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忍者と極道 第88話 浸食 感想
毎週感想を書いていると熱意より義務感に襲われそうなので基本やらないのですが、今週(正確には先週)はとくに情報量が多かったので忍者と極道の感想行きます。
【東京都民(みんな)、麻薬(ヤク)キメろォォ!(強制)】
一言で済ますとこれに尽きる孔富姐さんの悪事(ワルさ)。
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心底(マジ)酷薄(エグ)いな!
【天国への回数券無料体験会実施中!(強制)】
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地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)が極道のメインウェポンなので影が薄くなりがちだった、オリジナル版の天国への回数券(ヘブンズ・クーポン)だが五章開始から再びスポットライトが度々当てられていたのはこれが理由だったのかと。
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そもそも第三章時点でこう言っていたように、天国への回数券が下地となって極道に資金源という力を与えているのでやっぱこっちの方がはるかにヤバいのである。
もっと突き詰めて考えてしまえば、天国への回数券の販売方法とルートを制御することにより経済と治安に干渉しテロなんぞ起こさずとも、遠回しに十年二十年計画でやれば日本に大打撃を与えることも可能なのだと思われるが、そういう正攻法はこの漫画の極道の悪事(ワルさ)ではない。
ただ、ここまで天国への回数券が大ヒットするまで忍者側が対処できていなかったというのは、作品的に少しご都合主義感があり、ちょっとマイナスポイントだよねと前々から思っていたりする。
まぁ日本全国の忍者の絶対数が少なく、さらに各都市ごとの忍者が縄張りで治安を守っておりとくに深く連携しているわけでもなく、海外の極道の活動には監視し切れていないという点からある程度納得感があったりもする。
忍者と極道は弱者と強者の戦いを描いた物語でもあるが、強者の数は少なく弱者は多い。
この「完成された一」VS「不完全な群体」というのはたびたび見かけるテーマであるが、大抵主人公側として挑戦するのは不完全な群体であり、そういう意味で忍者と極道はちょっと逆転してヒネくれている。
元々は極道側を主人公にしようと考えていたことにも起因するのかもしれない。
↓参考ページ↓
弱者と強者、強者としての忍者というのはそのうちまた一つの記事にまとめるかもしれない。
【地獄への道は善意で舗装されている】
今までの極道たちのかました悪事(ワルさ)と比べると、孔富姐さんのかました悪事(ワルさ)は、困ったことに彼なりの慈愛に基づく点が異色。
殺島にしろガムテにしろ、その根源は現社会に対する不満を攻撃として噴出させたものでわかりやすく暴力的だったわけだが、孔富姐さんは不満というより哀しみ、怒りよりも救済(すく)いたい、そんな聖者の如き慈愛の心に満ちている。
その結果がこの天国への回数券無料体験会(強制)というドエラいテロ行為であり、起こった時点で既に手遅れで絡め手寄りというタチの悪さが、慈愛と善意に依る行動は短絡的な怒りや不満の暴発より対処しにくいということを物語っていたりもする。
私はたびたび記事で慈愛の大切さを説いているつもりだが、もちろん本章で描かれるであろうように、慈愛の負の側面というのも理解しているつもりではある。
何事にも良い面と悪い面がある。それは本来尊ばれてしかるべき感情や想いでもそうであり、逆に唾棄すべき俗悪な欲望や憎悪嫉妬といった情念でも良い面があったりするのである。
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それはそうと天国への回数券とか言っておきながらワンパン即お陀仏させるのはいいのかな……どうなんだろう……。