見逃し配信9月末まで~COUPA Japan Summit 2023が7月26日に開催
少し時間が経ってしまい、かつ配信期限も迫っている中ですが、2023年7月26日(水)にCoupa Japan Summit 2023が開催されました。遅くなりましたが、私の感想をまとめてみました。
なお、ご興味がある方は、以下のリンクから見逃し配信閲覧のアクションを早急に、と思います。加えて、この記述が見逃し配信を見る際の、いくばくかの助けになれば幸いです。
1. 約1200人出席の今年最大の購買オンサイトイベントが開催された
「2019 Coupaジャパン・シンポジウム(2019年11月開催)」では、約250人の出席だったのに」と、Coupa Japanの山田由香里さんが思い起こしていられました。というのも、今回の2023年は1200人の申込を集めた巨大イベントになっていました。わずかな期間で5倍近い規模に拡大しました。
遠隔地参加が容易なオンライン開催の昨年の約2000人からは減少ですが、これは他社イベントでも同様傾向。そして来場できなかった方へのフォローアップ手段には、9月末までアーカイブ(見逃し)配信が提供されています。
ちなみに、2日後の7月28日に競合他社が「定員300名で募集(応募多数の際は抽選)」で募集していたイベントは、26日時点でも応募定員を満たしていないと、そのイベントへの出展社から耳にしました(注: 違っていたら、状況をお教えいただければ訂正します)。間違いなく、Coupa Japan Summit 2023は今年最大のオンサイト形式の購買イベントでした。
2. 心意気を感じる全方位的なCoupa Japan Summit 2023プログラム
開催意図を、小関社長はキーノートセッションで次のように話されました。
そして、サプライチェーン・購買調達領域の識者、Coupaのお客様の導入事例、パートナー企業各社、Coupa社員という様々なスピーカーにセッションを行ってもらえるプログラムにしたと説明されていました。サプライチェーン・調達購買コミュニティに関わる全ての人を範囲とした、全方向的で包括的な取り組みを意図されていると思いました。
そのプログラム一覧を、下に添付します。
3. 競争基盤の「コミュニティデータ」は630兆円の累積支出額に着実に拡大
キーノートセッションで、まず報告されたのが現在の業績指標値。
・利用企業数(Customer/Community): 3000社超
・製品の機能モジュール数(Solution): 34個
・累積支出額(cumulative customer spend): 630兆円
・登録サプライヤー数(Suppliers): 950万社超
利用企業数は収益に直結する重要指標ですが、一般の利用者(ユーザ)にとっては累積支出額(cumulative customer spend)が何よりも重要と思います。
というのも、これがCoupaの強みの源泉だからです。
Coupaには「成長の弾み車(フライホイール)」が存在することは、以前の記事で取り上げました。
Coupaは、使いやすさに加えて、蓄積(累積)データから導出される各種ベンチマーク指標値とそれに基づく洞察(インサイト)の提供を特色とします。蓄積データの増加は、提供される指標値(KPI)の精度を高めます。それがさらに多くの利用企業(ユーザ)を惹きつけ、さらにより多くのデータの蓄積に繋がる「成長の弾み車(フライホイール)」をCoupaはビジネスモデルとして内蔵してます。
Coupa Japan Summit 2023でもFang Chang氏(Product Management担当Senior Vice President)は「なぜこれが重要なのでしょうか。これこそがCommunity.aiの価値を高めるからです。取引額1円ごとに、登録サプライヤー1社ごとにCommunity.aiは賢くなります。」と語りました。
一般ユーザーにとって何よりも重要なのは、ユーザー数や収入ではなく、Coupaを使う見返りとして返ってくるものです。そしてその基となる、Coupa利用の累積支出額(cumulative customer spend)が630兆円に到達していることが、今回示されました。630兆円分のデータがCoupaには蓄積され、それがユーザーに様々な知見を提供してくれます。直近12カ月でも、累積支出額は170兆円の伸びとのことです。
140円/ドルで換算すると、630兆円は累積額$4.5 trillionの(直近12カ月は$1.2 trillionの増加)になります。為替換算のずれがあると思いますが、2022年Q1(4月末)の$3.6 trillion、2021年度末(1月末)の$2.3 trillionに対しても着実に増加しています。
思えば、Coupaの中にあった累積支出額データは2006年の株式公開時はわずか$250 Billion分でした。それが今やどんどんと規模拡大し、従来以上に他社の追随を許さなくなってきています(成長の弾み車(フライホイール)効果です)。Coupa Japan Summit 2023の出席者数も増加しましたが、それと共にこの値は重要な変化ではないかと思います。
3-1. 新たな方向の機能強化~データ活用はAIを利用した「分析・予測機能」の充実へ
蓄積された累積支出データの活用方向性については、Fang Chang氏(Product Management担当Senior Vice President)が3段階に分けて説明していました。
第1段階と第2段階は要約すると、以下になるでしょうか。
第1段階 透明性:すべての支出を補足し、可視化(見える化)できる段階
間接材・直接材ともに、使い勝手の良さ/不測事態への対応力、サプライヤーとのコラボレーション能力を提供することで、システム外での業務を防止し、すべての取引データを補足する段階。
第2段階 統制/最適化: 業務の実施を修正/最適化する段階
次はそのデータを業務の最適化に使う段階。価格などのベンチマーク結果と結果からの推奨事項の表示は従来から存在しました。しかしさらに積極的に、他社比較からの業務プロセス効率改善案をCommunity.aiが提案するプロセスマイニング的な機能も紹介されていました。
しかしより興味深かったのは、第3段階の「改善: コミュニティの価値の最大化」でした。改善(第3段階)では、AIを活用した分析・予測機能の充実が進んでいるようです。
例えば、2022年には以下の価格予測機能(インサイト)が追加済とのこと。
・価格インサイト (Pricing Insight)
・海上貨物輸送価格インサイト
・貨物便(FTL)価格インサイト
さらに、今後も新しいカテゴリーへの対応が追加で行われていく旨の予告もありました。AIを利用し、分析・予測機能を充実させた「改善」の強化が進んでいくものと思われます。
さらにAIの観点ではこれに加えて、生成AI型Chatインターフェースの提供も開発中とのことでした。そして昨年以来、BSMプラットフォームという共通基盤の上に、(AI以外のものも含めて)350を超える新機能強化が既に行われてきたとも話されました。
4. サプライチェーンの自律化対応~Augmented AI活用を導入
サプライチェーンプランニング&デザインの方も見てみましょう。セッション「Coupa製品セッション:デジタルツインとAIで実現する、柔軟で競争力の高いサプライチェーンデザイン」では、サプライチェーンのAI活用に関連する機能紹介がありました。マッキンゼーレポートなどで、サプライチェーンプランニングの将来像は「自律型サプライチェーン・プランニング(Autonomous supply chain planning) 」の無人化に進むことが、かねてより予測されてきました。
その入口に当たる機能が、今回発表されました。
その新機能として紹介された「Supply Chain Prescriptions」は「AIによる未知のコスト削減機会の発見」を担うとのことです。どのように動作するのかと言えば、メインの「Supply Chain Monitor」で導き出したサプライチェーンのデザインと計画を、「Supply Chain Prescriptions」でAI検証し、さらなる改善機会がないかを確認するモジュールとのこと。
いきなり完全自動化するのではなく、判断の強化のためにAIで再検証するというAugmented Computing(人間の能力を増強するが、最終判断は人間)の考え方に基づくAI活用のようです。これは調達領域以外のソリューションでも見られる方向性です。
動的にサプライチェーンデザインを変更できる機能に加えて、サプライチェーン領域でも時勢に沿った機能進化が着々と行われているようです。
5.Coupaの非上場化は、ビジネス安定への好機の様子
一方Coupaでは、Thoma Bravo社(プライベートエクイティ会社)の買収による非上場化(2023年2月完了)とCEO ロブ・ベルンシュテイン(Rob Bernshteyn)氏の退職(2023年4月末)と大きな出来事が最近発表されてきました。その状況を少し見てみましょう。
5-1. Coupaの成長が大幅に減速
ビックテック(GAFAM)の大量の人員整理などの報道が年初から相次いだ2023年ですが、Coupaも同様の問題を抱えたようです(もしかすると、COVID下の2020年に急成長した分、よりショックがより大きかったのかもしれません)。これまでの年率4割前後の収益の伸びに急ブレーキがかかり、2023年以降の収益の伸びの予測が10%台に急低下しました。
加えて、多大な利益損失も報じられました。Coupaのビジネスモデルは、年間40%程の収益の急成長を続けながら、年間4千万ドル程度の純損失を出すものでした。これだけの急成長であれば、赤字額としては問題はありません。
ところが成長鈍化に加えて赤字額の方も増加し、2022年は3億7900万ドルの純損失(Net incomeのマイナス)と、従来の10倍に増加。株価も2021年末の160ドル前後から、1年後の2022年末には50ドル前後に落ち込みました。
新興テック企業の業績評価には、40%ルールがよく用いられます。このルールは、売上高成長率と営業利益率の和が40%を超えていればOKとするものです。新興テック企業は、必ずしも当初から営業利益率を黒字化できません。しかしそれに売上成長率も足し合わせた和が40%を超えていれば、ビジネスの赤字には目をつぶれるとするものです。
この点でも、2022年度までのCoupaは40%を遥かに超える優良企業でした。しかしこの値が、突然に2023年から40%を割る予測が出されました。さすがにひどい状況です。
Coupaは、元から収益予想を過少に行う傾向がある企業で、朝起きてモーサテを見ていたら、「業績予想の発表内容から、昨日米国市場(NASDAQ)で2割と、株価が最も下落した企業がクーパソフトウェアです」などと報道され、びっくりするようなこともありました。しかし翌日には「Coupaの株式は今が買い時」という経済紙報道が相次ぐ会社でもありました。
しかし今回はさすがに対処が必要になった模様です。
購買情報サイトのSpend Mattersは、記事「The Coupa timeline – From foundation to Thoma Bravo, analysis and breakdown (2022年12月20日)」で、「頬張り過ぎて、嚙み切れなくなったかなぁ(One possibility is that Coupa bit off more than it could chew)」と、この状況を報じました。
(なお、他のテック企業でも同様に見られるコロナ後の市場の急激な縮小は、今後の研究対象かと個人的には思っています。)
5-2. オジサンたちが大いに騒ぎ、嘆き悲しむ
買収での上場廃止が当面の命綱になるだけならば悪くない話だったのですが、やはり代償が発生しました。2月の買収完了に引き続いて、14年以上もCEOを務めたきたロブ・ベルンシュテインの4月末での退職が発表されたのです。
前述のSpend Mattersでは、1月5日の週刊ニュースレター(Weekly Update)で Jason Busch氏(Spend Matters CEO)が以下のように書いています。
そしてベルンシュテインの退職報道をうけて、「Coupaとベルンシュテインには、本当に良い夢を見させてもらった」とのオジサンたちの追想と懐古と嘆き節は、(私も含めて)今もあちこちで続いています。
5-3. 小関社長コメント:「問題なし、むしろ整然となったかも」
でも現状は果たしてどうなのだろうかと、Coupa Japan Summit 2023で、小関社長にダイレクトに伺ってみました。お答えは「問題はないし、かえって整理された面もある」というものでした。
確かに、このまま突っ走っていたら、株式市場に翻弄され、最後は噛み切れないほど頬張った状態で喉を詰まらせて、Coupaは窒息していたかもしれません。それを考えれば、今回の非上場化は今後の安定的なビジネスを確立していくい上で「雨降って地固まる」の出来事のように思えます(そしてCoupa Japanには影響ないようです)。さらに前述のように、Coupaの新機能は適宜リリースされ、累積支出データの金額もユーザ数も着実に伸びています。
もちろん買収された影響は、今後出てくるのかもしれません。しかし買収先のThoma Bravoも、ここでCoupaの企業価値を毀損しては、今回の買収の損失が出ます。いったん息を整える面からも、今回の非上場化は肯定的なものと、(感情的ではない冷静な)世間一般では捉えている様子です。
6.三位一体モデル~新しい世界観に対応するベンダー各社
Covidの混乱を経て、購買業務は単に安く買ってくるだけのものではなくなりました。レジリエンスの観点が加わりました。
このような状況を、例えばコンサルティング会社のBainは2022年5月時点で次のように表現していました。
そしてコンサルティング会社などの各社は、この状況を表現するに適したモデルを探索していました。しかしなかなかぴったりとくるものが出てこなかったのです。
その中で、私が「良いのでは」と思えるものを見つけたのは、思いがけないところからでした。購買調達の世界ではあまりなじみがない金融サービス会社のS&P Global社の「Supply chain functional model (Supply chain operating model)」です(2021年と2022年の”Supply Chain Survey Report”に掲載されています)。
思い起こせば、Coupaがそれまでの財務部門(CFO)寄りの方向に加えて、Llamasoftの買収を発表したのが2020年11月。この領域については、10年前にマッキンゼー社が論考「購買部門とサプライチェーン部門の分断に橋を架けるには(Bridging the procurement-supply chain divide) (2013年9月1日)」を出すなど、購買調達部門とサプライチェーン部門は”水と油”の関係のようにも思われていました。
ですから、Copua史上最大額でのLlamasoft買収は、当時は実に奇妙なものに見えました。スキルセットが違う、場合によっては相克してきたものを取り込んでも大丈夫なのだろうかとの思いを抱きました。
しかし今となってみれば、レジリエンス観点を先見的に捉えていたゆえの、Coupaの行動だったと思います。購買部門のリーダーたちは、現在は「コスト+レジリエンス(含:ESG)」の責任を求められるようになってきました。もはやコストだけを追い求めれるだけでは不十分です。レジリエンス観点での購入品の安定的な確保と、その源泉となるサプライヤーの確保までを考える必要が生じています。かつては”水と油”だった購買とサプライチェーンの両方を総合的にコントロールする視野と能力が求められています。
そこでは、「コスト(Procure-to-payの”買う”業務)」と「サプライチェーン(購入戦略も含めた有利な安定供給の仕掛け建て)」に加えて、両方の結節点となる「サプライヤー確保(サプライベースの確保)」の3つの部分を統合して、欠けることなく業務を考える必要が出てきています。Covid後のリーダー職にはこのように拡大した業務への対応が不可欠になると思います(逆にできないと失格の烙印を押されることになるかもしれません)。
この動きは、さらに競合のSAPでも生じています。 ”SAP Intelligent Spend and Business Network”の名のもとに、10月9~11日にウィーンでイベント「SAP Spend Connect Live 2023」が開催されます。そしてそれはAriba・Fieldglass・Concurとともにサプライチェーン領域も含めた範囲でのイベントとなるようです。
そして今回のCoupa Japan Summit 2023は、日本で最初にこの世界観に対応するイベントだったたのではないかと思います。
補足1: 山口周氏の講演
最後に、アーカイブ(見逃し)視聴期限が終了してしまった山口周氏の講演に関して記述します。この講演は、既に読んだことがあった著書「ニュータイプの時代」の内容にさらに深く接することができ、私にはとても有意義なものでした。後日、この書籍の「オールドタイプとニュータイプ」の対比などを、改めて読み返しました。
備忘録的ですが、その講演で紹介されたアップルのマッキントッシュ発表プレゼンの録画をフルバージョンで添付しておきます(さすがに講演の紹介では、企業名などが省かれました)。
IBMにいた/今もいる人にとって「知らないのはモグリ」的ビデオですが、いま見直してみても、スタンフォード大学卒業式スピーチよりも、こちらの方が、私には印象的に思えます(歯車マークをクリックして、日本語字幕を表示することができます)。
補足2:報道記事へのリンク
見つけたCoupa Japan Summit 2023の報道記事のリンクを添付します。
※当記事への資料掲載は、Coupa社の了解(問題あれば掲載後削除ルール)を得たうえで行っています。