酒のつまみになる恋は
【秋】
その人とは、最初から合わなかった。
共有できるものが何もなかった。
彼の世界に私は最初から入れなかったし、入りたいとも思わなかった。
ただ、可愛かった。
最初に会ったときから、「可愛い子だな」と思ったけど、緊張してフランクに声がかけられなかった。
だから2年くらい経って急に連絡が来たとき、
シンプルに舞い上がってしまった。
2回デートに行った。
「好きになれればいいな」っていう気持ちが高かっただけに、これは無理だって気づいたときの落胆は大きかった。
そりゃそうだ。
恋ってしようと思ってするもんじゃない。
その後、ある意味しつこくお誘いが来たが、丁重にお断りした。
失敗したなーって思った。
いつもそうだ。
見極められない。
見た目とか雰囲気だけで、相手を知った気になってしまう。
好きになった気になってしまう。
好きになれなかった私に罪はないけど、確かにその気があるようなLINEしちゃってたなーとか。
朝ドラに出てきた俳優さんが彼に似ていて、ふいに思い出した。
やっぱり顔は好きだったな。
ちょっと惜しいことしたかな。
全然思わないけど、ちょっとだけ思った。
最初のデートで品川に行ったときは、「普段の自分」を意識した。
デートだからと気合を入れていつもとは違う自分を演出してしまうと、
うっかりそっちの自分を好きになられたときに困ってしまう。
無意識の意識。
そういえばあの頃はまだジェルネイルの時代だったな。
お金はかかるけどマニキュアとは段違いの綺麗さだし、爪が強化されるから好きだった。
可愛いし強いって最強だ。
魚をみている間は良かったが、アクティビティタイムが終わると全然話が弾まなくて、無意識に帰り道を探していた。
反対方向だったので、彼と別れてホームに上がった瞬間、心底ほっとしたのを覚えている。
なのに。
「直接言えなかったけど、服も爪も全部可愛かった」
帰り道のLINEにこんなに心が踊ったのは久しぶりだ。
歳下との恋愛の醍醐味はここにある。
どんな失敗も、無計画さも、不器用さも、全部「可愛い」で片付けられる。最初から頼れる男を期待してないから、へなちょこでも許せるし、逆にちょっとでも男らしいところがあると、割増でかっこよく見える。
彼とのときめきのピークはそこだった。
時間が経った今でも、鮮明に思い出された。朝ドラの俳優さんの顔を見て、一瞬で彩りが戻った。
それでいいのかな。
過去の恋なんて、思い出してキュンキュンするしか取り柄がないわけだし。彼は違ったけど、いつか同じような顔で中身も良い人に出会ってやるんだから。
いや、彼は別に中身が悪かったわけじゃない。私と合わなかっただけだ。
彼は彼で素敵な人だった。ありがとう。
【夏】
ゴールデンウィークに突入すると、いよいよ夏の気配がしてくる。
どんな猛暑でも、夏の訪れは否応なくわくわくさせられる。
私は夏が好きだ。
日焼けに肌が負けてきても、水分のとりすぎで顔がむくんでも、夏の日焼け止めと裸足とポニーテールは、私を魅了してやまない。
見知らぬ洋楽が流れてくると、あいつを思い出す。
自分から好きになった。
どうにかして関わりたくて、学習グループに誘ったりした。
忘れた頃に思い出して、遊びに誘った。
顔がもろにタイプだった。
中身も、意地悪だけどたまに見せる優しさがたまらなかった。
けど、結局彼とも合わなかった。
プールに誘った。
合わなくても良かった。
なんとなく好きだったし、一緒にいて普通に楽しかったし。
まんざらでもないうちは、巻き込んでおいたらいいかなって。
歳上女からの誘いは、歳下女からのそれより軽い気持ちで受け取ってもらえるんじゃないかと思うときがある。
相手に何も意識させず、自分も意識せず、友達感覚で近づいていくのが、経験上一番良い。
無意識の状態が、私の魅力を最大限発揮させる。
思いの外密着シーンの多いプールは、当たりだった。
話が合わない相手とは、アクティビティが長く充実している方がいい。
調子に乗ってはしゃいでいたら、自分たちの関係性についての話になってしまった。
話は合わないけど、未来がない、とは言い切れない、というか言い切りたくない状況だったし、相手を大事には思っていたから、はぐらかさずに正直に伝えた。
今どう思っているか。今後どうしていきたいか。
相手も、ちょっと似たような感じだった。
押せば付き合えそうだけど、別に私のことをすごく好きなわけではなさそう。でも、だから無理やり押して今の関係を崩したくもなかった。
付き合ったとして、うまくいきそうな予感もさらさらなかった。
結局私達は、プールまでしか行けない関係性だ。
帰り道の車の中で、付き合ってもいないのに、軽く言い合いになった。
私が勝手に苛ついただけなのかもしれない。
車の運転にケチをつけてきたのが気に入らなかった。
彼にとったらきっと普通の、友達同士のノリで言っただけだっただろうに、私が過剰に反応して、最悪の空気になった。
気分転換にスーパー銭湯に寄った。
男女別だから、頭を冷やしていろいろと考えてみた。
銭湯に付いてる食事処で顔を突き合わせ、とりあえず謝った。
また普通に話せるようになったのに、ちょっとしたことですれ違いが起こって、再び言い合いに。それが2回、3回繰り返されて、なんだこれってなって、もう笑うしかなくて。
お互い子どもだった。というより、私が子どもだったから、うまく立ち回れなくて、わかってあげられなくて。
残念だったなぁ。
帰り際、ぽつりと彼が言った。
「もっと知りたいって思うから、すれ違うのがもどかしいんだよ」
そうか。もっと知りたいって思ってくれているのか。それだけで良かった。あまり本音を言わない彼だから、時折の本音は威力がでかい。
やられた。
もうこれだけでじゅうぶんだ。
【冬】
何度かクラスが一緒で、目がくりっとした圧倒的イケメン。
こうやって書いていると、まるで私がメンクイみたいだが、今まで付き合ってきた人にイケメンはほぼいなかった。逆に言えば、自分から好きになった人とはうまくいかないことが多い。
ともあれ、今回もイケメンの話。
地元に共通の知り合いがいて話が盛り上がったこともあり、たまに話す仲に。
歳下だが彼が先に卒業したので、それからめっきり連絡を取らなくなっていたが、ふいに思い出したかのように連絡がきた。
懐かしくて話が盛り上がるほど仲良くもなかったが、それなりに話をし、お酒を嗜み、久しぶりにしっかり酔っ払って気づいたらカラオケで寝てしまっていた。彼に頭を撫でられていた、ような気がする。
歌が好きだからこそ、カラオケという場所で歌わず無駄に時間を過ごすことが嫌すぎて、かつ純粋に温かいところで眠りたくて、変な意味はなくホテルに行こうと言っていた。
本当に襲うつもりも誘うつもりもなく、良質な睡眠が取りたかっただけだが、並んで横になると無性にドキドキして眠れなかった。
足だけが触れ、無言の押し引きが続き、ついに彼が覆いかぶさってキスしてきた。
横にいるときはドキドキしていた割に、何も感じないキスだった。
腕にはめたゴツめのブレスレットと、デパ地下みたいな香水がなんだか不釣り合いで、無駄に記憶に残った。
そういう流れに持っていこうと思えばいけたけど、別にこの人としたいと思わなかったし、流れで体を許してしまうのはどんなときでも良い方向には転ばないような気がしていたからやんわり断ってそのまま眠った。
全然眠れなかった。
次の日の朝に渋谷で食べたおにぎりも全然美味しくなかったし、極めつけ、別れ際に
「白子って、あれの味に似てるからあんまり好きじゃない」という話をしたら爆笑され、ここ最近で一番笑ったと言うものだから、あぁこの人も違うんだなと思った。そんなに笑われても困るし、そういう話が常に中心にあるのは、カジュアルを通り越して面白くなくなるものだと思う。
ただ、このまま縁を切るものなんだかなーと、そもそも普通に飲みに行きたかっただけなのだということを後日伝えたら、じゃあドライブに行こうと誘ってくれた。
純粋に嬉しかったが、やっぱり一緒の時間をそこまで楽しむ自信がなく、直前で断ってしまった。なんだかなー。
でもイケメンだったからいいか。
【春】
久しぶりに恋をした。ずっと勝手に友達だと思っていた相手で、主にこちらら気まぐれに思い出して遊びに誘うことがあった。
数年ぶりに連絡をして山登りに誘ったら、あっけなく承諾してくれて行くことになった。
素敵な山だった。
途中の道も、緑が生い茂る川沿いに歩いていけて、全然飽きない山だった。久しぶりに会った彼は、あまり変わっていなくて、はじめは全然喋ってくれなくて焦ったけど、だんだんと会話が続くようになって、自然と楽しめる時間だった。
山頂には開けた場所があって、天気も風もよく、
寝転んでいろんな話をした。
完璧だった。
結婚するかも知れないという話を聞くまでは。
なぜこんなにも落ち込んでしまったのかはよくわからない。
彼に心配されるほどあからさまだった。
まじかーって。
最初はシンプルに、何も考えず遊んでくれる友達が一人減ってしまうことへの悲しみ。
でも後から思うと、すでにちょっと好きになっていたのかもしれない。
なんでこのタイミングなんだ。
今まではなんとも思っていなかったのに。
ちょっとした気遣いとか、歩くペースを合わせてくれる感じとか、素直な感じとか、マイペースな雰囲気とか。
結婚とか全然興味なさそうな感じに見えていたのに。
そんな風には見えなかったのに。
君もそっちへ行ってしまうのか、と。
山頂で聞く話ではない。絶対に。
この状況に、変に燃えてしまったことは認める。
必要以上に彼に対する気持ちを美化してしまった。
でも、人を好きになる気持ちをちゃんと味わえたのは久しぶりだったから、素直に嬉しかったし、これが幻だったとしても、感謝したかった。
今更こんなことを言っても仕方がないのだけれど、最初に声をかけてきたのは彼の方だった。
大学の部活の仮参加のタイミングで一緒になって、LINEを聞かれた。
まんざらでもなかったけど、結局その後彼から何もアクションはなく、私も別の活動で忙しく、接点がなくなった。
私がたまに気まぐれに声をかけて会うくらいだった。
彼は今、部活の同期と付き合っている。きっとその子と結婚するのだろう。
彼の余裕とか、魅力につながる部分は、半分くらい彼女が作り出しているかもしれないのに。わかっていても会いたいし、諦められなかった。
ちゃんと気持ちを伝えて、きっぱり諦めようと思ったその日、べろべろに酔って半分記憶を飛ばした。
好きだったことを伝えたのは覚えているけれど、ちゃんと伝わったかどうかはわからない。
日頃の行いがよくないから、こういうときにドジを踏むのかな。
シラフで伝えたかったな。
それできっぱり友達に戻れたらよかったのにな。
もうきっと彼から連絡が来ることはない。それでいい。さみしいけれど、縁がなかっただけだし、実際彼がフリーだったとしてもうまくいかなかったような気がするし。
頑張ったな、私。
楽しかったな。
ちょっぴり幸せだったな。
これからはちゃんと自分で幸せをつかみにいこう。
きっとまた失敗はするけれど、何十年か後の酒のつまみにはなるだろう。