It's購買系9月🎑:②バイヤー消滅、AIが業務を代替する時代へ
(遅くなってしまいましたが、9月分ダイジェストの2本目です)
”将来への影響”として見過ごせない発表が、2021年9月17日の「自律調整SCMコンソーシアム」の設立と思います。サマリーはIt's購買系記事「さようならタクティカルバイヤーたち、人手ソーシングが消滅し、AIが代替する「自律調整」への動きがより鮮明に-BIRD INITIATIVE他 (2021年9月24日)」にまとめました。人間のバイヤーによる購買交渉業務が、いよいよAI(人工知能)に置き換わり始めそうです。
「自律調整SCMコンソーシアム」で何が実現されそうなのか
2021年9月17日にプレスリリース「自律調整SCMコンソーシアム」設立のお知らせ 〜サプライチェーンにおける日々の調整業務の劇的な効率化へ〜」が発表されました。
そして「自律調整SCMコンソーシアム」のホームページには、「サプライチェーンにおいて日々発生している「企業・組織・個人間での利害や挙動の調整業務」を劇的に効率化する」ことを設立目的とし、以下のイメージ図が付されました。
これだけでは、納期や数量といった発注業務での調整がコンソーシアムの対象かと思えてもしまいます。
しかし、引き続いてホームページの「自動交渉とは(AUTOMATIC NEGOTIATION)」のサブメニューをクリックすると「人が実施している様々な調整をAIが代わりに調整・交渉を行います。」とのコメントとともに、下の図が出てきます。
「製品売買の例」のところには、「品質〇価格△納期□でどう?」、「No。品質〇価格△納期□では?」といったやり取りが図で表示されています。その横には「譲れない条件、とれると嬉しい条件を自動的導出。自分にとって好ましく、相手が飲めそうな条件を自動提案」と書かれています。
そう、お判りになりますでしょうか。これってまさに購買ソーシング交渉(見積依頼や査定など)の業務イメージではないでしょうか。「自律調整SCMコンソーシアム」は購買ソーシング交渉のAI(人工知能)による自動化も対象にしています。(...というか、この購買交渉を描いた自動交渉の図は、2018年頃の当初から存在していたものなのです)。
「自律調整SCMコンソーシアム」は、以下のように検討が進められてきました。それがいよいよコンソーシアムを設立して、購買ソーシング交渉の自動化も含めた実用化に踏み出したようです。
・「AI間連携基盤技術」のNEDO事業に採択-NEC (2018年12月5日)
・複数のAIが互いの利害を自動調整するための検証環境が国際業界団体「IIC」から承認-NEC(2019年8月21日)
・「複数AIが交渉の利害調整をする検査環境」がIICのテストベッドに承認-MONOist(2019年8月22日)
購買ソーシング交渉はそもそもがチェスのゲームだ
ところで、ここでもう一度、購買交渉の本質を考えてみましょう。
購買交渉の売れ筋書籍「Negotiation for Procurement and Supply Chain Professionals: A Proven Approach for Negotiations with Suppliers 3rd Edition」では、「第9章 譲歩戦略を組み立てる(Building the concession strategy)」で、購買交渉の本質を「交渉要件を抽出し、優先度を明確にしたうえで、要件ごとに、チェス盤(checkerボードの上でどこまで押すのか、どこまで譲るのかをやり取りする」こととしています。ゆえに交渉を混乱なく有効に行うには、譲歩条件を明確にした「譲歩戦略(concession strategy)」を事前定義しておく必要があるとして、第9章ではその戦略立案から実施の仕方が説明されています。
・MOD(最も望ましい成果:Most Desirable Outcome)
・LDO(最低限の受諾可能同意:Least Desirable Outcome)
・ZoMA(共通同意領域, いわゆるZoPAのこと)
注目すべきは「購買交渉とは様々な要件をやり取りする“チェスのゲーム”」のようなものと考えている点です。「えっ、チェス!!」とお気づきになられた方もいるかと思います。IBMのビッグブルーがチェス世界チャンピオンのゲイリー・カスパロフを倒したのは、1997年5月11日のことです。さらに近年では、DeepMind Technologies(Alphabet子会社)の「AlphaZero」のめざましい進歩もあります。
そう、チェスのゲームであれば、四半世紀前にAI(人工知能)化されていた、AIに親和性が高い領域なのです。実は購買ソーシング交渉とは、AI化しやすい特質を持つ業務とも言えます。
広告や電力で先行していたAI活用売買マッチング市場
他方、一定条件に基づいて瞬時に価格決定を行う電子市場も出始めています。例えば「リスティング(検索連動)広告」の「自動入札機能」や「配信広告決定機能」では、AI(人工知能)に支援された電子市場ですでに実用化しています。また電気先物取引にも、AI(人工知能)支援電子市場が確立されつつあると聞いています。
市場を考えるに重要なのは、「自律調整SCMコンソーシアム」の図にもあるように、電子市場に接しているのは「コンピュータ(ロボット)」ということです。人間の役割はコンピュータにリクエストするだけです。人間同士が熟考しつつ時間をかけて行う価格交渉は存在しません。接続されたコンピュータ同士が瞬時に交渉の手を出し合った後に一瞬に最適な取引相手が決まる、そんな世界になるはずです(リスティング広告表示も瞬時に決まります)。
購買交渉に臨むバイヤーにとっては、「ビジネスニーズを把握整理し、交渉条件に変換すること」と「それを適正な順番で繰り出して最大効果を上げること」が重要な知的価値でした。それに秀でた人が、有能な(タクティカル)バイヤーとみなされてきました。しかし「譲れない条件、とれると嬉しい条件を自動的導出。自分にとって好ましく、相手が飲めそうな条件を自動提案」をAI(人工知能)が行うとなると、人間の購買バイヤーは要るのでしょうか。そこでの人間バイヤーの価値とは何になるのでしょうか。
「自律調整SCMコンソーシアム」の図が実現するとなると、社内の購入現場でAI(人工知能)に「こんなものが欲しいんだけど...」というと、そのAIが接続している電子市場で交渉(チェスゲーム)を行い、その結果、瞬時に取引条件(価格・納期・品質)と取引相手が決まってしまう、そんな世界がまもなく到来するのではないでしょうか。
"そんな仕事は我社の購買スタッフがやるべきことではありません"
購買バイヤー業務は、発注や納期調整の業務オペレーションを担当する「オペレーショナルバイヤー」、日々の購買価格交渉を担当する「タクティカルバイヤー」、俯瞰的に買い方を捉え、効果的に実行する「ストラテジックバイヤー」に区分するのが一般的です。
日本企業では、1人で3役全てをこなす場合も多く、「実は仕事の7割はオペレーティング(価値を出せていない)」などという場合が少なくありません。その結果「せめても自動化・電子化で、もうオペレーショナルな仕事からは解放されたい」といった話に留まっている場合が数多くあります。
しかし、ある海外グローバル製薬企業の購買トップ(CPO)は、自部門スタッフに「あなたたちは、タクティカルバイイングはやらなくてもよい」との指針を出していました。オペレーショナルバイイングは自社スタッフの仕事ではないことは自明でした。
というのは、タクティカルバイイングは、彼女曰く「規模の経済の効果もあるのだからと」、アウトソーシングベンダーに任せてしまうべきものだったからです(オペレーショナルバイイングは言わずもがなです)。その代わりに、自部門スタッフには俯瞰的に自社の買い方をどう改善するかを、彼女は常に考えさせていました。
タクティカルバイイングは、買うものは都度違っても、業務手順はルーチン化しています。ゆえに日々の流れに身を任せていれば、それなりの楽なところに過ごせます。しかしストラテジックバイイングとなると、そうはいきません。常に違う視点から様々な思考を巡らさないと進みません。多くは前例がないやり方です。ゆえに気が休まる暇がない、大変な仕事です。しかし、彼女の会社の自社スタッフは、百戦錬磨の人たちでした。しかも結構それを楽しんでいました。実に鍛えられた優秀な人たちだったなと思い出します。
加えて、タクティカルバイイングがやがて人工知能に代替されてしまうという話が、このように出てきました。今後のキャリアを考える上で、このような話をしているかどうか、もしかするとかなり重要になるのではとも思えます。
ガートナーが予測する3ステップの未来~でも備えは大事
2021年3月に、調査会社ガートナーが論考「From Automation to Autonomy: The Supply Chain 2035 Roadmap」を発表しました。これによると、サプライチェーンへの人工知能適用は次の3段階で進むとしています。
・自動化(Automation)[~2025年]:
最盛技術 RPA, IOT, 拡張用の知能(Augmented intelligence)
・拡張化(Augmentation) [~2030年]:
最盛技術 機械学習(ML), ブロックチェーン、サプライチェーン・デジタル
ツイン、責任あるAI(Responsible AI)
・自律化(Autonomy) [10年以上後]:
最盛技術 人工知能(AI), 人間拡張(Human Augmentation)
ゆえにひょっとすると「自律調整SCMコンソーシアム」の世界が実現するのは「自律化」の10年以上後かもしれません(電子市場の確立がなかなか大変化も)。でも前もって様々な事例を視野に入れておくのは、知らないで過ごすよりも重要なのではと思います。
参考)「Negotiation for Procurement and Supply Chain Professionals: A Proven Approach for Negotiations with Suppliers 3rd Edition」
上で紹介した書籍は、レッドシートという1枚のシートを記入していくと、系統だった購買交渉が実施できる方法論を、必要な各種技法とともにまとめた内容です。
私は第2版まで所持していましたが、気が付くと昨年第3版が40ページ増補ででているという具合に、頻繁に改訂されていますし、かなりの人気なのではと思います。日本国内では、このような書籍はありません。英語ではありますが、購買業務の有数の良書と思います。
※2021年9月の購買調達トピックス投稿は次の7件でした。
①サプライヤーでの最低賃金引き上げ反映に言及した「中小事業者等取引公正化推進アクションプラン」を公正取引委員会が発表-時事通信ほか (2021年9月13日)
②製造業の7割超で"悩み"の原価上昇、4割弱が部材不足で生産抑制、関心の高まりはCSR調達とサプライチェーン見直し-ニュースイッチ(日刊工業新聞社)他 (2021年9月16日)
③日立が50年度目標でサプライチェーン温室効果ガス排出量をゼロに、トヨタやBMWの自動車業界でもサプライヤーとの取り組みが進む-日本経済新聞他 (2021年9月21日)
④部材不足の大規模減産が続々、それを契機に"持たざる"サプライチェーン(Just-in-time)の見直し機運が高まる-日本経済新聞他 (2021年9月23日)
⑤サプライチェーンの対応力アップにはツール導入だけでは達成不可、サイロ化分断組織の体制面の見直しが不可欠-Mckinsey他 (2021年9月23日)
⑥ビジネスへの戦略的価値創造者として購買部門を捉え直す動きが、パンデミック後を見据えて提起され始める-Forbes他 (2021年9月24日)
👉⑦さようならタクティカルバイヤーたち、人手ソーシングが消滅し、AIが代替する「自律調整」への動きがより鮮明に-BIRD INITIATIVE他 (2021年9月24日)