絆-WONDERFUL WORLD-【前編】

白銀の雪。果てしなく広がる大地が満遍なく白一色に染まり、その白を夕陽の橙がてらす世界。
その世界に少女はただ一人、ポツンと立っていた。

(雪?どこなんだここは…)

己を取り囲む風景に少女は首を傾げる。
消えぬ疑問を持ちながら試しに歩いてみる。
一歩踏み出すごとに足裏から伝わる雪のひんやりと柔らかな感触。

「あれは?」

雪の白と夕陽の橙しかなかった世界に別の何かが少女の前に姿を見せた。

「フィン!」

雪と同じ白い毛皮を持ったホッキョクオオカミが少女の到来を待っていたかのようにそこにはいた。
ホッキョクオオカミは彼女を視界に捉えるや否や彼女に背を向けて、彼女とは正反対の方角へと駆けて行く。

「待ってくれ!フィン!」

少女はホッキョクオオカミの後を追いかける。
白い雪の上を何度も踏み付けて走って、走って、走り続けた。
そしてその果てに少女は見た。

「遺跡?」

とても大きな遺跡だった。
頂上を視界に入れるのに頑張って首を上に伸ばさなければならない程に。
少女は入り口に近付いて中へと足を踏み入れた。
もしかしたらホッキョクオオカミがこの奥にいるかもしれない。

「フィン!」

燭台の火が内部を照らす遺跡を奥まで進むとホッキョクオオカミは鎮座していた。
もう移動できるだけの空間はない。
少女は迷わず抱き締めようとホッキョクオオカミに手を伸ばす。しかし彼女の指先が白い毛皮に触れることはできなかった。
彼女が触れかけた時、ホッキョクオオカミは消え入れ替わるように石碑が出現した。
驚き目を見開く少女だがその手は石柩に触れた。
瞬間、石柩から出た淡い青い光が弾けた水のように少女の中に流れた。

「…ん…ぅん…」

カーテンの隙間から入り込んだ光がベッドの上で眠る少女の顔を照らす。
寝返りを打って少女ーアイラ・ペイヴィッキ・リンナマーは目を覚ました。

「夢…だったのか?」

尚も襲いかかる睡魔に対抗して眼を開けるとベッドから起き上がり、締め切ったカーテンを開ける。
温かく眩しい朝日の光が差し込み部屋を照らす。
窓の外には実に心地良い空があった。雲一つない晴れ渡った青い空が。

「さて…」

アイラはベッドを整えてそれが終わると洗面所へと向かう。
寝室の棚の上には幾つもの写真が飾られていた。
『連盟空軍航空魔法音楽隊ルミナスウィッチーズ』の全員で撮った記念写真や歌の練習に励んでいる時にこっそり他のメンバーか隊長が撮った写真、そして紫色の花束を持ったアイラを中心に撮った写真。
どれもアイラにとっては大切な思い出を切り取った写真だ。

歯を磨き、顔を水で洗う。顔に付いた水滴を用意したタオルで拭おうとした時彼女は鏡に映る己を見て動きを止めた。

(髪…だいぶ伸びてきたな。あの時から切ってないから当然か)

自分の髪を指先で弄るアイラ。昔は肩にも届いていなかったが今は肩にかかるくらいまでに伸びている。


『絆-WONDERFUL WORLD-』


ここはブリタニアのある村。
アイラは現在ルミナスウィッチーズが初めてライブを行ったこの場所で生活をしていた。

「アイラお姉ちゃんおはよ!」

服を着替えて外に出たアイラが最初に出会ったのは一人の少年。彼は歌を歌うウィッチの集まりとしか言い表せない集まりだったアイラたちに『ルミナスウィッチーズ』の名前をくれた子どもたちの一人だ。
アイラがウィッチではなくなったのと同様に彼も時の流れに従って成長し、可愛いよりもかっこいいが似合う立派な少年になりつつあった。

「おはよう。今日も学校か」

「へへっ、そうなんだ。色んなこと勉強してアイラお姉ちゃんたちみたいに自分のやりたいこと見つけたいんだ」

「いい心がけだな」

「ごめんね、早く行かないと。じゃあね」

「ああ、頑張るんだぞ」

少年はアイラに手を振り走り去っていった。

「やりたいこと…」

純粋無垢なキラキラした目で言われた言葉はアイラの心に重くのしかかった。

「おはようアイラさん」

「おはようございますおばさん」

続けてアイラが会ったのは一人の老婆。
彼女もルミナスウィッチーズが結成したばかりの頃からアイラを知る人物であり、アイラがこの村で生活するようになってからも非常に良くしてくれた。

「ここの暮らしにはもう慣れたかしら?」

「おかげ様でかなり。元々生活はしていた場所でしたし、何よりここの皆が良くしてくれて。本当に皆には感謝してもしきれません」

「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。なんだかんだでもう長い付き合いになるんだし。それよりこれからどうするか決まったの?」

「いえ、恥ずかしい話まだ何も。どうしたらいいのか」

「またルミナスウィッチーズに戻ったらいいじゃない。ウィッチじゃなくなっても貴女は貴女なんだし、他の子たちだって快く受け入れてくれるわよ」

「…そうですね。考えては、みます」

「時間をかけてゆっくりと悩めばいいわ。アイラさんの人生はまだまだこれからも続くんだから」

老婆と話し終えたアイラは別の場所へと向かった。
ルミナスウィッチーズが初めて村の人たちに披露したステージ。その舞台前の段差にアイラは座り、考え事に耽っていた。

(ウィッチじゃなくても受け入れてくれる。それはその通りかもしれないだろうが…)

あの優しい仲間たちなら老婆の言う通り今の自分を受け入れてくれるだろうとアイラも考えていた。
過程の違いはあれど同じようにウィッチではなくなり、空を飛べなくなったメンバーの一人もそれまでと変わらず一緒にライブをしたことだってある。
その時の彼女のようにパフォーマンスは変わることになっても、自分を変わらず輪の中に入れてくれるだろうと確かな信頼があった。

(そうしたい気持ちはある。しかしルミナスウィッチーズとしてそれでいいものか…納得できない私もいる)

ルミナスウィッチーズは元々ポンコツであってもウィッチの集まりだ。ウィッチの寿命が尽きた自分がまた加入して、ずっとこの先も世界中でたくさんの人の前でライブをする。
その時の情景を思い浮かべるとアイラは笑顔にはなれなかった。
空も飛べず使い魔も見えないのに、今まで通りの気持ちで歌を歌う自分の姿を想像できなかった。

(そういえば、今朝のあれは本当に夢だったのか?夢にしては何か違っていたような)

使い魔のことを考えて今朝見た夢のことを思い出した。
雪景色の中に佇む白いオオカミに導かれて見つけた神秘的な遺跡、その中で触れた石碑とそこから出てきた光。
単なる夢の出来事、と片付けるにしてはあまりにも異質で壮大な物に思えた。

(いや、やはりあれは夢だ。私がフィンを見れているなんて夢でなければ何だと言うんだ)

アイラは己の足元を見る。そこには土があるだけで、他には何もない。

しかし前までは確かにいたのだ。彼女の使い魔にして相棒、ホッキョクオオカミのフィンが。
使い魔はウィッチでない者は存在を認識することはできない。ウィッチであった者であってもだ。
アイラもその例に漏れず、ある年齢を過ぎて訪れる『あがり』という現象を迎えてウィッチではなくなった日を境に、彼女がフィンを見たことは一度もない。
故にフィンを見た記憶は夢の中での出来事としか考えられない。

「あ、あ、あの!」

考え事に没頭するあまり近くに人が来ていることに声をかけられるまで気付かなかった。
顔をそちらに向けるとカメラを首から下げた栗色の髪の少女がいた。

「アイラさん、ですよね?ルミナスウィッチーズの」

「ああ、君は?」

「うわっ、やっぱり!本物だ。本物のアイラさんだ!」

興奮した様子の少女。
どことなく昔の仲間の一人を彷彿とさせる言動に懐かしさを覚えたアイラは制服に気付く。

「その制服、ブリタニアの軍人なのか?」

「はい。ブリタニア軍軍曹の、ソフィー・テイラーです!」

緊張しながらもハキハキとした声で答えるソフィー。
やっぱり最初に会った頃の誰かを思い出してアイラは吹き出しそうになるのを堪えつつ、質問を重ねる。

「ここには何をしに?」

「一度来てみたかったんです。ルミナスウィッチーズが、アイラさんたちが初めてライブをしたっていう場所に。御本人を前にして言うのも恥ずかしいんですけど、私ルミナスウィッチーズに憧れてて、それが理由で軍にも入ったんです」

「ルミナスウィッチーズに憧れて軍に?」

ルミナスウィッチーズに憧れて音楽隊に入るならわかるが、どうして軍に入隊したのか。
その点がアイラには引っかかった。

「あっ、っと、どこにどうやって行ったらルミナスウィッチーズみたいな活動ができるのかわからなくて、とりあえず皆さんと同じように軍人になるのがいいのかなって思いまして」

「なるほど。そういうことか。しかしそれだと音楽隊の活動とは大して縁のない仕事をしてるんじゃないのか?」

「まぁ、はい。今のところは…でも、ストライカーで空を飛んだりとか飛行技術を学ぶ訓練はしてるので決して目標から離れてる、ということはないです。いつかはルミナスウィッチーズみたいなことをしたいなって思ってますから」

なんと真っ直ぐで気持ちのいい心の持ち主なのだろうとアイラはソフィーに思った。
初めて会う人物にこんな印象を抱いたのは久しぶりかもしれない。

「ストライカーで空を飛んだことがあると言ったな?君はウィッチか」

「はい。あ、私の使い魔の紹介もしなきゃですね。この子が私の使い魔、ヤンバルクイナのガンちゃんです」

ソフィーは紹介するように両手を自分の体の右側に向ける。
しかしアイラに見えているのは何もない空間。
使い魔らしき動物の姿は見えない。

「すまない。もう私はウィッチではないんだ」

「あっ!ご、ごめんなさい!私浮かれてアイラさんに失礼を!」

「君が謝ることじゃない。気にしないでくれ」

でも…と言いかけて口を閉ざしたソフィー。
きっと次にどんな言葉を言うのが正しいのか必死に探しているのだろう。
彼女の気遣いを嬉しく思い、アイラは彼女たちに向かって足を踏み出した。

「そうか、ここにいるのか。君の使い魔は」

ソフィーの手の先にある空間にアイラも自分の手を伸ばす。
ソフィーの手の位置とヤンバルクイナの標準的な身長から頭はこの辺りだろうと手を頭の上に置くようにした。
ところがアイラは何も感じない。触れた感触も温もりも
そしてソフィーにはアイラの手がガンちゃんの体をすり抜けているように見えた。
驚くソフィーの顔でアイラは確信した。

「やっぱりか」

わかりきっていたような平然とした表情で、しかしほんのりと悲しみがこもっているような声でアイラは呟く。

「そうだ。アイラさん、もしよかったらでいいんですけど一緒に写真って撮って貰えたりしませんか?」

沈黙が流れ気まずい空気の中ソフィーはどうにかその言葉を絞り出した。

「ああ、写真くらい構わないさ」

「ありがとうございます!誰かいないかな…あ、すみませーん!写真を撮ってもらいたいんですけどいいですかー!」

軽く飛び跳ねて全身で喜びを露わにしたソフィーは早速通りかかった村の住民を見つけて、自分から歩み寄って交渉を始める。
その様子にアイラは静かに笑みを浮かべた。

川に面したステージを背に写真撮影を終えてアイラに感謝を伝える。

「ありがとうございますアイラさん!今日ここに来れてほんっとうによかったです!」

「私の方こそ。ソフィーのような人がいるとわかってルミナスウィッチーズとしてやって来たことに意味があったんだと改めて知ることができた」

「もう、歌は歌わないんですか?」

「…何とも言えないな。今は。翼を失ったばかりで何をしたらいいのか全くもって答えが見つからないんだ」

そう言われて視線を逸らすアイラ。自らの失言に気付いたソフィーは即座に謝罪の言葉を告げた。

「そうですか…すみません、変なこと聞いてしまって。あれ?」

「どうした?」

ふとソフィーが自分ではなく別の何かを見ているのにアイラは気付き声をかけた。

「あそこにいるのって」

ソフィーが伸ばした指の先を見ようとアイラが首を動かした時、遠くの方で大きな爆発音が響いた。

「何、一体何が!?」

「あれは…」

青い空に浮かぶ黒い点の数々。アイラはそれを刃よりも鋭い目つきで睨み付けた。

「ネウロイ!」

ネウロイ。長年人類に恐怖と危機をもたらしている黒い怪異。それが複数、空から村に赤いビームを放っていた。

「逃げろ!逃げるんだ!!」

「いやぁ!誰か助けてええ!」

「なんで、なんで、ここにネウロイが!」

「ガリアの巣はもうとっくの昔に破壊されている。おそらくは巣を破壊されて行き場を失った残党だ。大型が一機と、後は全部小型か」

驚き立ちすくむソフィーの横でアイラは冷静を努めて敵戦力を分析していた。
航空機よりも大きなネウロイが一機と、正方形の形状をした小さなネウロイが三機。
多い数とは言えない。だが勝ち目はないのはアイラはよく知っていた。
銃火器や対空手段が近くにない上に自分はウィッチではなくなった身。
唯一まともに対抗できるのはウィッチのソフィーだが話を聞いた限り、戦闘経験のない新米ウィッチの彼女が複数のネウロイを相手にできると思えない。
しかもウィッチが空を飛ぶために必要なストライカーユニットもない状況ではどうしようもない。

「逃げるぞ!ここにいたら危険だ!」

「は、はい!」

迷わず他の村人のように逃げの選択を取り、ソフィーも難色を示さずに後に続いた。

「皆こっちだ!この先に行けばシェルターがある!」

「慌てずに落ち着いて避難してください!」

ネウロイのビームが村を破壊していく中をアイラとソフィーは村人の避難誘導をする。
時折ネウロイのビームが住民を狙って飛んでくるが、使い魔のヤンバルクイナの耳と尾を生やしたソフィーがシールドを張って攻撃を防いだ。

「戦えない未熟者だけどこれくらいは…!今の内に逃げてください!」

複数の方向を撃ちかけられるネウロイのビームをウィッチの共通の能力であるシールドで受け止めるソフィー。
彼女は奮闘しているが、さすがに一人では限界が当然ある。
カバー仕切れない攻撃が村を、家を、自然を、破壊していった。

(こんな時私にも力があれば…!)

武器が、ストライカーがあれば戦えてネウロイの意識を惹きつけることらができるのに。
魔力があればせめてソフィーのようにネウロイの攻撃から村の人たちを守ることができるのに。
ウィッチではなくなった今の自分には何もできない。
ただ平和な営みが不条理によって破壊されていくのを見るだけしかできない。

そんな時だった。
ネウロイの放った一射によって破壊された建物の瓦礫がソフィーの頭上に降り注いだのは

「っ!危ない!」

アイラは躊躇わず動いた。
ネウロイから人々を守るのに夢中で自らに迫る瓦礫に気付いていなかったソフィーの体を両手で押して無理矢理どかした。

「きゃっ!った…え!?」


突き飛ばされた痛みに顔を顰めたソフィーは自分のいた場所にある光景を見て言葉を失った。
幾つもの瓦礫が散らばる側で頭から血を流して倒れるアイラがいたからだ。

「ア、アイラさん!?アイラさん!!」

痛みなどもうソフィーに気にする余裕はなかった。
体を起こして走り、目を閉じるアイラの意識を戻そうと彼女の名前を叫びながら体を揺さぶる。

「やだ、起きてアイラさん!アイラさん!アイラさん!!!」

「……っ…う」

アイラの目が微かに動き開いた。

「アイラさん!よかった…」

意識が戻ったことにひとまず安堵し、ソフィーはアイラを安全な場所に運ぼうとする。

「すぐに手当てのできる場所に行きます!」

「私…は、いい…あの二人…を…」

アイラは真っ赤に染まった指先をある一点に向けた。
ソフィーが指先を辿ってみると一人の少年が躓いた老婆を起こそうと奮起していた。
自分よりもあの二人を助けてくれと言いたいのだとソフィーは思った。

「でも、アイラさんが…」

アイラの容体は深刻だ。医学に詳しくないソフィーでもそれくらいはわかる。
頭から流れた血がスオムス人らしい白い肌をした顔に垂れ、体も瓦礫が当たったせいで痛々しい痣や腫れが目立っている。
こんな状態のアイラを放って他の誰かを助けることを優先するなどできなかった。

「頼む…おね、がいだ…」

「っ…わかり、ました。すぐ戻ります。もう少しだけ待っててください!」

相当の痛みで苦しいはずの口から発せられた要求。
それを聞いたソフィーは躊躇いを残しつつも、二人の元に急行した。

「大丈夫ですか!?」

二人の元に近付いたソフィーが言う。

「おばちゃんが足挫いたみたいで動けないみたいなんだ!早く逃げないと!」

「私のことはいいから行きなさい」

「私がおぶって運びます!」

ソフィーが腰を曲げて老婆を背負おうとする。
よかった。アイラは朦朧とする意識の中で呟いた。
ウィッチの魔力で強化された筋力があれば老婆を背負って移動するのも苦ではない。
自分は助からないかもしれないがあの三人は助かるのだ。

血が滴るアイラの顔に弱々しくも安堵の笑みが生まれた。しかしその笑みはすぐに凍り付いた。
上空にいた小型ネウロイの一機が三人に狙いを定めているのが見えたからだ。

「…に、にげ…ッ!」

ー逃げるんだ!!
そう言葉に出す時間も、言葉に出すだけの余力も残されなかった。
ネウロイの赤い部分からビームが撃たれた。
三人はその時ようやく迫り来る危機に気付き視線を向けたが、遅かった。
赤い光は無情にも三人を覆った。

アイラの視界から人の姿が消えた。焼き焦げた地面の跡と燃え上がる火の手。
それだけしかアイラの瞳に映らなかった。

「ぁあ…」

ーまた自分は…
途方もない絶望に襲われるアイラ。彼女の意識は深い闇に落ちた。


「ーイラさん!アイラさん!」

誰かが名前を呼ぶ声と体が揺れているような感覚がする。
アイラが闇から目を開けるとソフィーが必死の形相で自分の体を揺らしていた。

「アイラさん!よかった…」

ぼやける視界と思考。そんな中でアイラはソフィーの奥で転んでいる老婆と助け起こそうとする少年が見えた。
奇しくも少し前に彼女が言葉を交わした二人だ。

「すぐに手当てのできる場所に行きます!」

「私…は、いい…あの二人…を…」

小刻みに震える赤い血に濡れた手で二人を指差す。
ソフィーはその先に目をやってアイラの意図を把握した。

「でも、アイラさんが…」

「頼む…おね、がいだ…」

「っ…わかり、ました。すぐ戻ります。もう少しだけ待っててください!」

アイラの気持ちを汲んでソフィーは二人のところへ駆け出す。

(これでいい…私は助からなくてもあの三人が助かるなら…)

自分の死を受け入れる覚悟を決めた。
その時アイラの脳裏にある情景が浮かんだ。
ソフィーたち三人が上空から迫る小型ネウロイのビームに飲まれる光景が。

(なんだ…!?私はこの時を知っている…!?)

似たような景色、どころではない。ソフィーと交わしたやり取りも構図も、彼女の動く速度も全てが一緒。
まるで一度実際に目の当たりにしたことがあるかのように違いがなかった。
まさかそんなはずはない。

そう思うアイラであったが、彼女の目はソフィーが二人に近付いた時、アイラの目は上空に向いていた。
そしてそこには確かにあった。
黒く小さな点が三人に気付いてその命を奪うために動いているのが。

なんとかしなければ、声がはっきり出せないために満身創痍の身で立ち上がろうとするアイラ。
そんな彼女の前に光と共に鞘に納められた短剣のような道具が出現した。

アイラは驚いた。だがそれもほんの一瞬。
躊躇なく宙に浮かぶそれを右手で掴んだ。
瞬間、道具の一部分が緑と赤に光った。アイラが手に取るのを待ち望んでいたかのように

既視感のある光景の中に現れた唯一の新しい物。
得体の知れない何かであっても今はそれに賭けるしかなかった。
これが三人の命を救うことに繋がると信じて

そう願いを込めてアイラは左手で鞘の部分を持ち、右手で引き抜くように未知なるそれを天に掲げた。


灰色の空の下、一つの光の柱が聳え立った。
銀色の光を帯びた拳がソフィーたちを狙っていた小型ネウロイを正面から粉砕した。

「なんだよあれ…」

少年やソフィー、村にいた全ての住民が光に注目する。輝きが消えるとその光を帯びていた存在の姿が明らかになる。
それは銀色の体、胸には特徴的な形状をした赤い結晶体を持っていた。
大きさは家はおろか城を上回る程に大きかった。

「銀色の、巨人…?」

一言で言い表すならまさにそれが相応しい。
ネウロイを破壊した右の拳を下ろして振り返った銀色の巨人とソフィーは目が合った。彼女は不安だった。
あの巨人もネウロイのように自分たちに破滅をもたらそうとしているのだろうかと。

ところが巨人は手の先から光の鞭を伸ばす。三人を包み込んだ鞭を手の中に手繰り寄せると、巨人は村の住民たちが集まっている場所に送る。

「助けてくれたの?」

予想だにしていなかった行動に驚いてソフィーは改めて巨人を見る。
巨人はソフィーたち三人の無事な姿を確認すると深く頷く。
その巨人の背中に二つのビームが当たった。

「ッ!」

背面から火花を散らし僅かに上体が揺らめく巨人。
振り返ると小型のネウロイが二機ビームを発射していた。

「へヤッ!」

撃たれたビームを巨人は左腕で二つまとめて払うと、間を置かず両手から発射した刃状の光弾でネウロイを塵にする。
これで残るは一機。
巨人は大型のネウロイを見据える。

仲間をやられた怒りなのか、見慣れぬ存在への恐怖なのか、聞くのも耐えない不気味な鳴き声を上げて大きなビームを撃つ。
小型とは違って大型のビームは体で防ぐのはリスクが高い。
過去の経験から判断した巨人は両手を前に出して青い光のバリアを展開。ネウロイの強力なビームを完全に防ぎ切る。

「シェア!」

照射が止んだ隙に巨人は空へと飛翔し、大型ネウロイよりも高みに瞬時に到達する。
大型ネウロイもまた体のあらゆる赤い点からビームを撃ちかけながら巨人に接近していく。

灰色の空を舞台に黒と銀、空を自在に移動する者同士の戦いが始まった。
巨人は大型ネウロイとの間に一定の間合いを保ちながら住民や建物に流れ弾が行かないように常に気を払い、ビームをかわす。
その最中にくるりと、頭を地面に向けるように体勢を変えると両手から光弾を飛ばして大型ネウロイの両側にあるビームの発射部を的確に破壊する。
悲鳴にも似た声を上げる大型ネウロイは仕返しとばかりに残っている発射部からビームを出すが、巨人にかわされ当たることはなかった。

巨人は大型ネウロイより少し下の高度に移動し、生き物の誰もいない平原を背に相手の出方を伺う。

大型ネウロイのある赤い一点で光が大きくなっていく。
強力な攻撃を仕掛けるつもりなのだと察した巨人は対抗するための攻撃の準備に入る。
上に向けた左手の平に右手の平を向けるように運ぶ。両手の平の間に凄まじき出力の青い光のエネルギーが集まり、電流の如く迸る。

「シェアアア!」

そして大型ネウロイのビームに合わせて巨人が十字に組んだ両腕から光線『クロスレイ・シュトローム』を撃った。
ネウロイのビームと巨人の光線が両者の間で衝突する。
巨人の光線が赤いビームを押し切り、大型ネウロイの中心を貫いた。
人間で言うところの心臓部に相当する結晶体、コアを破壊された大型ネウロイは白い粉となって消え失せた。

「助かった?」

両腕をゆったりと下に下げる巨人をソフィーが不安気な眼差しで見上げた。
村を破壊したネウロイを倒した謎の巨人。行動だけを見れば自分たちを助けてくれたと取れるが、ここからどう巨人が動くかわからない。
単にネウロイとは相容れない存在だから倒しただけで人間に牙を向く存在という点に置いては同じかもしれない。

「いよっしゃあ!」

ソフィーがそんな可能性に不安を抱いていると近くで誰かが高らかに声を上げた。

「ありがとう!ありがとうございます!!」

「助かった。俺たち生きてるよな!?」

「そうよ!あの巨人のおかげよ!」

誰か一人が声を上げたのを皮切りに皆が一斉に同じように続いた。
完全に恐怖が消えた声と音に反応して巨人は彼らを見下ろした。
人々が歓喜に沸き感謝を伝える姿、その中には神や仏に祈るような仕草をしている者もいる。
次に目を留めた村を流れる川の水面に反射した己の姿。

「シュア!」

巨人はどこか遠くの空に向かって飛び去っていった。
瞬きと首を向けたほんの僅かしかない時間で、ソフィーの視界からその姿は見えなくなっていた。

(何だったんだろう。人、なのかな……あ!)

突然現れた巨人の素性が気になったソフィーはあることを思い出し、思考を中断した。

「そうだアイラさん。アイラさん!!」

ソフィーはアイラの存在を求めてさっきまで彼女がいた場所に急ぐ。
もしかしたらもう…最悪な事態を想像しつつもそのようなことにはならないで欲しいと天に祈ってソフィーは全速力でダッシュした。
その場所に到着したソフィー。
だがそこにアイラの姿は影も形もなかった。

「いない?アイラさん!アイラさん!どこにいるんですか!!アイラさん!!」

地面には赤黒い血の跡と建物の瓦礫が散乱していた。
場所は間違えてはいない。
なのにアイラだけがいない。物言わぬ状態であったとしても姿だけはあってもおかしくないのにだ。

「いたら返事をしてください!アイラさん!!アイラさーーーん!!」

彼女の名前を呼び、周辺を探すソフィー。
それからどれだけ探してもアイラは見つからなかった。


村から離れた森が大きな音と共に揺れた。
突如として発生した振動に鳥たちは驚き空へと飛び立つ。
逆に空から降り立ち片膝を付いたばかりの巨人は鳥たちが自分を避けるように飛んでいくのを尻目に体を透明にして姿を消す。
巨人がいた場所にはアイラがいた。
彼女は左手を額に抑えて困惑の表情を強く浮かべた。

「今のは、私だったのか…?空を飛んでネウロイを倒した?私が?」

ウィッチではなくなった自分が空を自由自在に飛びその上大型のネウロイを倒した。
その事実をアイラは受け入れられずにいた。
だが自分の両手を見た時彼女は否応なく現実を突き付けられた。

「血が付いてない?」

まずは額を抑えていた左手。目の前に動かした左手はこの上なく白く綺麗だった。血が一滴も付いていないのだ。
まさかと思い改めて左手で額に触れて再度確認すると傷が完全に癒えていた。

「馬鹿な、あれだけの怪我が治っているなんて…っ!」

続いて右手。彼女の右手はある物を握り締めていた。
アイラが薄れゆく意識の中で手にした短剣に近い形状をした道具。
彼女をあの巨人に変え、強力な力をもたらした物だ。
それを認識した瞬間アイラは思わず目を見開き、数歩後退りした。

「これは本当のことなのか…どうして、どうして私が……」

過去にない激しい戸惑いにアイラは襲われた。
声を震わせる彼女に視線を注がれ、両手を添えられた道具は何の反応も示さなかった。

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