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2025.01.22 漂流した先
「しんど!」
時計の針は1時を指す。まだ会計の仕事が終わらない。
学生時代から、勉強や仕事量が行き詰まると一時的な現実逃避をする。
スカイスキャナーという航空券検索サイトで、安い便を探すのが恒例だ。勢い余ってそのまま予約する場合もあるが、基本的にはどこに行こうかと妄想し、ページを閉じる。
しかし、今日は航空券ではなく、バレエのチケット販売サイトを眺めていた。
前任者が駐在中に舞台を見に行ったという話を聞いたこと、また、これまでスロバキアで活躍している日本人バレリーナとお話しする機会があったことから、見に行きたいと思っていた。加えて、今は三大バレエの一つである、白鳥の湖が公演されている。
先週末も今週末も働く予定が見えている。息抜きしたい...。
平日だから、まだいい席が残っている...。
えいっ!
何かと自分に理由をつけて、今日の舞台のチケットを購入してしまった。
仕事を終えた18時半。会場にはドレスやスーツを着た紳士と淑女が集まる。皆、バーカウンターでワインを嗜みながら、会話を楽しむ。芸術を楽しむだけでなく、彼らにとって社交の場であることを感じさせるこの雰囲気は嫌いでない。
比較的広めのオーケストラピットが、舞台下に設計されている。幼少期に、くるみ割り人形を見に行った際、華々しく躍るダンサーよりも、縁の下で支えている音楽隊に興味を持ったのを覚えている。そのため、子どもの頃の夢はオーケストラピットのフルート奏者だった。それも相まって、公演を見に行く時は必ず確認するようになった。
スロバキア語、ドイツ語、英語でのアナウンスが流れたのちに、曲が流れ出した。
第一幕は王子の誕生日からだ。
最近はミュージカルに偏っていたためか、一切台詞がないのに一瞬戸惑った。それと同時に、頭で“バレエとはそういうもの“と理解していても、身体だけで全てを表現することに、驚きを隠せなかった。
足の先から指の先まで、一つ一つの動作がきれいで、まるでオルゴール箱の上でくるくる回るおもちゃにすら見える。この団体に所属する、ある日本人バレリーナは以前、「躍るのが大好きで、それをただ続けているだけ」と言っていた。だが好きだけでは、ここまでの作品に仕上げられないだろうと、見ながら感じた。
ブラチスラバのバレエ団には、日本人が8人所属している。
同郷だから、どうというわけではない。
だが道は違えど、私も彼女/彼らも夢を抱き、それを叶えるためにスロバキアの地へと辿り着いたはずだ。そう考えると、少し胸が熱くなる夜だった。