”現役”なので、ちゃんと喜ばせてあげる」
彼の口説き文句だ。あちらは大丈夫だけれど、彼は歩行器なので、車を運転する実力がない。ヴィッキーが運転しないと、どこへも行けないので、デートは実現していない。
この日、ヴィッキーのパジャマ姿を見たゴードンは大喜びした。ヴィッキーが通るたびに、自分の腿の上に座るように懇願した。
ルーは、誰とも話さない。ドリンクはいつも同じだ。同じだけれど、サーヴィスに行くと、きちんと注文をする。
「コーヒーとアップルジュースをコップに半分。Have a good day」
朝食もいつも同じだ。
「ブルーベリー・パンケーキ、スクランブルエッグ、ベーコン2枚。Have a good day」
注文を終えると、「Have a good day(良い1日を)」と言って、直ちに私を追い払う。
誰とも話さないので、ルーと同じテーブルにつく人はいない。彼が、他の住民と会話をしているところも見たことがない。
そのルーが、テーブルに100ドルを置いて、ヴィッキーに言った。
「&*%@)!(00*%$」
残念ながら、活字にはできない。「セックスをしよう」よりも、もっと具体的で、ちょっと気持ちの悪い内容だ。
ヴィッキーが、ムチムチの美ボディで、男たちを魅了している間、平坦ボディの私は、平和に皿洗いをしていた。
ドレスアップしたヴィッキーのために、皿洗いをしていたのも事実だけれど、私は、フロントパーソンではない。フロントに出て、人を楽しませることができる、ヴィッキーのような人をサポートする方が好きなのだ。
男たちが、ヴィッキーを誘うたびに、彼女が報告に来る。
「ユミ~!ボブが私に向って歌うねん!」
「ユミ~!ゴードンに膝に乗れって言われた!」
「ユミ~!ルーがすごいこと言うたで~!」
そのたびに、二人で大笑いをした。誰にも注目されず、ヴィッキーの後ろで、コソッと楽しめるポジションは最高だ。
『ケアギヴァー感謝ウィーク』、パフォーマーのヴィッキーと、裏方の私のコンビは完璧だった。
毎日、静かに暮らす老人たちにトキメキを与え、メロメロにしたヴィッキーに拍手を送りたい。
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