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佐野元春ライブ・レビュー 2023.12.19 恵比寿ザ・ガーデンホール
『CHRISTMAS TIME IN BLUE』は1985年に発表された曲である。この曲の終盤、リフレインで佐野はこう歌う。
愛してる人も 愛されてる人も
泣いてる人も 笑っている君も
平和な街も 戦ってる街も
メリー・メリー・クリスマス
Tonight's gonna be alright
この歌詞が今ほど切実に響いたことはなかったのではないかと思う。もちろん1985年からこのかた、世界中で戦争や内戦やテロは絶えず、人は死に続け、戦いは戦われ続けた。アフリカで、アジアで、ヨーロッパで、中東で、人々は大義を掲げたり掲げなかったりしながら殺し合い、ニューヨークでは高層ビルに旅客機が突入した。
昨年、ロシアがウクライナに侵攻し、今年は今年でイスラエルがテロ掃討を旗印にガザ地区で苛烈な殲滅戦を展開している。そしてその様子はSNSを通じて世界中に拡散され、多くの人が「戦争とはどのようなものであるのか」を目の当たりにすることになった。こうした戦闘行為が実際には世界のあちこちで絶えることなく繰り返され、なんの罪もない人たち、老人や病人や子供たちがなすすべもなく命を落としていることがあらためて意識され、理解されるようになった。
世界には「戦ってる街」が数えきれないくらいあり、クリスマスなど関係ないくらいギリギリの状況でなんとか生きながらえている人がたくさんいて、今夜がちっとも「オールライト」なんかじゃないということを僕たちは知っている。
それでも僕たちはこの日、恵比寿ガーデンホールに集まり、恒例になったクリスマス・ライブで「今夜は大丈夫だ」と確認し合った。ひととき、僕たちは楽しく歌い、踊り、佐野の音楽を全身で享受する祝祭に酔った。僕たちには僕たちの日々の泡があり、毎日少しずつ沈殿して行く澱のような痛みや疲れがある。そうしたものをリセットする祝祭を、ハレの日を待ちわびることはあっていいし、それは生活者としての僕たちの正当な権利である。
そのような僕たちのありのままの生と、世界のどこかで今この瞬間も繰り返されている苛烈な戦闘とは、いったいどのようにして地続きであり得るのか。僕たちの今夜はいったいどのようにして「オールライト」であり得るのか。
ライブが始まる前、そしてライブが終わった後、ステージ後ろのスクリーンには「peace on earth」という文字が映し出されていた。それは祈りである。どうやっても戦地の過酷さを実体験することのできない僕たちが、それでもそこで苦しみ、傷つき、死んで行く人たちについてわずかでも考え、少しでもそこに善きことの兆しを願い、だからこそ高らかに口笛を吹くのをやめないこと。絶望の淵にあるからこそ、それに打ちのめされながらも楽しむことをあきらめないこと。簡単に戦争や内乱やテロなんかに心を支配されないこと。世界に平和あれと願い、祈ることを佐野は僕たちにそっと提案したのだと僕は受け取った。
佐野は「今夜は大丈夫だ」と言っているのではない。
「せめて今夜くらいは大丈夫であれかし」と僕たちに祈っているのだ。
ちっともオールライトでないからこそ、「今夜はきっと大丈夫だ」と口に出してみる。この日のセットリストからは、コヨーテ・バンドのレパートリーのなかでも、たとえば『紅い月』『優しい闇』『斜陽』『植民地の夜』など、シリアスな曲調のものは注意深く除外され、ショーは祝祭を意識したポジティブなトーンのナンバーでまとめられていたのだと思うが、その分、そこに込められた佐野の祈り、願いはむしろ深く、静かに僕たちの心に浸透していったのではなかっただろうか。
約束さ ミスター・サンタクロース
僕はあきらめない
聖なる夜に口笛吹いて
佐野の健康上の問題もあってか、新しい曲のリリースがなかった2023年、佐野との接点は夏から秋にかけてのツアーとこのプレミアム・ショーにほぼ限られた。そのなかでも佐野は誠実に自己の表現をアップデートし、2023年というこの無茶苦茶な世界の実相に対して僕たちがどんな顔をして向かい合えばいいのか、彼なりのメッセージとヒントを投げかけてくれた。それを受け取り、なにを考え、どう行動するのかは僕たち自身に委ねられたのだ。リフレインの終盤で佐野はあらためてこう歌う。
世界中のチルドレン
Ring-a-ring-a-roses!
憂鬱なときも ひとりぼっちのときも
平和な街で 戦ってる街で
Ring-a-ring-a-roses!
Tonight's gonna be alright
バラの輪を作ろう。
たとえそこが戦っている街でも。
今夜が大丈夫であるように。