見出し画像

昭和の魔法少女は令和で現実化していた

Vシンガーというか神椿スタジオ所属シンガーのライブ見ていたらふとタイトル通りのこと思ったんですよ。
ドラえもんの秘密道具の一部が現実化したように(糸無し糸電話とかカラオケキングとか)、昭和の古典的魔法少女で描かれた「魔法」は既に現実化しているのではないかと……。


【定義する昭和魔法少女の例】

とは言っても昭和の魔法少女モノもたくさんあるので、あくまで一例だけです。
以下が「現実化したんじゃねーの」と思った枠。

魔法使いサリーみたいなのではなくて、変身系魔法少女ですね。
魔法で変身して事件を解決……というのはさすがに今の技術でも無理です。
でもとりあえず「理想の姿に変身してみたい」願望はバ美肉纏うVtuberの時点で実現できていたんじゃないかと。

ただVtuberの時点では、あくまでyoutuberの在り方の派生の一つとしてしか私は認識していなかった。
しかしVtuberが歌い始め、歌うことがまず第一にあり、youtuberらしい活動は二の次であるVシンガーが台頭し、現実リアルライブまでやっている現代を省みて思ったのですよ。

これクリィミーマミじゃねぇか!

【主にスタジオぴえろ系魔法少女】

つまるところ昭和魔法少女と言っても、スタジオぴえろの魔法少女シリーズにほぼ限定されるわけですね。
ただその原点を遡っていくと、メルモちゃんじゃねーかなと思ったので上記リンクには張っておきました。

クリィミーマミは小学生の女の子である森沢優が、16歳の少女に変身してアイドル歌手「クリィミーマミ」として活躍するお話です。
魔法少女ものの魔法なので色々と制限があり、それによって起きるドラマこそがクリィミーマミを名作たらしめたわけなのですが、それはさておき。

なおこの記事を書き始めたのは六月の頭頃でしたが、ここで突如として当のぴえろ魔法少女シリーズの最新作が発表されました。
なんというタイミング。

※※※

Vシンガーは3Dモデリングされたアバターの姿で歌います。
これをして「魔法で変身したアイドル歌手のクリィミーマミと同じ」と思ったわけですが、ある意味もうクリィミーマミ以上に便利な魔法使っているよなと。

ガチで歌って踊れるVシンガーもいます。中の人が実際出てきちゃった神椿スタジオ所属のVALISなんかいい例。

それを知ったうえで嫌な言い方をしますが、3Dモデルにモーションを流し込み、既にレコーディングした歌を再生する併せ技もできます。
私はこれを別に批難したいわけではなく、むしろ逆で現代技術がかつてフィクションとして描いた魔法をも越えたのだと感動だか驚嘆だか自分でもよくわからない感情を覚えたわけです。

それも呪いじみた厭われた魔法じゃなくて、子供に夢を見せる魔法ですよ。
考えてみれば私より上の世代がスタジオぴえろ系魔法少女を見て育ったわけなので、そういった大人が現実マジ魔法少女に変身する機材アイテムを販売、プロデュースしているのが現代なんですよ。
そこは商売なのでなんか見えない所で色々あるんだなって察せられるのが嫌なんだけど、それも別の切り口とはいえクリィミーマミで描いちゃってたしな!!

【Vシンガーはアイドル=偶像としては正統派】

さらに突き詰めて考えると、アイドルはキャラ作りしています。
いやコレも別に批難したいわけじゃないです。むしろファンサしてくれているからありがてぇ。
そもそも誰だって基本的にキャラ作りしているよ。芸能活動はそれが極端なだけだよ。ペルソナだってそう言っている。

ただ、キャラ作りするにしたって生身でやるのと、アバターという一枚板を挟んで受け止めるのでは、おそらく歌い手側も、そして視聴者側も現実のそれを見聞きするのと異質なものになると思うのです。

※※※

それこそ、太古よりのお祭りでは仮面を被ることでその仮面に描かれた精霊なり神霊なりが降りてきて、装着者は「村人のAさん」ではなく「〇〇の精霊」そのもの・・・・になる。
これややこしい話で、別に仮面に精霊が宿っているとか、仮面そのものが精霊なのだとか、そういうことではないらしいのです。
あくまで模した姿であって、本質的に霊はやはり目には見えないし触れられない。
それを霊にとっても、肉を持った人間にとってもわかりやすく交信する形に落とし込むのが、仮面を纏った姿なわけです。
仮面と、仮面の装着者が揃わなければ成立しない。

アバターだけではただの3Dモデリングやイラストであり、中の人はあくまで顔の見えない人間であるVtuberは、通じ合う部分があるわけです。
いや別に私が言い出したわけじゃなくてそれこそやっぱりV.W.Pの春猿火のライブ「シャーマニズム」のスタンスなんですけれど。

※※※

それならば、文化が一周してしまって偶像=アイドル=Vシンガーであるわけで、この流れは人類史に基づいて見たら正当な流れを汲む文化なのではないかと。

シャーマニズムを引き出すために太古のお祭りを引き合いにしましたが、そこまで遡らなくてもラジオやレコードのみで歌手が活躍していた、大正や昭和初期の時代などもそれなりに当て嵌まります。
当時のジャケットでも写真は使われており、現代では希少なアンティークレトロな古物の一つになっていますが。
でも写真を残さなかった歌い手もたくさんいて、昔のラジオでは録音技術が無かっりレコードでは音質が悪いので生歌配信していた時期もあったわけで。
中には本人ではない無名の歌い手がラジオで流行歌も歌うこともあったわけで。カバー曲生配信と変わらん。

【高度に発達した(略)】

まぁ結局のところ、このアーサー・C・クラークの三法則と同じ話なんですが。

確かに21世紀も20年過ぎても車は空飛んでませんし全身ボディスーツで皆さん出歩いたりはしていない。
ロボットが労働を代替してくれて人間がよりクリエイティブな仕事に専念できるどころか、AIやらなんやらでその正反対を行っている。

だけどそれでもそんな昭和の時代に描かれた魔法や夢の一部は確かに現実化しているんだ!!!

全てが良い魔法ではないのかもしれません。そもそも魔の法という時点で安易に触れちゃいけないものだとも思います。
でも、わたしたちが生まれるより前、あるいはまだ若く幼かったあの頃に見た夢や魔法が、現実化しているのも事実ではあるのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?