天地人が注目する今月の宇宙ニュース~ 衛星通信編 ~Vol.22
天地人は、衛星データを使った土地評価コンサルを行っているJAXA認定ベンチャーです。地球観測衛星の広域かつ高分解能なリモートセンシングデータ(気象情報・地形情報等)や農業分野の様々なデータを活用した、土地評価サービス「天地人コンパス」を提供しています。
Tenchijin Tech Blogでは、宇宙に関連するさまざまな最新情報を、天地人のエンジニア、研究者、ビジネスリーダーが一歩踏み込んで解説します。
天地人が注目した4つの海外ニュースを紹介します。
今回は、
JAXA月面探査機 世界初の「ピンポイント着陸」に成功
オランダ応用科学研究機構 衛星から地球上の地上局へデータ送信に成功
世界最大の農業機械メーカー ディア・アンド・カンパニー スペースX社とのパートナーシップを発表
Appleの衛星通信パートナーGlobalStar インドでのSOSサービス提供のため電気通信省の認可申請
について取り上げます。それぞれについて、天地人の専門家が、ニュースの注目ポイントや今後の動向を解説します。
天地人が注目したニュース4選!
ニュース1:JAXA月面探査機 世界初の「ピンポイント着陸」に成功
日本の無人探査機「SLIM」が月面にピンポイントで着陸し、着陸目標地点との誤差が世界初の100メートル以内に収まったことがJAXAによって発表された。探査機は目標地点から東側に55メートルほどの地点に着陸し、従来の数キロメートルとされてきた月面着陸の誤差が大幅に減少。搭載された小型の探査ロボットも正常に機能し、月面での様子が撮影された。着陸時はエンジンの一部が失われ、太陽光が当たらず発電ができていませんでしたが、8日後に太陽光が当たり再起動。撮影された画像や小型ロボット「LEV-2」による写真には、技術力の高さを称賛する声がSNSで多く寄せられた。
出典:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240125/k10014333951000.html
ニュース2:オランダ応用科学研究機構 衛星から地球上の地上局へデータ送信に成功
オランダ応用科学研究機構(TNO)の研究グループが、自社開発のレーザー通信技術を使用して、衛星から地上局へのデータ送信に成功。オランダの技術を用いた初めての衛星から地球の地上局へのデータ通信であり、目に見えないレーザーシグナルを使用したこの技術は、通信に広く使用されている無線周波数よりもはるかに高速かつ安全なデータ通信を可能にする。TNO SpaceのディレクターであるKees Buijsrogge氏は、この重要なマイルストーンが技術的な発展を前進させ、NATOの強力なサポートのもとでオランダとヨーロッパのためのより迅速で安全な広帯域接続を実現するものと述べた。これは宇宙アプリケーションにおいても利用可能な、より速く、軽く、エネルギー効率の良い通信オプションを提供する可能性を示している。
ニュース3:世界最大の農業機械メーカー ディア・アンド・カンパニー スペースX社とのパートナーシップを発表
ディア・アンド・カンパニーは、スペースX社との契約によって、顧客に対して衛星通信(SATCOM)サービスを提供することを発表。この提携により、農村部でのインターネット接続の課題に直面する農家は、スターリンク・ネットワークを利用して精密農業技術を活用できるようになる。SATCOMソリューションは、スペースXのStarlink衛星インターネットを活用し、頑丈な衛星通信端末を通じて新規および既存の機械を接続。これにより、自律性、リアルタイムのデータ共有、遠隔診断、自己修復ソリューションの強化などが実現され、農家の作業効率が向上する。SATCOMソリューションは2024年後半に米国とブラジルで限定発売予定。
出典:https://www.deere.com/en/news/all-news/john-deere-partnership-with-spacex/
ニュース4:Appleの衛星通信パートナーGlobalStar インドでのSOSサービス提供のため電気通信省の認可申請
GlobalStar社がアップルに提供する緊急SOSサービスが、インドでの提供を目指して電気通信省に承認を申請。認可が降りれば、アップルはインドで緊急サービスを提供できるようになる。他企業もインドの衛星通信市場に進出しようとしており、OneWebやSpace XのStarlink、AmazonのProject Kuiperも衛星通信ライセンスの取得を進めている。インドの衛星通信市場への新規参入が容易になることで、消費者は手頃な価格で衛星通信サービスを利用できる可能性がある。一方で、現状の衛星通信サービスは、高価格で端末の互換性が低いことが課題。アップルの最新端末は緊急衛星SOSサービスを内蔵しており、GlobalStarとの協力により、特に遠隔地やサービスが行き届いていない地域で衛星サービスの拡充が期待されている。
出典:https://www.medianama.com/2024/01/223-apple-satcom-partner-globalstar-approval-telecom-dept/
天地人はこう読む
以下では、本記事で紹介した4つのニュースがなぜ注目されているか、どんなトレンドが今後起こりそうかなど、天地人に所属する専門家の見解を記します。
ニュース1:JAXA月面探査機 世界初の「ピンポイント着陸」に成功
日本は今回のSLIMミッションにより、月面着陸を成功させた世界で5番目の国となりました。これまで月面着陸を成功させた国は旧ソ連、米国、中国、インドがあります。しかしながら、これまでの月面着陸ミッションと今回のSLIMミッションで大きく異なる点が、ニュースの題名にもある通り「ピンポイント」での着陸を成功させたところにあります。
これまでの各国による月面着陸は、その全てが「降りやすいところに降りる」という考えで試みられてきました。具体的には、目標地点から数キロ〜数十キロ離れた広く平坦な場所に降下していました。しかしながら、今後、月や火星、さらにその先の宇宙開発に足を伸ばし、基地開発や科学的成果を得る上で最も理想的な場所を目指すには「降りたいところに降りる」技術を確立することが重要な課題であったわけです。
こうした課題を解決することを目的に実施された今回のSLIMミッションにおいては、目標地点(SHIOLIクレータ)から55m(障害物回避の直前で10m程度以下)という非常に高精度な着陸が成し遂げられました。この成功に大きく寄与している技術が「画像照合航法」及び「航法誘導制御」です。
画像照合航法とは、事前に月周回衛星かぐや(SELENE)等のデータを元に作成された数値地形データ(Digital Terrain Model, DTM)とSLIM搭載の航法カメラが捉えた月面の画像を照合することにより、現在のSLIM自身の位置情報を正確に知ることを可能にする機能です。この画像照合が下図に示される月着陸降下シーケンスのうち合計14回にわたって行われ、SLIMは自身の正確な位置情報を取得し続けました。
そして、画像照合によって取得されたSLIM自身の位置情報や速度と目標地点に到達するための経路(軌道)を比較し、ずれがなくなるように修正する機能が航法誘導制御です。
これらの技術は日本の大学研究者とJAXA 宇宙科学研究所(ISAS)が一体となって、長年かけて開発してきたものになります。
また、これらの技術により無事月面へ送り込まれたSLIMは、搭載されているマルチバンド分光カメラ(MBC)によって、月面に存在する岩石(カンラン石など)を観測します。現在、下図に示しているような観測に成功したデータの解析が進められておりますが、月のマントルに由来する岩石等の分析が進むことで、月面環境や月の成り立ちを探る上で非常に重要な科学的発見・解明が期待されています。
MBCは異なる10種類の波長帯を観測できるカメラですが、それぞれのバンドによって読み取れる対象物の情報は多様です。こうしたマルチバンドを用いた技術は、天地人が日々取り組んでいる地球観測の分野でも非常に注目を集めています。特に数10〜300程度の波長帯の観測が可能なハイパースペクトルセンサは、現在、NASA、DLR(ドイツ宇宙機関)、ASI(イタリア宇宙機関)などにより開発・運用が行われています。日本でも2019年に打ち上げられたハイパースペクトルセンサHISUIが国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」に搭載されており、現在も様々な科学的成果が報告されています。
ハイパースペクトルセンサについては過去にこちらの記事でもご紹介しています。
今回のミッションでは実証には至らなかったものの、もうひとつ特筆すべきSLIMに関わる技術に触れたいと思います。それは「2段階着陸機構」です。この着陸機構は下図に示すような流れで行われます。非常に簡潔に言えば、(1)から(5)に向かって降下及び姿勢の前傾を続け、主脚で月面に接地した後に、SLIMの最も高い位置にある前補助脚が接地したところで姿勢を静定させ、着陸タッチダウンを完了する、という流れです。この着陸方式は傾斜のある荒地を目指すSLIMにとって非常に効果的であると言われています。
この2段階着陸の実現に大きく貢献しているのが、下図に示す「金属の衝撃吸収材」です。これは3D積層造形法(3Dプリンター)により作製されたもので、SLIMに合計5つある脚部に装備されています。月傾斜面に倒れ込むような着陸方式を取るSLIMにとって、様々な方向からの衝撃に耐えうる脚は必要不可欠でありますが、近年急速に開発が進んでいるポーラスアルミニウム合金に加え、半球状の外形を採用することで、SLIMは自身にかかりうる衝撃に対して万全な準備を整えていたわけです。
このように、宇宙業界では様々な技術開発が進みながら、その応用が加速していることがよくわかります。これまで見てきたような技術の結晶により、無事月面に降り立ったSLIMから取得されたデータの解析が進むことで、大きな科学的成果が報告されることを願うばかりです。
最後に、SLIMで使われた衛星通信について解説します。人工衛星や月面探査機等、宇宙に行く機体には必ずトランスポンダと呼ばれる通信機器が搭載されています。宇宙機と地上局の間で通信を行い、宇宙機の追跡・監視及び制御(TT&C:Tracking, Telemetry and Command)を行うためにトランスポンダが欠かせません。SLIMに搭載されたSバンドトランスポンダはこちらをご覧ください。
今回のSLIMは、月面に到達するまでの間・月面に到達した後も地上局と通信を行い、SLIMの状態を把握、SLIMが撮影した画像を受信しています。月面にいるSLIMと地上局の距離は約38万km、途方もなく遠い距離にあるSLIMの運用を衛星通信技術が支えていることがわかると思います。
(解説:衛星画像解析エンジニア 庄 / プロジェクトマネージャー 木村)
参考文献
https://www.jaxa.jp/projects/files/youtube/ml_slim_lev1_lev2/jaxa_doc01_20240125-a.pdf
https://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/191226.html
https://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/220928.html
https://www.jspacesystems.or.jp/jss/files/2021/06/HISUI_guidebook.pdf
https://sorabatake.jp/28639/
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