
2024.05.18 心の浄化
「ヨーロッパの風景」と聞いたら何を思い浮かべるだろうか。
壮麗な大聖堂。煌びやかなお城。ビッグベンやエッフェル塔のような街のシンボル。
私にとってヨーロッパの風景というと、草原だ。
なだらかな緑が連なり、その境界線から上は青空が広がる。外に置いてある二人がけのロッキングチェアに腰をかけ、私はその風景をぼんやり見ていた。なんてゆとりのある、「生」のある時間だろうと思った。
朝5時起きで3時間の電車に揺られ、チェコに来ていた。スロバキア事務所の同僚たちは、戦略会議兼慰安旅行として、木曜日からこの地に来ていた。私と前任者も誘われていたが、引き継ぎがあるからと土曜日だけ参加した。
午前中は全てスロバキア語で、各事業の紹介がされていた。同僚が英語訳をしてくれたが、正直睡魔との戦いだった。渡航して1週間。休みもなく、毎晩外食で夜も遅かったため、疲労困憊であった。
昼食は捌きたての山羊肉と、山羊チーズのフライ。デザートには山羊ミルクのアイス。山羊三昧。それも、宿舎の隣はオーナーが運営している山羊小屋があるからだ。足を踏み入れる前から獣臭が漂った。彼らは搾乳され、乾いた草を食べていた。小屋内は山羊に合わせ、同僚の天然パーマの若手男性職員のメェーと鳴く声が響いていた。

小屋を出ると、「1時間ぐらいの軽い散歩へ行こう」とスロバキアの事務局長に誘われた。去年も参加した先輩に、「彼の1時間は3時間だから覚悟したほうがいい」と注意されていた。しかし、わざわざチェコまで来たからと思い、一緒に歩き出してみた。
小高い丘を歩いている途中、数人の同僚が白い花を摘み、箱に入れ始めた。彼女たちは道中ずっと花を取っていた。話を聞くと、甘い蜜が出るらしく帰ったらお茶に入れるそうだ。
「これはペパーミント」「野いちごもあるよ」
私の手にも渡され、匂いを嗅ぎ食す。野いちごは甘酸っぱいが、ベリーの味がしっかりした。ペパーミントは、今日のお土産となった。彼らの植物に対する知識量は桁違いだ。そして生活がメルヘンすぎて、まるでおとぎ話の住人のようだった。

1時間ぴったりで宿舎に戻ってくると、同僚の4歳ぐらいの子どもが近寄ってきた。くるくるの髪の毛に、くりくりの目。さっきまでプールに入っていたのか、服は着ていない。プール開きにはまだ寒い季節だが、濡れた身体で走りまわる。誰も彼女に注意はしない。
なんて平和なんだろうか。誰にも制限されず、犯罪の危険性もなく、小さな子どもの心のままに動ける世界。散歩しながら野の花を摘み、自分の生活に取り込む世界。目の前に広がる草原を見ながら、私の心が浄化されていく音が聞こえた。