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2つの月が見える星【朗読用】


 誰も信じる人などいないが、いつのことかとても遠い星に住んでいる男と話をしたことがある。
彼との記憶は思い出せるようで思い出そうとするとほとんどの記憶はぼやけてしまって思い出すことができない。
ただ一つ何故か鮮明に思い出すことができる彼との話がある。

彼と浜辺で月を見ていた時である。その男曰く、その男の住む星は私達の住む青い星と酷似した星であるという。しかしこの星と我々の住む地球とは決定的に相違しているものがある。私達は夜暗い時に空を見上げると多くの場合1つの月を見ることができるが、その男の住む星ではそれを2つ見ることができるというのだ。その話を聞いたときは純粋にその光景を想像し圧倒した。天文学的に衛生の複数ある星は珍しくはない。しかし地球の外に出たことのない多くの人類はきっと彼の見る光景に憧れるだろう。私もその多く人類の中の一人に過ぎず、引き続き彼の話に耳を傾けた。彼は更にこう続けた。「その2つの星が稀にぶつかっているように見えることがある。友人、恋人とその光景を共に見ると彼らは永遠に良い関係を築くことができるんだそうだ。」

彼のことを良く思い出せそうで思い出すことができない。どこの星から来たのか。どうやってここまで来たのか。どうやって彼と会い、どのように別れたのか。
ごく最近のような遠い昔のような。ただ彼に会ったこと、彼からこの話を聞いた記憶は脳裏にはっきりと刻まれている。私も実際に起こったことであると理性では信じ難いがこれは夢ではないと思っている。

日本でも夏目漱石が愛情表現に月を見たという。日本でも、遠い星から来た宇宙人でも暗闇に浮かぶ大きな灯りは我々の何か大切なものを暖めるのかもしれない。
月を見ると冷たく感じるこの世界を生きるのも悪くはないと思う。