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デュラハンは心の友 第3話 僕の出会ったデュラハンのデュラはん。

 少しやりすぎた。
 けれども村を守るためにはもう引き返せない。デュラはんはとても強い。それは知っている。けれどもどこまで強いのか。ヘルグリズリーを倒せるほど強いのか。
 もし。もし倒せるなら、デュラはんはきっと誰の手にも負えないほど強い。それほど強いのなら、きっと村人を守ることができる。
 計画を実行するのなら、デュラはんの強さにかけるしかない。だからデュラはん、どうにか勝って帰ってきて。でも無理かも。
 祈りを捧げながら、僕はデュラはんに出会った時のことを思い出す。
 それは5年前のある日。昼日中、僕はデュラハンに会った。

 僕は教都教会本部からデュラハン討伐の指令を受けた。
 デュラハンという種族は強い。妖精ながらも圧倒的な物理力を誇る。その強さは場合によっては下位の悪魔や天使にも匹敵するという。そもそも僕の実力では無理なことは誰の目にも明らかだった。けれどもそのデュラハンは『真昼間』に出没する。教会に寄せられた陳情書にはそう書かれていた。
 夜の死神デュラハンが昼に出現するはずがない。この情報はガセだろう。みんなそう考えていた。
 だから調査で不存在を確認するだけだ、そう言いくるめられた。その確認がとれるまで、陳情のあったキウィタス村で神父をすること。それが僕に与えられた2番目の指令。

 僕はとても微妙な立場にあった。
 教会というのは聖職者のイメージはあるけれども、実際のその内部は圧倒的な権力組織で、利権争いを繰り広げている。僕はちょっとした切欠で教区長の横領を知ってしまった。
 この赴任が左遷ならまだいい。けれどもこれが口実で、デュラハンを名目にしてこの機に僕を消そうとしてるなら最悪だ。その予想を裏付けるように道行きには不審な人影があった。
 僕は多分、陳情のあったキウィタス村に着いた後に殺される。それなら先に逃げてしまおうか。でもそんなことをしても、孤児出身の僕には行く当てもない。職務放棄で教会の探し札が立ってしまったら。僕はどこでもお尋ね者だ。
 そんなことを思いながら暗い気分で道を進んでいると、急に人影にぶつかりそうになり、顔を上げた。
 見上げた瞬間死を覚悟した。
 ヒュッと吸い込んだ息を吐くことすらできない。
 不審者のことなんか頭から吹き飛んだ。それほどに、その存在感は凶悪で、彼我の実力差は歴然としていた。

 デュラ……ハン……?

 全身の皮膚が泡立つ。2メートルを超える漆黒の衣を纏った体躯が僕を見下ろしている。その異様は、夜に紛れることもなく昼の中でこそくっきりと浮かび上がる。白の中の黒。
 腕を一振りどころか指先一つで僕は消し飛ぶ。そんな実感。緊張で身動きがとれない。
 真昼のデュラハン。
 本当に……いたなんて。その存在をかけらも信じてはいなかった。
 ほんとに?
 ほんとにこんな真昼間に?
 昼に存在できる夜の存在。それだけで規格外だ。ただのデュラハンじゃない。
 暖かな日差しに反して僕の体温は急激に下がり、冷や汗がとまらない。デュラハンは明るい日の光を塗りつぶすかのように、ただ道の真ん中、僕のすぐ目の前に漆黒の姿で立ち尽くしていた。

「やっほ、俺デュラはん。お兄さんこの辺の人~?」
 んん? どこかからのんきな、空気を読まない声がした。
「あはは、こっちこっち、首みたって顔ないで。こっち」
 その黒衣のデュラハンの左腕には、短い黒髪の三十歳くらいに見える男の頭が収まって、ニコニコこちらを見ていた。
 えっ? んっ?
 視線が闇を塗り込めたような黒衣とヘラヘラ笑う何か健康的な頭を往復する。
 んん?
「あの、え?」
「俺が~このデュラハンのデュラはん」
 デュラハンのデュラはん?
「やーなんか、プラプラ歩いてたんやけどみんな逃げてって~。近寄ってくれた人お兄さんが初めてや。俺超嬉しい。人生相談、聞いて?」
 人生相談? それは告解のこと? デュラハンの?
 理解が全然追いつかない。
 ???
「ええと、あの?」
「わぁ~人と話したの久しぶりやぁ。感無量っ」
「はぁ、ええと、あの」
「お兄さん、ほんま好きやぁ~。名前なんて言うん?」
 名前?
「お名前聞いたらお名前言うもんちゃうの?」
 ええっと、確かに、そのような。
「この教区に赴任しました司祭のボニ=アマントボヌムと申します」
「ボニ……?」
「ボニ=アマントボヌムです」
「……えっとボニたんは今日はお散歩?」
 ボニたん?
「ボニたんはお散歩中なん?」
 状況はよくわからないが判断を誤るわけにはいかない。僕の命は未だ風前の灯火だ。
 考えろ。もちろん、あなたを討伐しに来ました、とは言えない。
 チラリと再び黒衣のほうを見る。敵うとはとても思えない。今も背筋がゾクゾクしている。なぜか頭は友好的だけど、このまま逃してもらえるかはわからない。
 とりあえず正直に言うしかないだろうか。

「この先の村に派遣されたので向かってる途中です」
「あ~あるね、村。フラフラっと近寄ったんやけどみんな逃げちゃってさぁ。まぁ生首持っとるから仕方ないんやけど悲しいの。あ~突っ立ってちゃなんだな。お茶とかする?」
 デュラはんの言葉は気負う僕の頭の斜め上を行く。
 お茶とか?
「えっとえっと。この林の先に湖があって、そこに洞窟みつけて住んでるん。切り株あつめて椅子っぽくしたん。もしよかったら」
「はぁ」

 仕方なくデュラハンについていくと、日の光をキラキラと鏡のように反射する清明な湖が現れた。
 その畔に掘り返されたと思しき切り株がいくつか並べられ、古びた木の皿やコップが置かれていた。
 デュラハンってごはん食べるの?
「えと、みかんジュースでええのかな」
 デュラハンは湖畔に生えていたアリカムの実をいくつかもぎ取って皮をむいてコップの上で握りこんで絞る。
 うわぁ……。
「あ、一応コップも手も洗ってるから大丈夫、たぶん」
 たぶん?
 じっと見つめられている。ここで断って機嫌を損ねるのもまずい気がする。
 恐る恐る口をつけたジュースは普通においしかった。
「あの、デュラハンって食べ物食べるのですか?」
「あ~デュラ(↑)ハン(↓)じゃなくてデュ(↑)ラはん(↓)、なん」
「デュラはん」
「お、そうそう、わかってくれる?」
 デュラはんは僕の目の前の切り株の上にニコニコした頭部だけ置いて、黒衣の体はその後ろに座った。
 ええと、デュラハンってこういうものなのかな、学んだ内容と随分違う。

シリーズ目次+1話目

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 #デュラハン  

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