見出し画像

佐野元春 ライブ・レビュー 2024.8.1 KT Zepp Yokohama

東京での公演から半月後となる追加日程でのツアー最終日。仕事を終えて横浜へ急いだ。椅子を並べてのライブでおそらく1,200人強の収容だと思うが、チケットは完売で手に入らなかったという声も聞かれ、コロナ禍を経てライブにも人が戻ってきているのを実感した。

このライブの第一のアクセントは『君をさがしている』で始まった80年代、90年代の曲の「再定義」のパート。シングルとして配信リリースされた『Young Bloods』の新しいアレンジも含め6曲が披露されたが、東京でのライブ・レビューで詳しく書いた『欲望』を除くと、あまりピンとこなかったというのが正直なところだった。

オープニングで披露された『君をさがしている』はこれまでのツアーでも演奏されていたアレンジだと思うが、過剰にヘヴィで、本来この曲の遠景にあるはずの「今夜は君に会えそうな気がする」という希望へのまなざしやギリギリのオプティミズムがなにかはっきりしないものによって上書きされてしまっているような印象を受ける。

『ジュジュ』『誰かが君のドアを叩いている』はこれまでに披瀝されてきたアレンジとの顕著な違いがあまりなく、『インディビジュアリスト』はシリアスさが強調されて、この曲のもつ疾走感や「風向きを変えろ」というメッセージ、なにより「楽しさ」が伝わりにくくなっている憾みを感じる。

唯一『欲望』はこの曲の詩情がアンビエントなビートの力を借りて、この混沌とした2024年にアップデートされた感があり、「再定義」の名に値するものだと思うし、『Young Bloods』はオリジナルの軽やかさ、タフネスへの憧憬といった「若き血潮」を損なわないようにしながらアレンジをリニューアルしたことでこの曲にまつわる雑音を排除したグッドジョブだと思うが、逆にいえばライブ冒頭のこのパートの聴きどころはこの2曲に尽きる。チャレンジは買うが全体として成功しているとは言いがたいと思った。

それに比べると、中盤以降のコヨーテ・バンドのオリジナル・レパートリーは聴きごたえがあり、バンドの成長と自信、確信を感じさせた。アルバム「今、何処」からの曲が多めではあったが、それ以前からの曲とのバランスも悪くなく、新旧の曲を同じ熱量で「今、ここ」のメッセージとして鳴らすことのできるだけの、バンドとしてのキャラクターが固まってきたというべきだろう。

アンコールでは初期のレパートリーが4曲披露された。『ダウンタウン・ボーイ』の「すべてをスタートラインに戻してギアを入れ直している」といった表現は、この曲を繰り返し聴いていた自分のティーンエイジフッドを思い起こさせると同時に、人生の後半を生きながら、なにをリセットするのか考え続けている今の自分にあらためて迫るものもあり、そしてその間に過ぎた時間のことを思わずにいられなかった。

『悲しきRADIO』は3コーラス目をスローダウンせず、エンディングまでアップテンポで走りきるオリジナルに近いアレンジで演奏されたのがよかった。この曲は、おそらくはスプリングスティーンの影響で、3コーラス目にタメをつくるパターンで演奏されることが多いが、お約束のように長尺になるのは正直しんどいときもあり、この曲本来のロックンロールへのオマージュという意味でも、歯切れのよい構成は気持ちがよかった。

千秋楽であり、佐野もいつになくリラックスした雰囲気でこうした「クラシックス」を楽しみながら演奏していたように思われたし、リスナーも(容易に想像できることだが)熱狂的にそれを歓迎した。ライブ序盤の「再定義」セクションよりはこちらの方にリスナーのニーズがあるのは皮肉なことだったし、そこに難しさがあるとともにヒントもあるような気がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?