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【作品紹介】茄子に蝸牛
もう早、1月も終わろうとしていますね。
時節は受験シーズン真っ只中。若人達が己の道を切り拓くべく、ここ一番の勝負に挑む姿は本当に素晴らしく、それは眩しく見えるものです。
そのような訳柄もあって、本作は『新しい門出』を迎えようとしている若人達へ向けたエールの気持ちを込めて製作しました。
されば、此度は『作品の行間』を独り語りよろしく綴らせて頂きましょう。お時間の許す時にでも、ご一読賜れれば幸いです。
§ 茄子に蝸牛
歪な形をした茄子の上に蝸牛(かたつむり)が這っている・・・。
此度は、そんな自然の一場面を想像しながら彫ってみました。
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茄子も蝸牛も、根付の世界では長らく愛されてきた題材です。
本作では、茄子が蝸牛の好物のひとつであることを踏まえてマッチングさせてみましたが・・・如何でしょう?
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因みに、茄子は、その呼び名の響きから『成す』を連想させますよね。それ即ち『物事を成し遂げる』という意味があります。
そして蝸牛は、彼らの生物的特徴から『繁栄』や『安産』『長寿』『前進』『幸運』といった縁起を担ぐ生物として古くから愛されてきました。
私自身は、カタツムリが・・・『前』にしか進めない(それも、ゆったりとした速度で)・・・そんな彼らの姿から『前進』或いは『幸運がゆるやかに訪れる』といった前向きなイメージを見い出した古の人々の想像力に深い共感を覚えています。
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更に視野を広げてみると、カタツムリが宗教や国柄によって様々な捉えられた方をされていることが分かります。
例えば、聖書においては母性や処女性を表す存在として描かれています。加えて、動作がゆっくりとした様から怠惰などと揶揄されることもありますが、その一方で『忍耐』を想起させる生物として語られることも少なくありません。また、シュメール人やバビロニア人は、殻の螺旋模様から『不滅・再生・復活・循環』といったイメージを見い出していたそうです。
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こうした言葉の響きや人間の想像力・発想力に由来した縁起を持つ茄子と蝸牛を組み合せることで、作者である私は「物事を噛みしめる様にじっくりと成し遂げてはいかが?」というメッセージをのせました。
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そもそも、物事を成し遂げる、或るいは、自己実現を果たすには、相応の時間と努力を要するのは当たり前の事。
さわさりながら、『生き辛い時代』と言われて久しい昨今、将来を見い出せないまま、目先の利益を得ることに血道を上げて稚拙で軽率な行動をとってしまう人間も少なくありません。
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人間社会にとって唯一の平等とも言える『時間』を如何様に使うのか?
ならば、新しい門出を迎えた若人達には、強靭な礎を築くことに時間を費やして頂きたいと思うのです。その過程で、要領や倫理観を培いながら、合理的かつ論理的な手法を獲得すればよいと。さすれば『悠々として急ぐ』こともできるようになるはずです。
■『悠々として急ぐ』についての注釈
正確には『悠々として急ぐ』ではなく『悠々として急げ』である。
この格言は、アウグストゥス(ローマ帝国初代皇帝)の座右の銘とされ、ラテン語で『Festina lente』と書く。
この格言を翻訳したのは 作家 開高健 だと巷では言われているが、私自身は懐疑的に捉えている。それは、フランス文学者の渡辺一夫氏が翻訳したという情報に触れたことによる。故に、私自身は『真偽不明』という結論に至っている。(勿論、この格言を多くの日本人に知らしめたのは開高であることに違いはないけれど。)
いずれにしても、盲目的な読者の熱狂を伴った喧伝が事実を覆い隠してしまうことに深い失望を覚える。
※拙noteで開高健を取り上げた記事『私の港になった作家』も、合わせてご一読頂ければ、私の『沈着なる開高愛』がご理解賜れると思います。
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そのためにも、未来ある若人達には、途上の成否にのみに囚われることなく、常に『焦らず 弛まず 怠らず』を志として、各々が抱く夢や目標を成し遂げていって欲しいと願うばかりです。
§ ご案内
興味をお持ちになって頂けた方は、Creema の拙ショップもご覧になって頂ければ幸いです。
【作品名】茄子に蝸牛(なす に かぎゅう)
【製作年月】令和7年1月完成
【使用材料】
本体:黄楊(ツゲ:御蔵島産)
他の素材:鹿の角(「成」の字を刻んだ板)
仕上げ材:染料(ヤシャブシ)、イボタ蝋
【サイズ・長さ】 ※最大部分で計測した凡その寸法
本体サイズ:長辺 46㎜ × 短辺 27㎜ × 高さ(厚)22㎜
なお、過去にも茄子を題材にした作品を製作しております。こちらでは、茄子の相棒をカエル君に務めてもらいました。
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