佐野元春 ライブ・レビュー 2024.10.30 Billboard Live TOKYO
ツアー千秋楽、今回は9月末の横浜、10月初の東京、そしてこの日と三回足を運んだ。セットリストは毎回微妙に違うものの、三回めともなると「なにかを感じてやろう」とでもいったような過剰な「意気ごみ」や肩の力は抜け、素直にパフォーマンスを楽しむ気になれた。ビールを飲みながらステージを見た。
演奏された曲はどれもこれまでの二回のライブのいずれか、あるいは両方で披露されたもの。二枚のセルフ・カバー・アルバム「月と専制君主」「自由の岸辺」に収録された曲の演奏はアルバムでのアレンジに忠実で、おしなべてアーシーで泥くさく、ふだんなら正直その重心の低さが気になって胃にもたれるときもあるが、この日はそれも含めて自分のなかでうまく消化できていた。
ホーボー・キング・バンドの演奏は地に足のついたシュアなもので、コヨーテ・バンドとは違ったバックビートを聴かせてくれた。素直に「上手いな」「カッコええな」と思えるグルーヴがそこにあった。『SEASON IN THE SUN』での長田のアコースティック・ギター・ソロが丁寧でかつ歯切れがよく、風通しのいいこの曲の情感をしっかり引き受けていたのが印象的だった。全体に長田のギターのよさを再発見した感があった。
速いテンポで演奏された『二人のバースデイ』も心に残る演奏だった。前回のライブでは僕自身の誕生日の直後だったこともあって、特にそのときのいろいろな思いとこの曲が共振して個的なハイライトだったが、この日もまだギリギリ誕生月のうちだったので「オレのための曲やん」と思いながらドヤ顔で聴くことができたのはお得だった。よりソリッドでストレートにアレンジし直されたこの曲はやはりこの日も大きな聴きどころのひとつだったと思う。
『It's Alright』もこの曲のルーツを明らかにする重要なパフォーマンスだった。シンプルなバンド編成で、オリジナルを彩っているサックスのリフを取り除いて聴いてみると、この曲が意外に素朴なカントリー・ロックのフォーマットに則っていることがわかる。佐野のソングライティングが、初期から豊かな音楽的背景に裏打ちされていたことをあらためて思い起こさせる興味深い演奏だったと思う。このシリーズ・ライブの存在意義を感じさせた。
この日は時間が早く過ぎた。ひとつひとつの曲を「このアレンジもあらためて聴くと悪くないな」とか思いながら指先でリズムをとって聴いていると、16曲のセットリストもあっという間だった。そこにあったのは僕の好きな佐野元春の曲であり、それを共有するライブの場であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。好きな音楽を聴くことに特にメンドくさい説明はいらない。そこにある音楽がライブ演奏という一回性をもって僕の精神をその場限りヒットする、その無二の遭遇こそが貴重なものなのだと今にして感じた。
そんな気持ちになったのは、暑かった夏をようやくなんとかやり過ごし、少しだけ目線を上げてやや遠くを見通すだけの余力ができたからだったのかもしれない。今ここにあるもの、今ここにある自分の気持ち、自分の中から立ち上がってきたまだ何の手も加えない感覚、そういったものをとりあえずそこにあるものとしていったん肯定しそのまま受け入れてみることが、またできるようになってきたということかもしれない。季節は円環を描くように繰り返しながらも螺旋のように先に進んで行く。そのシンプルな事実を僕は何度めかまた気づき直したのだろう。
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