私の一番は…

黒い空に白い粉粒が舞い落ちる。
一見綺麗に見えるけどそれはさっきまでちっとも綺麗じゃない物だった。私は完全に白い粉が見えなくなるまでそこから動かず、手にしていた銃も降さなかった。
そして完全に消えたのを確かめてやっと安心して銃を降ろすことができた。

『応答して、聞こえる?聞こえてたら返事をしてジニー!』

「あっ」

耳に付けていたインカムから音がした。
私を心配してくれている声。基地にいる隊長の声だ。

「はい、聞こえます」

『よかった、無事ね。いきなり通信が途絶えたから何かあったかと』

「さっきまでネウロイがいたので、そのせいだと思います」

『ネウロイが!?すぐに他の皆も向かわせるわ!今どの辺りにいるの!』

「隊長、もうネウロイはいませんよ」

『そうなの?』

「さっきまでいた、って私言ったじゃないですか」

『あ、そうだったわね。さすがねジニー』

こういうところが隊長の悪いところ。でも私にとっては好きなところ。
私が危険だと思ってすぐに動いてくれようとした。そんな隊長の優しさが私は出会った時から好き。

『怪我はない?もしそうなら遠慮なく言って、誰か迎えに行かせる』

「はい、この通りピンピンしてます。一応他にネウロイが残ってないか確認のために周りを見てからそっちに戻りますね」

『了解したわ。気をつけて戻ってきて』

私の意見を受け入れてくれた隊長からの通信が切れた。
私は隊長に進言した通り基地に帰る前にこの近辺にネウロイがいるか確かめるために飛行を始める。

静かで暗い夜の空。今の部隊でもその前の部隊でもたくさん飛んだ空。
今は太陽の出てる空よりもこうした月と星と共に有る機会が多いような気がする。

私はナイトウィッチだから。

私の広範囲に渡る通信を可能とするナイトウィッチとしての能力は軍の偉い人たちに注目されて、前線の部隊に声をかけられた。
前にもそういうことがあったみたいだけど、その時はグレイス隊長の計らいと私がモフィと離れ離れになっていた時期と重なっていたのもあって、結局は有耶無耶になったらしい。
でもその次の時は同じ結果にはならなかった。
私の元に次に声がかけられたのは攻勢を強めたネウロイにヴェネツィアが陥落された頃。
それが直接の原因かはわからないけどたぶん前線の役に立つウィッチは欲しかったんだと思う。
それに何よりタイフーンウィッチーズの人たちの報告とガリアの式典で起こった謎の怪現象、その二つの出来事に私のナイトウィッチとしての能力が関わっているのがわかっちゃったんだと思う。
現に配属されたばかりの部隊であったウィッチの人や軍の偉い人が言うには『私は希少なナイトウィッチの中でも特に優れた資質を持つ』らしい。

優れた資質については私自身捨てたいとか思ったことは一度もない。
この資質があったからいのりちゃんやミラーシャちゃんたち『ルミナスウィッチーズ』の皆と会えて音楽隊として活動して歌を歌って、あのガリアの式典で奇跡のような時間を体験することができた。
前線でネウロイと戦うことになっても私や仲間のピンチを救うことができて、仲間のウィッチやその子の家族からはすっごく感謝された。
だから、私は自分の持った資質には感謝している。

「でも…」

一方でこの資質がそこまで優れていなかったら、そんなことを思う私もいる。
そうしたら今頃私はまだルミナスウィッチーズの一員として、皆の輪の中にいられたんじゃないかななんて思うことがたまにある。
特に今みたいに近くに誰もいない独りきりの時なんかは

「仕方ないことなんだよね。私にはできちゃうから。私にしかできないことが誰かを救うことに繋がるから」

大多数の皆が求めているのは『ルミナスウィッチーズのジニー』ではない。『ナイトウィッチのジニー』だ。
それは決して私の思い違いなんかじゃない。


ルミナスウィッチーズを離れてしばらくして会った軍人の偉い人には『君の力は戦局に大きな影響を与える。君には期待している』と言われた。
ある部隊で出会った仲間のウィッチからは『ジニーのおかげで助かった』と言われた。
街の人からも『ルミナスウィッチーズのジニー』ではなく、『ナイトウィッチのジニー』と声をかけられたり気付かれることの方が多くなった。

それも嫌というわけでもなくて、私が誰かの役に立って誰かに感謝されるのはすごく嬉しい。
私が本当に嫌だったのはある人の言葉。
私をナイトウィッチとして正式に前線に配属させようと私たちとグレイス隊長の元を訪れた将校の人。
軍の中でもかなり高い地位にいるというその人から言われた言葉は今でも忘れない。

『歌など誰が歌っても一緒だろう。どうしても九人がいいというのであれば彼女に代わる者を用意しようじゃないか』

何とか私を音楽隊に留めようとしてくれたグレイス隊長と一生懸命に音楽の魅力を伝えてわかって貰おうとした皆の前で言ったあの人の言葉。
私たちが今までやって来た活動や思いを全部否定するような言葉。
それがショックだったし、とても嫌だった。
ショックだったのは私だけじゃなかったと思う。
いのりちゃんも、ミラーシャちゃんも、アイラさんも、エリーさんも、マリアちゃんも、マナちゃんも、シルヴィさんも、ジョーちゃんも、隊長だって同じ気持ちだった。
その人にミラーシャちゃんやアイラさんは怒りながら何とか私を音楽隊としていられるようにしてくれないかと頼んだり、音楽の素晴らしさを伝えようとその人の前で歌を披露しようとした。
けどその人はまるで聞く耳を持ってくれなくて結局はどうすることもできなくて、私は今こうしている。


「畦を駆けては〜仰ぎ見た〜♪」

だから歌うのはもうほとんど独りだけの時。
たまに昔の私を知る人に歌を歌って欲しいって言われるけど、私が心の底から歌を楽しめるのはこの時くらい。
独りでいる時は誰の目も言葉も表情も気にしないでいいから。

(そういえば、ルミナスウィッチーズの皆と初めて会ったのもこんな夜の空だったな)

そうだ。あの時も夜だった。
そしてこの歌だった。
私を見つけるためにいのりちゃんたちが私の歌った歌を歌ってくれて、その声が私のところに届いたから私は皆に会うことができてルミナスウィッチーズの一員になる一歩を踏み出せたんだ。

(皆は今何してるんだろう)

私が抜けた後もルミナスウィッチーズの活動は続いてるみたいだった。
はっきりしないのは私があえて情報を入れないようにしてるから。
皆の顔を見たり、歌声を聴いちゃったりしたら私はきっと皆の元に戻りたいって気持ちが強くなっちゃってもしかしたら実際に行動に移しちゃうかもしれない。
それは私にはできない。

私の力が戦いにどれだけの変化を与えるか目で見て、身をもって知っちゃった以上は。
私のルミナスウィッチーズでいたいっていうわがままのせいで生まれる被害を想像したらとてもそんなことはできない。
だから私は今のままでいいんだ。

(あれ…?)

私の歌に誰かの声が重なった。そんな気がした。
とても懐かしくて、聞いてると安心する。
そんな声が私の歌う歌に合わせて聞こえてくる。
この声はたぶん…

「気のせいか。そうだよね」

私の気のせいだ。私があまりに皆に会いたいって思い過ぎて幻聴が聞こえてしまったようだ。
そうだ。きっと疲れてるんだ。
ネウロイと戦ったばっかりで感覚がおかしくなってるんだ。
そうに違いない。



ある基地の一室。
ピアノの前に座っていた少女がふと立ち上がり、窓を開けて夜空を見上げた。

「どうしたのよいのり」

「今、ジニーちゃんの歌が聞こえたような気がして」

「ジニーの?」

少女ー渋谷いのりの言葉を聞いて部屋にいたもう一人の少女ミラーシャは作詞の作業を止めて、彼女の側に移動する。

「気のせいじゃないの?」

「聞き間違いじゃないと思うんだけど…」

二人で目を閉じて周りの音に耳を傾ける。
風の音に混じって確かに歌声が聞こえた。

「本当だ…ジニーの歌声じゃない!しかもこれって」

「うん、私たちが初めて会った時にジニーちゃんが歌ってくれた歌だよ」

二人の脳裏に浮かぶのはロンドンの街で初めて三人が出会った時のこと。
聞こえくる歌はジニーがその時に歌っていたものだ。
いのりにもミラーシャにも思い出深い一曲。

「「友と〜語らう〜せせらぎで〜」」

いのりとミラーシャの二人はどちらから提案するわけでもなく同時に歌声に自分たちの歌声を合わせる。
歌が終わりへと近付くと、聞こえてくる歌も止まった。

「ジニーちゃんに届いたかな。私たちの歌」

「さあ、どうかしらね。こればかりは私たちには確かめようがないでしょ」

いのりの不安を和らげるような言葉を言わずにミラーシャは作詞に使っていた椅子に座り込む。
彼女の手は作詞に用いていたペンではなく、同じ机に置かれていた広報誌を取っていた。
広報誌にはジニーの姿がでかでかと映った写真があり、その隣には彼女の活躍と共にこう文字が書かれていた。
『戦う歌姫ヴァージニア・ロバートソン』と

(皆都合の良いことばかり、自分たちの求める理想や願いばっかり好き勝手に言って書いて、あの子の本心をちっともわかろうとしない…あの子が、ジニーが本当に何を望んでるのか知りもしないでこんなこと書いて)

ミラーシャはジニーの戦場での功績を讃え、彼女を英雄視する記事を見る度に許せなかった。
本当の彼女は戦いなんてもの好きではないのに、戦いよりも歌が好きなのに、彼女の意志を汲み取ろうともしない。
彼女が浮かべる笑顔が偽りであるとも気付かない。
自分たちの都合で生まれた悲劇をあたかも美談のように祭り上げて真実を誤魔化している者たちがミラーシャは嫌いだった。

(あんたもあんたよ…なんで何も言わないのよ。なんでそんな笑顔でいられるのよ)

そして写真の中で笑顔を見せるジニーにもミラーシャは怒りを募らせていた。

(言いなさいよ。あの時みたいにルミナスが私の一番なんだって、わがままでもいいから自分の思ってる気持ちを声に出しなさいよ。それでもし誰かに何言われても私たちはあんたの味方だから…だから、戻ってきてよ……)

ミラーシャの望みでもあり、ルミナスウィッチーズ全員の望みでもあった。
皆ジニーがまた自分たちの元に戻って来て一緒に歌うことを彼女と離れてからずっと待ち望んでいる。


軍の転属命令でジニーの代わりとして加入したウィッチがいた。
彼女も非常に素晴らしい人格の持ち主であり優しい人間だった。歌もミラーシャたちに負けないくらい上手だった。
彼女もジニーの穴埋めとしてルミナスの輪の中に入れられた自覚はあるのか、ジニーを失った側の気持ちを理解してくれているのか、どうにか彼女なりにミラーシャたちと仲良くしようと努力してくれた。
ミラーシャたちもまた彼女の優しさを理解し、彼女をルミナスの一員として受け入れようと頑張った。
しかしそれでも前と同じくらいの充実感は得られていない。
彼女に非はないとはわかっていても、ジニーでなくては満足できない自分がいる。

「っ…!ひっく……!」

そんな自分の心の醜さにも、何もできない無力さにも怒りが湧いて、色々な感情に心が押し潰されたミラーシャは声を押し殺して涙する。

「ミラーシャちゃん…」

いのりはミラーシャの横に座って優しく彼女の頭を自分の胸へとうずめるように抱き締めた。
ミラーシャが何を思って泣いているのかがわかったから。
いのりは彼女の涙が止まるまでずっと動かず、そうしていた。

二人の使い魔、おこげとオリヴィエも部屋の隅で座り込んで主人たちの姿を瞳に焼き付けていた。




哨戒を終えて基地に帰還した私は格納庫の前に降りた。
夜の遅い時間だから当然明かりは少なくて、光るものがあるといったら精々空にある月と星くらい。

魔法力を解くと使い魔のモフィが私の体から出てきて、私はモフィが落ちないように手で足場を作ってあげた。

「モフィもお疲れ様。疲れたでしょ?ゆっくり休んで」

私の言葉にモフィは短く声を上げて返事をしてくれた。
そうだ。モフィだけはずっと一緒だ。
ルミナスウィッチーズになる前も、ルミナスウィッチーズだった時も、ルミナスウィッチーズじゃなくなってからもずっと側にいてくれる。
モフィの前では私は本当の自分でいられるような気がする。
モフィと会えて本当によかった。

モフィを腕に抱いて私はストライカーを置くために格納庫に入る。
まずは電気を付けないと。そう思ってスイッチの場所に行こうとした時、格納庫に明かりが付いた。

「え?」

「「おかえりジニー!」」

理解が追い付かずにキョトンとする私の耳に幾つもの声が届く。
格納庫には今の私が所属している部隊の仲間たちが全員、寝巻きの格好のまま集まっていた。
さっきまで寝ていたのはすぐにわかった。

「皆、もしかして待っててくれてたの?」

「ネウロイと交戦したって聞いたからさ。ジニーの無事な姿を見るまで寝るなんてできないよ」

「ジニー、大丈夫?どこも怪我とかしてない?」

「ストライカーの片付けとかは私たちでやるからもう休みな。隊長も報告書は数日くらいは待ってくれるって言ってたから」

私のところに来た皆は気遣いの言葉をかけてくれる。
表情にも声にも嘘が全く感じられなくて、本当に私のことを思ってくれているのがわかる。
私は嬉しい。でも、心のどこかで別のことを思う自分がいた。
もしも目の前にいるのがルミナスの皆だったら、って思う自分が。
こんなに皆が私を思ってくれているのに最低だとはわかっていても、そんな自分が嫌いになってるけど、それでも考えちゃう。
それだけ私にとってあの仲間たちが特別だった。

ごめんなさい。こんな薄情な私で
ごめんなさい。こんな勝手な私で
ごめんなさい。皆の優しさに応えられない私で

「ありがとう。皆」

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……

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