【短編小説】スクエア・スピリッツ #秋ピリカ お題「紙」 1200字
「蒼、別になんてことない。ただのお使いのお願いだ」
薫が器用に風船を折っている。元々の紙は3センチ四方だった。それが立体に膨れ上がり目の前に山と積もれば、なんてことないの範疇は既に超えている。元々手先は器用だった。その僅かに震える指先を折りたたんだ紙の上に何度も往復させて折り目をつける。性格が現れたように立方体は四角四面だ。
押し詰まった空気から逃げ出すように窓に手をかければ強い風が吹き込み、はくはくとようやく息をつく。まるで水面に浮かぶ酸欠の金魚のようだ。
「ああ。飛んでっちゃった」
声に振り返れば、たくさんの立方体はベッドから飛び散っていた。
「ごめん」
急いでかき集める間、背中に視線を感じる。1ヶ月。たったそれだけの間に薫は随分窶れ、直視するのが怖かった。この小さな四角と同じく薫はもうすぐ飛んでいってしまうんだろう。突然膝が揺れた。
「迷惑だったかな」
「そんなはず……ない。けど」
「まぁ、ね」
その声はいつもと同じように軽やかで、やはり春の風のようだ。
薫とは高校で出会って多分一目惚れした。多分薫も同じだった。なんとなく沿う感じていた。色んなところに行った。ちょっとしたツーリングとか、キャンプとか。流星を見に行ったり釣りをしたり。昔からの親友みたいだ。何度か告ったことがある。その度に、薫は友達のままじゃだめかなという。そしてなぜだか、友達を続けていた。
夏休みの終わり、体調を崩したから入院すると聞いた。薫はこれまでもよく体調を崩して入院していた。メールではいつもと変わらなかった。ちょっと長いなとは思っていた。次はどこに行こうと打ってもはぐらかされた。
見舞いに行こうとしてもいつも、痩せたから嫌だという。だから入院中に呼ばれたのは初めてだった。
「はい、これ」
薫はなんでもないように、拾い集めた中立方体の1つを差し出す。薫さえいれば世界など必要ない。薫がいない世界では息ができない。
「何」
「だからお使いだってば」
その意味がわかったのは、薫が死んでからだった。
一通の手紙とたくさんの立方体を受け取った。
A4の用紙4枚から風船を280個作ったんだ。僕にできることなんてそれくらいだったから。
A4の紙は210ミリx297ミリで、そこから3センチ四方の紙が70枚取れる。この紙は1枚だいたい5gで、本当かどうかわからないけど人の魂は21gなんだってさ。
一緒にどこかに行きたかったよ。色んなところに。だから代わりにこれを置いてきてくれないかな。これまでみたいにさ。
体に穴が空いたようだ。鞄にしまっていた最初に預かった立方体も、くしゃりとひしゃげていた。
こんなもの、何の意味もない。せめて綺麗に直そうと立方体をほどけば3センチ四方の紙になり、中心に山と書かれていた。山に行きたい。そんな声が聞こえた。再び立方体に戻せば、ふいにその内側の空気に吐息が宿った気がした。
(1193字)
勢いで書いた、ので死ネタで21gとかありふれたネタすぎると反省。本当は中央アジアのあたりは乾燥しているので千年以上前の紙が残ってて資料価値が高い話が思い浮かんだんだけど、1時間で文献調査はできないヨ。
推敲……おいしいの?