【北欧の神秘】ムンクの叫びだけじゃない、北欧絵画の世界【SOMPO美術館】
北欧と言えば
ノルウェー、スウェーデン、フィンランド。
フィヨルド、オーロラ、白熊にヴァイキング。
北欧神話にカレワラ、イプセンの戯曲『人形の家』、シベリウスの交響詩『フィンランディア』。
おなじみ『ムーミン』やIKEA。
気付けば日本にしっかり根付いている北欧文化。ですが絵画に限っては意外と目にする機会がありません。
いや、ひとつあるんですよ。とてつもなく知名度の高いノルウェーの油絵。世界的に知られてるのが。
ムンクの『叫び』
叫んでますね。ウネウネです。
忘れようにも忘れられない強烈すぎる一枚。有名すぎて逆に『北欧絵画』カテゴリに含めづらい。
ムンク以外の代表的な北欧絵画って何だろう?
個人的には後ろ姿大好きヴィルヘルム・ハンマースホイを推したいところですが、デンマーク人なので狭義の北欧には入りません。
そんなわけで、事前知識のないまま向かったSOMPO美術館『北欧の神秘』展。初めて見る作家の優品が多く、新鮮な心地で楽しめました。
展覧会の基本情報
展示作品の大半はノルウェー国立美術館、スウェーデン国立美術館、フィンランド国立アテネウム美術館という三ヶ国の中央美術館収蔵品からセレクト。まさにザ・北欧絵画の展覧会。
休日に訪問したところ、大行列はないけど途切れることなく美術ファンが訪れる、ほどよい混み具合でした。
ちなみに、SOMPO美術館の常設展示からはゴッホの『ひまわり』1点出展。
序章~1章 北欧絵画への目覚め、北の国の風景
会場入口の垂れ幕になっているのは、ロベルト・エークマンによる大気と創造の女神イルマタルを描いた一枚。彼女が海と交わってカレワラ叙事詩の主役・ワイナミョイネンを身籠る伝説を主題とした油彩画です。
もともと北欧出身の画家はイタリア、フランス、ドイツで学び、各国の影響を受けた作品を描いていたそうです。19世紀後半からは徐々に北欧らしさに目覚めていくのですが、これはそんな過渡期の作品。新古典主義の雰囲気を残しつつもお国柄あふれる題材に取り組んでいます。
展覧会の序章「神秘の源泉」と第一章「自然の力」はロマン派や印象派の技法を継いだ風景画が主役。
油彩画の技法自体はフランスやイタリアでよく見られ、特段珍しいものではありませんが、描かれた風景は峻厳な雪山や深くえぐれたフィヨルドなど、北欧ならではの美しさ。
氷河の抉ったU字谷、流れ出す清流と山上の遠い雪原の対比が美しいこの油絵は、最も成功したノルウェー風景画家とされるヨーハン・フレドリク・エッケシュバルグ(Johan Fredrik Eckersberg)の代表作。この記事を書いている段階では日本語版Wikipedia記事すらない彼ですが、緻密で峻厳な作品は一見の価値アリアリ。本展を機に知名度向上するといいな
ありふれたタイトルながら、見慣れぬ北極圏の景色に驚く一枚。氷塊の水中部分の青さが極北の透き通った冷たさを感じさせます。
ヴァイノ・ブロムステット(Väinö Blomstedt)はフィンランドの画家。風景画から象徴主義絵画、物語画まで多様な作品を残したようです。日本画の影響を受け、ゴーギャンの弟子でもあるというから驚き。
真冬の満月の夜を背景に、浮かび上がる直方体の宮殿と影絵のような人の群れが素晴らしい。
カール・ステファン・ベンネット(Carl Stefan Bennet)はスウェーデンの男爵、軍人、製図家、風景画家、歴史画家という肩書の多い人物。宮廷画家として上流階級の生活風景も多く描いたようで、調べてみると素敵な絵が沢山見つかります。
2章 伝説と幻想の森へ
大規模な戦争こそ多くないものの、北欧諸国の歴史は複雑です。例えばフィンランドは1809年以降約百年にわたりロシアの支配下に組み込まれるなど、苦難の近代を歩みました。
ヨーロッパ全域でナショナリズムが盛んになると、北欧の人々も自らのアイデンティティを探求し、民族主義の気分を高揚させるようになります。
ナショナリズム運動で神話や伝説が注目されるのは定番の流れ。19世紀末から20世紀初頭にかけて、北欧でも民族伝承に取材した傑作が数多く生み出されました。展示第二章ではそんな芸術世界の一端が示されます。
大きく取り上げられていたのがテオドール・キッテルセンとガーラル・ムンテの二人。どちらも独特の幻想世界を描き出していますが、空想に取り組む方向性は大きく異なっていました。
まずは民話『ソリア・モリア城』に取材したキッテルセンの連作より、主人公アスケラッドが姫をさらったトロールの城門前で金の鳥を見つけるシーン。
鮮やかな色彩を用いて光と影を対比させた構図が美しい一枚です。民話の世界なのにスーツ姿なのは不思議ですが、他の場面でもアスケラッドはスーツ着用なので、キッテルセンの中ではそういうものなのかもしれません。
『ソリア・モリア城』からは『トロルのシラミ取りをする姫』『アスケラッドとオオカミ』も出品されています。闇から見据えるオオカミの緊迫感に満ちた視線がポイント。
キッテルセンは水彩・パステル画も多く手掛けているようなのですが、物理的に弱いため、あまり海外には持ち出せないのだそう。
会場では代わりとしてLive2D風に画面を動かすムービーが上映されていました。前半はペスト禍、後半は民話の中の妖怪たちがテーマ。
前半はめっちゃ怖いです。実際に過去に起こったことだと思うと心底ぞっとしますね。
後半は楽しく観れます。例えばこれ。
河童だ!!!
いやー、アイルランドに河童っぽい妖精が居るのは知ってましたが、北欧にもいるんですね、河童。
北欧の妖怪といえばトロール。彼らの絵も勿論あります。
絵画の中のトロールは毛むくじゃらの生き物で表現されることが多いですが、民話の中のトロールって存外はっきりした定義がなく、美女なトロールもいれば小人も野獣もいる、バラエティに富んだ存在です。
余談ですが、ヤンソン氏いわく『ムーミン・トロール』は伝説のトロールとは異なる別の種族だそうです。
トールキンもトロルを登場させていますが、ほとんど超兵器みたいな生き物。けっこう何でもありですねトロール。
宮崎駿描くトロール(トトロ)のモフモフ感が一番近いかもしれません。
お次はガーラル・ムンテ。『名誉を得し者オースムン』を主題とした物語絵風の連作から四枚が出展されています。
こちらは姫をさらったトロルの城に辿り着いた勇者オースムンの図。門番…なのかな? 不可思議な生き物が味わい深い顔してますね。
背景、ヴァイキング船に二人の兄の姿が見えます。物語の挿絵風デザインがおしゃれ。随所に書かれている文字は読めなさそうでいて、微妙にドイツ語に近そうな気配も漂わせています。近い言語っていいな。
元々は風景画を描いていたムンテ氏、装飾性の高い物語絵の様式を確立し、何枚も作品を残しています。どれもファンタジー漫画に慣れた現代日本人には親しみやすいのでは? 見ていて楽しい作品群でした。
ちなみに、北欧民話はアスビョルンセンとモーの二人がグリム兄弟に触発されて蒐集・刊行しており、日本語訳も入手可能みたいです。アスケラッドの話はここで読めますね。
アスビョルンセンがまとめた『太陽の東 月の西』が岩波少年文庫にあり、こちらもおすすめです。白熊にまたがる姫の図がいかにも北欧。
3章 北海沿岸都市の風景
この章では19世紀末から20世紀初頭に描かれた、オスロ・ストックホルム・ヘルシンキといった北欧諸都市の風景画が紹介されています。
湾岸都市の美しさ、そして近代化によってもたらされた環境汚染、貧困問題。画家たちの眼差しはさまざまです。
まずは離宮の対岸にあった工場の塵煙と水運の都市を描いた油彩画。作者はエウシェン王子。王子って何だ?と思っていたら、なんと本物のスウェーデンの王子様だそうで。絵を描く王族はいますが、美術展で見かけるレベルの方は珍しいので驚きました。市民の暮らしをまっすぐに捉えた良い絵ですね。
こちらは幻想的な雲と海に挟まれた都市の絵。作者ストリンドバリは劇作家と認識していたのですが、執筆に行き詰まると絵も描いていたようです。
独特の迫力に満ちた作風で驚きました。低い水平線の向こうに漂う黄金の都市と、混沌をはらんだ黒い空の不穏な画面がたまりません。
ムンクの絵は不思議です。ぱっと見は「下手だなぁ」という感想なのですが(失礼)、妙に引き込まれるというか、独特の不安定な心地が癖になるというか、ともかく目が離せないんですよね。
近現代の絵画は見てわかる技術の巧みさではなく(そんなものはあって当たり前)見た目の画力から離れた本質部分の追及が重要といいます。その意味で、ムンクの絵は確かに傑作と言えるのだろうな、等と思いながら今回もじっくり見入ってしまいました。うーん、何度見ても不思議。
SOMPO美術館『北欧の神秘』、滅多に見る機会のない北欧絵画勢ぞろいの展示で楽しめました。
超有名作品の出品はありませんが、知られざる名作のオンパレードです。美術館巡りが趣味という西洋絵画慣れした方にオススメの展覧会。
参考
・写真が多く、展覧会の雰囲気を良く伝えてくれる記事。
・オスロ国立美術館の公式HP。収蔵品の画像データを無償でダウンロード出来たりする。眺めても楽しい。