弱音を吐くこと
私の左手の手相を覗き込んだ占い師に、「あんた、苦労してきたな」と言われた。
「よく当たる」と噂の占い。大型ショッピングモールの一角にある店内は、想像していたよりも明るく電気で照らされていた。占い師は、話し方も身なりも、ザ・大阪のおばちゃん。あまり占いを信じていないというのもあって、私はうっかり
「え?苦労してないです」
と答えてしまった。(その節は、どうもすみません。)
私はとても恵まれていると思う。そもそも日本に生まれた時点でだいぶラッキーだし、大学院まで行かせてもらえている。数は多くないけど、趣味の合う友達もいる。
Twitter などで「生きづらい」という言葉を最近よく聞く。私はそう言っちゃダメなんだろうなぁ。私は自分の話をあまり友達にしないけど、なんとなくそんな気がする。
1ヶ月ほど前、友達と2人で居酒屋で飲みにいった。彼女はハイボール、私はレモンサワー。窓際の4人掛けに向かい合って座る。店内には控えめに、でもずっとサザンオールスターズの曲が流れていた。普段、込み入った話はしないけど、その日はあまり誰にも言っていなかったことを話そう、という気になった。
「私、自分の感情がいまいちわからへんねん。分析してから理解できたり、時間が経った後にわかったり。最近練習してな、やっと自分の気持ちを把握できるようになってきてん。」
その話を聞いた友達は、こう言った。
「まじ?もし私がそうなってたら、もう生きるのを諦めてたかもしれんなあ。」
え、
私ってそんなにしんどい状態だったの!?私のように、自分自身の感情がわからなくなってしまう人は少なくない、と(ネット上の体験談から)知っていた。だから、それはたいしたことではない、まあよくあることだと思っていた。でも、友達から見ても、私の状況はつらいものだったのか。そうかそうか。私だって、苦しいって言ってもよかったんだね。インターネットでなんでも比べられる今、私よりしんどい人はたくさんいる。それらも自分のことのように、感じてしまう。けれど、彼女のたった一言で、今まで生きてきた小さい私たちが、報われたような気がした。
「なんで我々はこうなってしまったんだろう。生きづらいねえ。」
とろんと酔った目で言った友達に、私は小さく頷いた。