民間人初の宇宙遊泳成功!SpaceXのPolaris Dawnを解説。
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2024年9月12日、SpaceXのPolaris Dawnによって民間企業が初めて宇宙遊泳を実現し、宇宙探査の新しい時代が開かれました。1965年3月18日、宇宙船「ボスホート3KD」の外に出たアレクセイ・レオーノフ宇宙飛行士は、人類史上初の宇宙飛行を敢行した人物となりました。それ以来、これまでに宇宙遊泳を経験した宇宙飛行士は265人に上りますが、全ての宇宙遊泳は政府主導の宇宙機関(NASAやロシアのロスコスモスなど)によって行われてきました。なぜ、民間初の宇宙遊泳がとてつもなくすごい快挙なのか、そして今後どのような未来が期待されるのか、Polaris Dawn乗組員の裏話も交えて詳しく解説していきます。
Polaris Dawn とは?
Polaris Dawn は、億万長者ジャレッド・アイザックマンが資金提供するPolaris プログラムの最初のミッションであり、少なくとも3つのミッションが予定されています。
当初、Polaris Dawnは2024年8月26日に打ち上げが予定されていましたが、SpaceXは追加の事前飛行チェックを行うために1日延期しました。その後、2024年8月27日にも打ち上げと帰還の条件が悪いため延期されました。最終的に2024年9月10日に打ち上げが成功し、Polaris Dawnはすぐに歴史を作りました。
ミッションの初日に、「レジリエンス」宇宙船は地上から870マイル(約1,400.7キロメートル)の最高高度に達し、これまでの有人地球周回宇宙船として最も高い高度に到達しました。どれだけ凄いのか分かりやすく説明すると、国際宇宙ステーション(ISS) が高度約400kmに位置しているので、その3倍以上の高度に達したことになります。
このミッションは、決済サービス「Shift4」の創設者であるジャレッド・アイザックマンが指揮をとりました。アイザックマンにとって、2021年に行われた「Inspiration4」ミッションに続く2度目の宇宙飛行です。このミッションでは、4人が宇宙に飛び立ち、科学実験を行い、再びメンフィスのセントジュード小児研究病院のために資金を集め、さらにSpaceXの宇宙服を使用して最初の商業的な宇宙遊泳を行いました。
どんな人が乗っていたの?
Polaris Dawnの乗組員には、ベテランの宇宙飛行士でありビジネスマン、SpaceXの有人・無人ミッション運用に経験を持つ2名の職員、そして元戦闘機パイロットが含まれています。
ジャレッド・アイザックマン
ジャレッド・アイザックマンは、2021年9月に地球周回軌道に飛行したSpaceXのInspiration4ミッションを指揮しました。彼は決済システム「Shift4 Payments」の創設者であり、この宇宙飛行の費用を自身で負担し、クルーメイト全員の座席も提供しました。また、彼は世界一周高速飛行や航空ショーの経験もあり、かつてはジェットパイロット訓練会社「Draken International」を所有していました。航空機の総合飛行時間は約6,000時間に達している、大ベテランです。
スコット・「キッド」・ポティート
スコット・「キッド」・ポティートは、米国空軍の退役中佐であり、F-16やT-37などの高性能航空機で3,200時間以上の飛行経験があります。また、戦闘任務にも参加し、第64攻撃飛行隊の指揮官や米空軍サンダーバーズのNo.4デモパイロットを務めました。ポティートは、アイザックマンと長年のビジネスパートナーであり、Draken Internationalの事業開発部長やShift4の戦略担当副社長を歴任しています。さらに、2000年以降、15回のアイアンマントライアスロンを完走しています。
サラ・ギリス
サラ・ギリスは、SpaceXのリードSpaceオペレーションエンジニアであり、Inspiration4やNASAのクルードラゴンミッションDemo-2、Crew-1などのミッションのために宇宙飛行士の訓練を担当しています。彼女は、ドラゴンの貨物補給ミッションでナビゲーションオフィサーとしても活躍し、ドラゴンの有人宇宙飛行ミッションのクルーコミュニケーターも務めました。もともとはクラシックバイオリニストを目指していましたが、高校のメンターである元NASA宇宙飛行士ジョー・タナーと話したことをきっかけに、エンジニアリングを目指すようになりました。
アンナ・メノン
アンナ・メノンは、SpaceXのリードSpaceオペレーションエンジニアであり、クルーオペレーションの開発を管理し、ミッションディレクターやクルーコミュニケーターとしても活動しています。NASAの有人宇宙飛行ミッションDemo-2やCrew-1、無人貨物ミッションCRS-22やCRS-23などのミッションにも関わってきました。以前は、NASAで国際宇宙ステーションのバイオメディカルフライトコントローラーとして勤務しており、また、世界保健機関、国境なき技師団、エンジニアリングワールドヘルスなどで生体医工学の経験を持っています。
どんなミッションを行ったの?
人類史上最高高度への挑戦
Polaris Dawnは2024年9月10日に地球の楕円軌道に乗り、5日間の宇宙ミッションを遂行しました。ドラゴン宇宙船は、複数回の軌道を周回した後、約870マイル(1,400キロメートル)の最高高度まで上昇し、1972年の最後のアポロミッション以来、人類が到達した最高高度となりました。このミッションでは、ヴァン・アレン放射線帯の一部を周回しながら、宇宙飛行と宇宙放射線が人間の健康に与える影響をより深く理解することを目的として行われたのです。
ヴァン・アレン放射線帯ってなに?
1958年に打ち上げられたアメリカ合衆国最初の人工衛星エクスプローラー1号は、地球の磁気圏内に地表の自然放射線の1億倍以上も強い放射線帯があり、地球をとりまいていることを観測しました。発見者ヴァン・アレンにちなんで、この放射線帯をヴァン・アレン帯と呼んでいます。ヴァン・アレン帯は地球の磁場にとらえられた陽子・電子からなる放射線帯で、有害な宇宙放射線を遮るバリアーの役割を果たしています。28~27億年前、地球に磁場が発生し、あわせてヴァン・アレン帯が生み出され、宇宙放射線が遮られるようになり、さらに大気により地球に直接降り注ぐ放射線が緩和されると、浅い温暖な海にも微生物が発生するようになったと推定されています。
史上初の商業宇宙遊泳
Polaris Dawnでは、SpaceXが設計した新しい商業用宇宙服を使用して、史上初の商業宇宙遊泳も行いました。以前SpaceXが開発した宇宙服は、主に宇宙船「ドラゴン」内部で使用するために設計されていしたが、今回は宇宙船の打ち上げから船内の作業・船外活動。着陸まで全ての活動できるよう All-In-One の設計されており、高度な素材や熱管理システム、ヘルメットバイザーに新しいコーティングが施されています。
さらに、宇宙業界を驚かせたのは、エアロックを使用しない宇宙船で宇宙遊泳を行ったことです。通常、国際宇宙ステーションやNASAのスペースシャトルでの宇宙遊泳を行う際、エアロックによって気圧の異なる船内と宇宙の圧力差を調節し、出入りしてていました。しかし、ドラゴンにはエアロックがないため、宇宙遊泳を行う前、船内の気圧(100 kPa) を宇宙空間の気圧 (59 kPa) まで下げてから船内の外に出たのです。3日目に予定されていた船外活動中に減圧症のリスクを最小限に抑えるため、打ち上げ1時間後から、乗組員は体内の窒素を減らすための事前呼吸プロトコルを開始しました。そして3日間かけて、船内の圧力は100kPaから59kPaに徐々に低下し、酸素レベルを増加しました。この気圧や酸素濃度の微調整を可能にしたのが、新開発された「ドラゴンスーツ」なのです。
NASAの宇宙服と何が違うの?
NASAの宇宙服(EMU: Extravehicular Mobility Unit)
NASAのEMUは、主に宇宙船の外で作業するために設計された「船外活動(EVA)」用の宇宙服です。宇宙遊泳中の宇宙飛行士を極限の宇宙環境から保護し、長時間の作業が可能なように作られています。高度な生命維持システム、温度調整、通信装置が組み込まれており、国際宇宙ステーション(ISS)でのメンテナンス作業や探査活動に使用されます。
SpaceXのドラゴンスーツ
SpaceXが開発した宇宙服は、主に宇宙船「ドラゴン」内部で使用するために設計されています。これらは「船内活動(IVA)」用で、宇宙船内や緊急事態に対応することを目的としています。ドラゴンスーツは船内の作業や打ち上げ・着陸時の安全を確保するもので、EVA用のような宇宙空間での作業を前提とした機能は持たない軽量の宇宙服です。しかし、Polaris Dawnでは、宇宙遊泳用の強化版が開発され、商業宇宙遊泳に使用されました。
宇宙インターネット
さらに、Polaris Dawnでは、SpaceXの高速ネットワーク「スターリンク」との通信など、科学および技術的な実験を行いました。「宇宙でインターネットを使うのは、スイッチを入れてすぐに繋がるような簡単なことだと思うかもしれませんが、そうではありません」と、ギリスは2024年8月19日の記者会見で語りました。SpaceXは、ミッション全体を通じてスターリンク衛星と通信するために、ドラゴン宇宙船の機内に「プラグアンドプレイザー」と呼ばれるレーザー通信システムとスターリンクルーターを搭載しました。衛星通信は、地上のステーションに頼って信号を中継するのではなく、レーザーを使用して衛星同士が直接通信します。つまり、通常利用されている電波による地上~衛星間の通信ではなく、光による衛星~衛星間の通信です。このテクノロジーにより、宇宙で光速でデータを送信できるようになり、月、火星、さらにその先への将来のミッションで、より高速で途切れのない通信が可能になります。まさに、宇宙探査の新たな可能性を切り開く、超高速宇宙インターネットの到来を意味しているのです。
「軌道速度で移動するスターリンク衛星に情報をレーザーで送信し、それが地球に戻ってくるという話です。SpaceXチームによる驚くべき開発の成果です。」とギリスは続けて、「この技術を使って、世界に特別なメッセージを送る計画を持っているんです」と述べました。
スターリンクや光通信については、過去のnoteで解説しています。ぜひご覧ください。
宇宙から子供達に読み聞かせ
メノンは自分が共著した子供向けの本『Kisses From Space』(ペンギンランダムハウス、2024年)の宇宙での読み聞かせを行いました。SpaceXによると、本の売上はメンフィスのセントジュード小児病院に寄付されます(Inspiration4ミッションもセントジュードを支援し、そのミッションでは2億5,000万ドル以上が病院のために集まりました)。
宇宙から奏でるバイオリン
また、ギリスは宇宙船「レジリエンス」でバイオリンを演奏し、「スター・ウォーズ」の曲を披露しました。彼女の演奏は、世界中のオーケストラと同期され、Polaris Dawnチームが制作したミュージックビデオとしてまとめられました。
健康影響研究
地球上の人間の健康の向上と、将来の長期宇宙飛行中の人間の健康に関する理解の向上を目的とした科学的研究が実施しされました。
超音波を使用して静脈ガス塞栓(VGE)を監視、検出、および定量化し、減圧症に対する人間の感受性に関する研究。
放射線環境に関するデータを収集し、宇宙放射線が人間の生物学的システムに与える影響の研究。
長期的なバイオバンクのために生物学的サンプルの提供。
長期間の宇宙飛行における人間の健康へのリスクである宇宙飛行関連神経眼球症候群(SANS)に関する研究。
SANSって何?
国際宇宙ステーションに長期間滞在した宇宙飛行士の60%以上が、国際宇宙ステーション滞在中から地球に戻って来た後も、かすみ目などの見え方に関する症状を訴えることが報告されています。宇宙飛行士には、視神経乳頭のむくみや眼球の扁平化、網脈絡膜のひだ形成といった眼球形態の変化が起こることが知られており、「宇宙飛行関連神経眼球症候群(SANS, Spaceflight-associated neuro-ocular syndrome)」と呼ばれています。22人の宇宙飛行士に対し、宇宙飛行の前後にMRI検査を行い、眼や視神経、脳の様子を宇宙飛行の前後で比較した結果、宇宙飛行後には、視神経の長さが明らかに長くなり、かつ眼球内にやや突出していることがわかりました。さらに近年、宇宙に長期滞在した飛行士に、帰還後、脳が上方移動したままであることや、脳室の総容積が飛行前に比べて増加していることなどが報告されています。
火星への宇宙旅行を目指している人類にとって、SANSは克服しなければならない課題なのです。
Polaris Dawn 乗組員の裏話
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