デュラハンは心の友 第6話 僕の友達のデュラはんは心の村を要塞にした。
そろそろ太陽が真上にくる時間。僕はデュラはんを言いくるめないといけない。
「心の友デュラはん。この村好きだよね?」
「心の友ボニたん、めっちゃ好きやで?」
「教区から連絡があってね。この村に視察が来るって言うんだ。この村が思った以上に収穫を上げるようになったから、近くの領主と教会が狙ってるんだと思う」
「えっとそれ俺のせい? 畑のつくり方とか誰でも教えたったらええやん」
「なかなかそうはいかないんだよ。貴族は他の貴族が得することは望まないんだ」
「けちくさいわぁ」
それにちょっと功績が大きすぎた。本来の僕じゃ太刀打ちできない魔物や魔獣をデュラはんは簡単に討伐した。おかげでこの一帯はとても平和だ。収入が多く、治安維持にかかる支出が少ない。
「多分この村は貴族に接収されることになる。僕は参考人として一度教都にいかないといけないと思うけど、その隙に村の人を連れて別の土地に移動してほしい」
「えぇ? なんで? ここみんなで作った村なんやろ?」
「そうなんだけど、国が誰かの領地と指定したら駄目なんだよ。この辺の領主はちょっとひどい貴族でさ、村長さんも領地になるくらいなら逃げたいって言ってる。新しく開拓村を開くなら、しばらくは自立が認められる」
収入がないからね。
領地にすると領主は領民の安全を守る義務がある。治安維持にはお金が必要だからそれが賄える収入が見込めないと手は出されない。つまりこの村は費用対効果で効果が上回ってしまったんだ。
デュラはんがいくら強くても、この村を守りながらずっと戦い続けることは不可能だ。それならなんとか逃げ切るまで一緒に力添えしてもらいたい。
デュラはんの様子を観察すると、納得がいかないように口をへの字に曲げていた。
「納得いかへんわ。せっかく畑とか作ったのに何で逃げるん? 意味わからんわ。ボニたんは心の友やけど、この村も心の村や!」
心の村?
「ねぇね、俺も戦うからさ、みんなで戦ったらあかんの? 前に武装して自治領してる町ある言うてたやん」
「あれはもっとずっと人数が多いんだよ。1万人くらいいる。この村はせいぜい百人しかいないから戦えないよ」
「でも貴族は技術が欲しいんやろ? 逃げても追っかけてくるかもしれんやん?」
その可能性はある。
どこかの山奥でひっそり暮らすしかないかもしれない。
でもここで戦うのは無理だ。キウィタス村はただの農村で、村を守る高い塀があるわけでもない。今から塀を作るにしても資材もなくて、どこかの町から調達するにも時間がかかる。デュラはん一人がいても兵士が二十人もいればデュラはんの脇をすり抜けて、或いは他の場所から攻め入って、簡単に村が制圧されてしまう。
でも、この様子だとデュラはんは納得しないだろう。困ったな。
「そうだね。ちょっと村長さんとも相談してみるよ」
結論は変わらないと思うけど。
デュラはんはほんとにこの村が好きなんだな。僕と同じだ。身寄りのなかった僕に家族のように接してくれた。心の村。
「なぁ、とりあえずどうするかは置いといて、守り固めといたほうがええんちゃうかな。土塁とか作ったらどうやろ?」
「土塁?」
「そうそ、敵入ってこれんようにすんの。今も柵はあるけどさ、俺1人やったら反対方向から攻めてこられたら守り切れんし? 掻揚土塁がええかね。作ってええなら勝手に作っとくけど」
村長と相談したけど、デュラはんの言ってる『掘って壁にするん』というのがよくわからなかった。でも村が安全になる分には歓迎ということでお願いした。
そしてその結果が目の前に広がっている。僕も村長も目がまんまるだ。
デュラはんは本当にすごい。規格外だ。
翌朝、村を囲う柵の外側にできた塀を見て、僕と村長は固まった。
横幅2メートル、深さ5メートルほどの深い堀が柵に沿って掘られ、掘った土は柵側に3メートルほどの高さに積み上げられて突き固められていた。底面からの高低差8メートル。これは簡単には登れない。上の部分は3メートル程度の幅があり、人が十分に立てる。堀った土でそのまま壁を作るったか。なんだ、これ。
まだ15メートルほどの長さしかないが、これで村を囲めば要塞になる。そうだ、要塞だ。教都でもこれほど高低差のある塀はない。その攻めづらさを頭の中で計算する。
土塁のそばでデュラはんは輝く朝日を浴びながら、大きなスコップ片手に本当にイイ笑顔で笑っていた。
「ボニたん~こんな感じで囲お思うんやけどどかな~。コツつかんできたから一週間くらいあればいけるかな思う」
「い、いっしゅうかんですか?」
「あとな、柵をこのキワに立てるん。そしたらそれで矢とかから身を守りつつ石とか落としたりできるやろ?」
石を落とす?
本格的な投石は武器に当たるが、落とすだけなら問題ない。昨日デュラはんから聞いた話からも結論はそう導かれる。
村長か試しに漬物石大の石を掘に落とす。落ちた。直撃を受ければ人は死ぬだろう。武器じゃなくても人が殺せるようになった。仮に武器だと認識しても持てなくなって石は落下する。
僕は子供の頃から、この領域では神様が人同士が殺し合わないよう、適性のない武器が持てないようにスキル設定をされている、そう習った。でもこの方法は誰でも人を殺せる。その事実に僕も村長も愕然とする。僕らは根本的に外敵を『倒す』ことは全く考えていなかった。倒すためのスキルや武器特性なんて持っていなかったから。
「そいで石は要所に備蓄しといてな。それからな~? 俺が前見たアニメやと油をまいて火をつけるのも効果的? これやったら他のとこから攻めて来ても村の人でなんとかなるやろ? めっちゃ熱っついお湯とか撒くんもええかも。女の人もできるやん?」
堀の中ならば逃げようがない、撒かれた油に火をつけられる阿鼻叫喚が思い浮かぶ。確かに村人でも可能。デュラはん、君は一体なんなんだ。
「あとはぁ、所々に見張り台あったらええんちゃうかな? 矢が飛んでこない距離のとこに櫓みたいなん。できれば東西南北に各1棟かなぁ。柵の外がギリギリ見える範囲でええねんけど、敵の人数とか撤退状況とか見れた方がええ。敵の人数わからんとどこに何人割り振ってええんかわからんやん? これは大工さんにお願いしたいなぁ、俺、細かいの苦手やねん、あ、子どもが落ちたらあかんから、今の柵は堀の外側に持ってっとくな」
ニコニコしながらデュラはんが言う。
心の友デュラはん、君は一体何なんだ。
そして本当に一週間で村は要塞になった。南北の街道沿いだけ塀は途切れているけど、その部分の堀はより深く広くなり、跳ね橋がかけられた。てこの原理で大人一人でも上げられる。巻き上げ機というものをつかえば子供にだって上げられる。跳ね橋を上げれば誰も村には入れない。
もう、百人の兵士程度では村に辿りつけもしない。このあたりに発生しうる魔物の中規模のスタンビート程度ではびくともしないだろう。そしてこんな小さな村に百人を超える兵士を割く利益はない。
すごい。僕は逃げることばかり考えていた。
でもデュラはんは、何も起きないうちにこの村を守った。
村人にこの土塁はすんなり受け入れられた。わかりやすくて安全だ。逃げなくてもいい。デュラはんの株はまた上がった。デュラはんはこの村で大事にされて生きていけるだろう。もう死んでるのかもしれないけど。
それから半月ほどして教区の視察がやってきた。
視察はまずこの教都にすら存在しないほどの深い堀に驚き、目をむいた。
「しかし司祭様。貴方は戦闘経験もこれまで乏しかったのですよね? これほど多くの魔物を駆除できるとは考え難い」
「おっしゃる通りですよ。ですから村人と協議して協力しました。堀を見られたでしょう? おびき寄せて討伐するなど、やりようは色々あるのです。村の防衛対策にも関わりますので村長より秘匿を依頼されておりまして、詳細はお伝えできませんが」
和やかに行われる狸と狐の化かしあい。
不自然にみえないよう村の戦力の高さを強調する。武力で接収するには支出が大きすぎて旨味がないことをそれとなく伝える。
ああでも話してて、その表情を見ても丸わかりだ。
僕をここから追い出して教区が利益を得たいのだろう。でも新しい神父が来ても村長は聡明だ。何とかなる。教会が派遣できるのはせいぜい数人。村を制圧はできない。それに教会が担当する村の意思に反して領主と内通し村を滅ぼすなんて、外聞が悪すぎる。
危険なら村人はデュラはんを逃がすだろう。デュラはんが土塁を作り始めてから、村長とはデュラはんの残留を前提に、いざという時のための対策の協議をしていた。デュラハンは教会からすると討伐対象だ。万一の時にデュラはんが逃げるために湖畔の洞窟に簡単なお堂を立てている。心の友デュラはんは人に対してあんまり警戒心がない。身の振り方は後で村長とよく相談しよう。
シリーズ目次+1話目