Next Chapter【前編】
窓から差し込む茜色の日差しが二人の少女の横顔を照らす。
照明の付いていない室内に深刻な雰囲気が漂う中で少女の一人が口を開いた。
「私がしっかりするから大丈夫だよ。だからさ、心配しなくていいよ」
☆
青い海の上、白い雲の中をストライカーユニットを使い飛行する二人のウィッチがいた。
二人の名はクリスティーナ・バルクホルンとエーリカ・ハルトマン。
「ネウロイが発見されたという目撃情報があった場所はもうすぐですが、今のところはネウロイは確認できませんね。ハルトマン大尉」
「二人きりの時は階級なんて付けなくていいよクリス。前にも言ったじゃん」
「それはできませんよ。昔と違って私は軍人でハルトマン大尉は私の上官なんですから」
「かったいなー。そういうところまでトゥルーデに似なくてもよかったのに」
姉譲りの生真面目さを発揮するクリスにハルトマンは大袈裟に口を尖らせる。
「やれ規律を守れーとかやれそれでもカールスラント軍人かーとかいつもいつもさ」
「ふふふ、ハルトマンさんにはいつも何か言ってましたもんねお姉ちゃん」
「クリスの前だとまだマシだよ。ミーナや宮藤がいる時なんかだともう凄いんだよ」
「そんなに凄かったんですか?」
「そうだよ。今度ミーナに聞いてみなよ。たぶん教えてくれるよ」
クリスの方を向いてへらっと笑うハルトマン。
想定外の事態に備えて周囲の音に気を配りつつ、彼女は前を見てまた話を始めた。
「でも正直言うとまだ実感湧かないんだよね。まさかクリスがウィッチになって、こうして一緒に空を飛ぶなんて」
「私も、思います。自分のことなのに」
「だよね〜」
二人は揃ってその時のことを、クリスがウィッチとして目覚めた時のことを振り返る。
その時期はミーナに続いてクリスの姉バルクホルンが二十歳の誕生日を迎えようとしていた。
これが普通の少女であれば盛大なパーティーを開いて祝いたいところだが、ウィッチとなるとそうはいかない。
一般的にウィッチは二十歳になると魔法力が衰え、力を失う『あがり』となる場合が多く、過去にも実際ハルトマンの身の回りで二十歳が近づいてウィッチではなくなった少女もいた。
バルクホルンもその例に漏れず使い魔の力を維持できる時間が減っていき、空を飛べなくなってきていた。
そんな時期のある日のことだった。
バルクホルンの使い魔のジャーマンポインターがクリスに触れたと思えば、クリスにバルクホルンと同じ耳と尻尾が出現したのは。
これにはバルクホルンだけでなくその時居合わせていたハルトマンとミーナも驚いた。
「私がウィッチとして戦うって言った時お姉ちゃんにも凄く反対されました。お前にまで辛くて痛い思いをさせたくないって、泣きながら怒って言われて」
「あれには本当にびっくりしたなぁ。あんなトゥルーデ初めて見たもん。しかも何日か二人顔合わせても話さないのが続いてさ。見てるこっちまでまでヒヤヒヤしたよ」
「お姉ちゃんの言いたいこともわかるし私のことを大切にしてくれてるのもわかるんです。でもだからこそ、私はお姉ちゃんの分も戦いたいって余計に思ったんです。ずっとお姉ちゃんは私のために、世界中の皆のために戦ってくれてたのを知ってたから、今度は私がやらないとって」
「うん、そう言ってたよね。私にもミーナにも」
「はい、だから嬉しかったです。ハルトマンさんとミーナさんが私の気持ちを汲んでくれたのが」
「三人で言ったからさすがのトゥルーデでも観念して折れたよね」
クリスに笑いかけながらハルトマンは言う。
「そろそろ基地に戻ろうか」
話に花を咲かせているうちに付近を一通り見終えていた。
周りで目立つものは大きな白い雲がちらほら見えるだけ。
「ネウロイもいないみたいですしね。本当にネウロイがいるのでしょうか?もしかしたらこの辺りにはもう一匹もいないんじゃないですか?そもそもここにあったネウロイの巣はもうとっくに別の部隊によって破壊されてるわけですから」
「そう言いたいところだけどいないとは言い切れないのが怖いところでさ、巣を破壊した後でも稀に出現が確認された例がなんかもあるから一度確認しただけでそこにはいないって決めつけるのは危ないんだ」
ハルトマンの知人が体験した例で言えばガリアがそうだった。
宮藤芳佳と服部静夏、ペリーヌ・クロステルマンとリネット・ビショップ。
この四人はタイミングは違えど、共にネウロイの巣を破壊した後のガリアの地で襲撃を受けたことがある。
「そうなんですね…」
「それにたまに嫌らしいパターンであるのがー」
基地へ帰還するためストライカーを動かそうとした時、視界に赤い光が微かに映り込んだのをハルトマンは逃さなかった。
大きな雲を裂いて直進してくる赤い光。
ハルトマンは顔色を変えることなくクリスの盾になるように移動して、光を両手から展開したシールドで防ぐ。
「こういうやつ。いないって安心させた隙を狙うんだ」
「大型のネウロイ!」
ハルトマンの見つめる先、つまり赤い光が飛んできた方角には大きな物体。
黒い体色にところどころ赤い点のような模様をした敵の姿があった。
ネウロイ。人類の敵であり、クリスとハルトマンにとっては故郷を奪った憎むべき相手でもある。
「雲の中に隠れてたんだね。道理で気付きにくいわけだ」
「ハルトマンさん、戦いましょう!ここで倒さないと近くに住む人たちのところにこのネウロイが!」
クリスの言葉にハルトマンは即座に返答を返さなかった。
大型ネウロイの動きに注意を払いつつ周りにも目を向けて状況を分析する。
(近くに他にネウロイはいないみたいだね。でもまだ戦いに慣れてないクリスと一緒に大型なんて倒せるかどうか…)
大型ネウロイの撃破は一筋縄ではいかない。
ハルトマンが長い戦いの中で培った経験からもそれは間違いない。
まだこれが自分一人だけならば迷わず果敢に立ち向かう道を選んだが、クリスがいるとなればまた話は変わってくる。
訓練の数はそこそこ積んできてはいるが実戦の数は片手で数えられる程度の経験しかしていない。
そんな彼女を抱えながら大型ネウロイを倒せるかどうか。
(違うね。こういう時のために私がいるんだ。トゥルーデの分まで私がクリスを守って一人前のウィッチにするんだ)
どの選択肢を選ぶべきか腹を括ったハルトマンはクリスに言う。
「そうだね。基地に戻る前にちゃちゃっと倒しちゃおうか」
「了解です!」
ハルトマンの言葉に応じてクリスは両手のMG42を起こして大型ネウロイへと照準を合わせる。
すると二人の交戦意思を読み取ったかのように大型ネウロイは体の赤色部分からビームを一斉に発射する。
「左上にいくよ!」
「はい!」
ハルトマンとクリスは複数放たれたビームを回避しながら接近を行う。
三つの銃口から発射される弾は黒い体に命中し、白い破片が舞い散る。
しかしハルトマンの顔に喜びの感情は沸かなかった。
(コアはどこに)
ネウロイを完全に倒すにはコアと呼ばれる人間で言う心臓にあたる結晶体を破壊する必要がある。
コアを破壊しなければ、どれだけ傷を与えても凄まじい速度の再生機能によってすぐ無効化されてしまう。
だからこうして傷を与えてコアの位置を特定するのだが、ネウロイも当然それをさせまいと攻撃の手を緩めない。
「くっ!」
「クリス大丈夫!?」
正面からのビームをシールドで防いだクリスの声にハルトマンが振り向く。
「大丈夫です!このくらいは!」
「ちょっとでも無理だと思ったら距離を取って!やられちゃったら元も子もないから!」
クリスを気遣いながらもハルトマンはビームをかわして射撃を命中させる。
ネウロイと常に付かず離れずの一定の距離を保ち、一度も攻撃をくらわずシールドでの防御もしていない。
「なんて鮮やか…ハルトマンさん、すごい」
思わず感嘆を口にするクリス。しかしネウロイのビームがハルトマンと自分に飛んできたのを見てすぐに意識を切り替え、引き金を引く。
ハルトマンとクリス、二人の攻撃を受ける内にネウロイはとうとうコアの光を露にする。
「見つけた!」
クリスの口から歓喜が溢れる。後はあれに一撃を加えれば終わりだ。
だがネウロイはコアの光を漏らした瞬間、頭をクリスたちとは別の方角へ動かして移動を始めた。
「逃げた?」
「そうはさせない!」
逃亡を図ろうとするネウロイを逃すまいとクリスは追いかける。
「クリス待って!一旦止まって!」
「大丈夫です!コアの位置さえわかれば私でもあれくらいは」
「違う!そうじゃなくて!」
ハルトマンの制止を振り切ってクリスはネウロイの後を追いかけた。
やむを得ずハルトマンもクリスの後に続く形でネウロイの追跡する結果となった。
(コアが見つかったからってあんな急に逃げるなんて今までなかった。何か狙ってる?)
危機感を募らせるハルトマン。
彼女とクリスはネウロイを追う内、いくつもの島々が浮かぶ海上に差し掛かった。
その島の一つの山の合間から赤い光が明滅した。
「クリス後ろに下がって!早く!」
「え?」
理解の追いつかないままにハルトマンに言われた通り後ろに思いっきり下がると、目の前を赤い光が斜め下から上に一直線に通り過ぎていった。
「これって!」
「よかった…」
間一髪のところを免れたクリスは戸惑い、ハルトマンはほっと安堵してビームの発射地点を見下ろす。
島の岩山や森の中から身を潜めていた大型のネウロイや小型のネウロイが大量に浮上して、二人の前に姿を現した。
「こんなにたくさんのネウロイが…?」
「まんまと誘き寄せられちゃったって感じだね」
大型と小型、合わせてどれだけいるのか数えるのも億劫になる程の物量。
こんな絶望的な状況を招いてしまった己の失態をクリスは震えた声でハルトマンに謝る。
「ごめんなさいハルトマンさん。私のせいで、私がハルトマンさんの注意を聞かなかったばかりに…」
「怒るのは後でいくらでもやってあげる。今はこの場を切り抜けることだけ考えて」
「ハルトマンさん…」
「でも怒られる元気だけは残しといてよ。前の私みたいにお説教寝てて聞いてなかったーってことがないように。いいね?」
「はい!」
ーいい返事だなぁ
そう心の中で言ってハルトマンは敵を見据える。
(って言ったはいいけど実際この状況、かなりしんどいよなぁ。逃げるにしても簡単にはいかないだろうし)
パッと見ただけでも大型ネウロイが五体程、それ以外は全て小型ネウロイ。
認めたくはないが勝てる見込みは少ない。
(最悪クリスだけでも逃げられるようにしないと)
撃破に至らずともクリスさえ無事であればいい。
自分を犠牲にしてでも
そう心に決めてハルトマンは銃を握る手に力を込める。
「じゃあいくよクリス。私からなるべく離れちゃダメだからね!」
「了解!」
クリスが応じた瞬間ビームが複数の方向から襲ってくる。
ハルトマンが動いた方向にクリスも追随し、ビームは空を切るのみに終わった。
数多のビームを巧みな機動でかわし、ハルトマンは小型ネウロイに狙ったを定めて落としていく。
そしてクリスはハルトマンに倣うまま、彼女よりもペースは劣るものの小型ネウロイを撃破する。
多方面からの攻撃に晒されながら、特にハルトマンに関してはクリスに気を配りながらネウロイの数を減らしている。
だがそれもそうそう長続きするものでもなく、大型のネウロイから放たれたビームがハルトマンを強襲。
シールドを張って防いだハルトマンをクリスから引き裂いた。
「くうっ!」
「ハルトマンさん!あっ!」
指示を守るためハルトマンの元にすぐさま合理しようとするクリスを妨害するネウロイ。
左右上下から矢継ぎ早に向かってくるビームの対処に手一杯になってしまい、クリスはハルトマンに近づくどころか離れていってしまう。
(クリスと離されてる。まずいよこれ)
ハルトマンの中で焦りが膨れ上がる。
こちらからクリスの元に行こうにもネウロイは自分の方が厄介と判断したのか、物量を増やしてビームを集中して撃ってくる。
ハルトマンは攻撃よりも回避とシールドを張る頻度が増え、防戦一方となっていた。
「きゃあああ!」
そんなハルトマンの耳に悲鳴が届いた。
慌てて振り向いてみればそこには姿勢を崩して無防備な姿を晒すクリスがいた。
「クリス!」
彼女の窮地を認識した途端ハルトマンは自分の周りのネウロイを相手にするのをやめてすぐさま体を向けて、全速力で動いた。
背後から浴びせられるビームがたまに体を掠めることがあったが、そんなものは今のハルトマンには大したことではない。
大型ネウロイの一体が防御姿勢の取れないクリスを仕留めようとしていたからだ。
(絶対に間に合ってみせる。トゥルーデと約束したんだ)
思い出す戦友にして彼女の姉の顔。
その存在が今のハルトマンに力を与えてくれるような気がした。
彼女の進路を塞ぐように立ちはだかり前方からビームを撃つ複数の小型ネウロイ。
それを前にしてもハルトマンはスピードを落とさず、躊躇なく突っ込んだ。
「シュトルム!」
風を身に纏う自身の固有魔法でビームを無力化し、そのまま攻撃してきたネウロイを粉砕する。
だが固有魔法を発動した直後に生まれた一瞬の隙に後ろから飛んできたビームがハルトマンの左腕を服ごと切り裂いた。
「あううっ!っ、このくらい…!どうってことない!」
破れた軍服の隙間から出血した肌が露になる。
それでもハルトマンは止まらずクリスの元に急行した。
その甲斐あってハルトマンはクリスの前に躍り出て、大きなビームをシールドで受け止めることに成功した。
「ハルトマンさん!」
「なんとか間に合ったね…あぅ!」
「ハルトマンさん…腕から血が!」
両手でシールドを展開して攻撃を受け止めているせいでハルトマンは負傷した腕の痛みと出血が激しくなる。
(私なんかを助けようとしたせいで…)
シールドを維持する力が弱まっていき、ビームの消失と同時にハルトマンは大きく後ろに押し返される。
クリスは前に出てハルトマンを自分の体で受け止める。
「大丈夫ですか!?」
「平気、ちょっとだけ無理しちゃった」
クリスを安心させようと痛みを堪えて無理矢理笑顔を作るハルトマン。
しかし二人は依然としてピンチの中にいる。
今度は二人をまとめて確実に消し去ろうと先程ビームを撃った大型だけでなく、周りの他の大型・小型ネウロイも攻撃準備を行う。
目の前に広がる赤い光を目の当たりにしてクリスとハルトマンの心に絶望が重くのしかかる。
(ごめん……)
前方から一点に収束するように放たれたビーム。
絶大な威力を誇るであろうことは容易に想像がつく。
ハルトマンもクリスも動けずにいた。
だがネウロイの放った光が二人を飲み込むことはなかった。
ビームと二人の間に一つのシールドが割って入った。
シールドはネウロイたちの強力なビームを受けても微動だにせず、ハルトマンとクリスの窮地を救ってみせた。
「シールド!?どうしてー」
「これって、もしかして!」
今尚残り続けるシールドに目を見開いて驚くクリスとは対照的に、ハルトマンはある確信を持ってシールドのやって来た上空を見上げた。
使用者の手元を離れた場所に展開され、かつあれだけの攻撃を凌ぎ切る防御力を持つシールド。
ハルトマンの知る限りそんなシールドを持つ人物は一人しかいない。
そして彼女の予想通り、上空にはその人物がいた。
宮藤芳佳。かつてハルトマンが共に肩を並べて戦った仲間の一人が