第35回『客のNが半狂乱になったのは父親との壮絶な過去が原因だった』
うぃす! 大阪男塾の塾長です。
いよいよNとの話の完結編っす。
前回は、Nとファミレスで揉めたところまで書きました。
ちなみにNは僕と同じく夜職の女性っす。
Nとひと悶着あったあと、一度ファミレスを出てオーナーの井上敬一さんに電話で何があったかを報告した僕。
電話を切ったあと、今度は井上さんから電話がかかってきたんすよ。
「何事や?」と電話に出ると「Nとは恋愛のもつれで揉めたていにするやり方もあるぞ。そうしたら民事不介入になる」と鶴の一声。
民事不介入とは「犯罪性のない個人間の争いに警察は首を突っ込まない」という原則っす。僕とNの色恋沙汰で起こったトラブルにすることで、刑事事件になることを防ぐというやり方っすね。
「そんなやり方もあるのか!?」と思いながら、僕が再びNと揉めたファミレスへ戻ると、お店の前には救急車が。
どうやら彼女が店員に「お前ら、ボケっとしてんと、はよ救急車呼べや!」とまくしたてたようで、救急車が到着したという流れでした。
その後、僕とNは警察で事情聴取を受けることに。
映画やドラマやお笑いのコントなどでは、よく警察の取り調べを見てたっすけど、まさか自分が聴取される側になるとは⁉ 人生わかんないもんすね。
事情聴取は別々にされました。
Nはまったく収まる様子がなく、事情聴取を受けながら机をガンガン叩いて「お前ら下っ端では話にならんから、はよ署長呼べや!」と警察官を困らせてまくり。
僕は落ち着いた口調で、わかりやすく何が起こったかを警察官に伝えたんすね。
Nと僕の両方の聴取をしていた中年の警察官は、僕に対して同情している様子でした。「ずっとあんな絡まれ方ばっかりしたら、そらはっ倒したくもなるわな」と思ってくれてたのかもしれません。
「ええか? 今から俺が言うのはひとりごとや。ひとりごとやから君は一切気にせんといてな」とつぶやいたんです。
「何や、その思わせぶりな言い方は⁉」と思いましたが、興味があったので黙って警察官のひとり言を聞くことに。
おじさんの警察官は「ある程度話したら俺が被害届出すと、もう二度と君に会えへんようになるけど、それでもええかと尋ねるから、そしたら向こうは多分『それだけは嫌!』って言いよる。そうなったら被害届を出さんように俺が話をまとめたるわ。君は反省してずっと『ごめん』だけ言っとけば俺が悪いようにならんようにしたる」と、長い長いひとり言を口にしたんす。
「このおじさん、めっちゃええ人やん!」と思った僕は、その後、一室でNと話す際に言われた通りひたすら謝り続けました。
そして警察官が「もし被害届出したら、もう会われへんけどいいんか?」と尋ねました。
すると彼女は、必死の形相で「それは嫌や」と即答し「被害届出さへんから、離れんといて」と続けたんすよ。
事件になることなく解放された僕は、後日、彼女の母に謝りに行きました。
「娘さんを傷つけてしまい、申し訳ありませんでした」と頭を下げた僕に、Nの母は「娘に手を出したのは許せません」と怒りを隠しません。
「出したんは手やなくて足ですよ」と言いたくなりましたが、いらんこと言うたらあかん場面なので、そこはぐっと我慢したっすね。
僕を睨んでいたNの母の表情が、ふっと緩んだんです。
「ごめんなさいね。多分、あの娘があなたによっぽどのことをしたんやと思います。そうやないとこんなことになってるはずがないもの」
とNの母は申し訳なさそうな顔に。
「実はあの娘、昔は優しかったんです。でも幼いときに、父親がトラックに轢き殺されるのを目の当たりにしてから、気がおかしくなって感情のコントロールができなくなったんです」
「そのあと、恋愛しても好きな人が自分の目の前からいなくなることに、異常な恐怖を感じるようになったんです」
Nの過去を知らなかった僕は、彼女の生育環境を聞いて驚きながらも「だからあれだけ嫉妬して、俺のことを独占しようとしてたんか」と納得しました。
謝りに行ったのは僕の方やったのに、最後は彼女のお母さんから「しんどいことに巻き込んで、ごめんなさいね」と頭を下げられてました。
それから数日後、彼女とふたりで会う機会があったんすよ。
話をした場所は、またもや難波のファミレスでした。
僕は再び頭を下げ「もう無理やねん。お願いやから俺と関わるのやめてくれへんか?」と。
すると彼女は「わかった。そのかわりファミレスで揉めたときの示談金100万円を払ってや」と言い放ったのです。
こっちはNの妨害で、すでにホストとしての売上が400万円以上ダウンしたんで、100万円でもう近づかへんって約束してくれるなら安いもんす。
「わかった。示談書を書くから保管しといてくれ」と示談書を書いて渡して、手付金の10万円を支払いました。
そのあとファミレスを出て「ほんならな」と難波の繁華街の雑踏へ僕が進み出した瞬間、背後で「嫌や。私、絶対タクマと離れたくない!」とNの声が聞こえました。
歩みを止めて「なんや⁉」と振り返ると、人込みの中でNが号泣しながら土下座してたんす。
「何でもするんで、私のこと捨てないでください」
涙や鼻水などを垂れ流しながら、子どものように泣きじゃくる彼女を見て言葉を絶句。
野次馬たちが「カップルの痴話げんかか⁉」と興味津々で僕らを見てたのをよく覚えてるっす。
「ここで戻ったら、またあの地獄が繰り返されるだけや。何より僕は彼女の傷を癒せへんし彼女を幸せにしてあげられへん」
僕は彼女を残して歩き出しました。
背後では「なんでもします、なんでもしますから!」という彼女の絶叫がずっと響いてたっすね。
その後、彼女は僕の前に現れなくなりました。
やっとホストの仕事に集中できるようになり、売上も順調に回復。
数年後「クラブシュガー」という僕がオーナーのホストクラブを出すとき、ふとNのことを思い出しました。
「あのあと疎遠になったけど、まだ100万円のうち10万円しか渡してないわ」
出店する際は、いろいろけじめをつけてクリーンな状態で始めたかったんすね。
なので僕は数年ぶりにNにこちらから連絡をして、残りの90万円を渡しに行ったんすよ。
久し振りに会ったNは、様子が変わってました。
これまでは常にキーキーとヒステリックな声を上げていて激しい感じだったんすけど、なんかどんよりと疲れ切ってるんすね。
お金を渡したあと、その理由がわかったんす。
彼女は今も夜職を続けてたんすけど、お客さんの男性のひとりが完全にストーカー化してもうて、ずっと彼女につきまとい嫌がらせを続けてるそうなんすよ。
Nは結構、稼ぎがあったそうなんですけど、ストーカー客のせいで売上は落ちる一方。
彼女は「私がタクマにやったことが、ブーメランになって返ってきたわ。ごめん」としょげ返ってました。
夜職は人間の生の感情を扱う職業なので、お客さんがNのようにストーカーになるケースもあるっす。
僕はNに相当な迷惑をかけられ金銭的にも大ダメージを受けたました。けど彼女とのコミュニケーションで学んだことは大きかったっすね。
お客さんがストーカー化するのには、キャストの接し方にも何か問題があるんすよ。
それを気づかせてくれたのがNかもしれません。
Nにまつわる話の3部作はこれにて完結。
次回は、別の話を書くっすね。
最後まで読んでもらって、あざしたぁ!!