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教育者

私は3校の小学校に通った。父親の仕事の関係で、小学校のうちに転校を2度もした。1校目は給食がとても美味しい小学校で、3年間通うことができた。2校目は1学年1クラスしかない学校で、1年間しか通わなかった。3校目は担任の先生が巨乳のおばあちゃんで、残りの2年間をそこで過ごした。

この文章を読んでくださっている方は、3校目の担任の話が聞きたいと思うが、これから語りたいのは2校目の担任の話だ。
ちなみに、巨乳のおばあちゃん先生は贔屓が激しく、口臭もかなりきつかったからなのか、クラスメイトには嫌われていた気がする。これから語る2校目の先生は口臭がきついとかそういう話ではなく、とにかく狂っていた。令和二年の今、彼のような”先生”がいたとしたら確実にお縄だ。


ある日、クラスメイトの男子三人がサッカーボールでドッヂボールをした。そのことに憤慨した先生は、その三人を教団の横に立たせたまま、朝礼から5時間目まで1日中授業をした。

またある日、クラスメイトの男子一人がクラスの女子にふざけて「無様だ!」と言った。その女子から相談を受けた先生は、クラス皆の前でその男子の小さい頭を床に押し付け、
「今のお前の方がよっぽど無様だけどな。」
と言った。(その後の出来事は覚えていない)

クラスメイトの中には身体の成長が早く、小学四年生の時点で身長160センチ、胸は推定Cカップほどあるみずきちゃんという女子がいた。先生はよく、みずきちゃんを自分の膝の上に座らせていた。

そんなクラスで生徒がすくすく育つわけがなく、成人式で再会できたクラスメイトはたった三人。全員高卒だった。

不幸中の幸いで、私はその学校に一年しか通わなかった。

その担任のことも忘れかけていた高校一年生の春、私はあの狂った担任の息子に会った。めちゃくちゃ怖かったのは、その息子が蚊も殺せないようなゆるふわ系男子だたことである。性格も素晴らしく良く、同じ部活だったため、よく話していた。

私がその2校目の小学校を転校する1ヶ月前のこと、先生は一人の男子生徒に怪我をさせてしまった。顔にアザをつくって帰った息子を心配した母親が学校に電話をかけ、コトが大きくなった。

翌日先生はクラスみんなの前でこれまでの暴力行為を詫びた。ただ、頭をあげた後、先生が放った一言が13年経った今でも忘れられない。その男はこう言ったのだ。

「僕も手を上げないように頑張るから、みんなも僕に手を上げさせるようなことはしないでね。」


CB

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