魔の螺旋 第3話
村を出たゾラが辿り着いたのはテラストリア。
武器屋や雑貨屋など様々な店が並び、住民や外からやって来た旅人と思われる人々が目まぐるしく動いている。
「人がいっぱいいるなあ…あっちにもこっちにも」
村では見たことのない景色と人の数に圧倒されるゾラ。
「前に来た時は母さんと一緒だったんだよな確か」
まだ母が生きていて自分が小さかった頃どうしてだか理由は覚えてはないがこの場所に来たのは覚えている。
迷子にならないようにと母が手を握ってくれて、街中を散策していた。
数少ない母との思い出に浸っていたゾラは意識を切り替えて、今自分がすべきことについて考えを巡らせる。
「シルバルさんに情報を手に入れるならまずここに来るべきだって言われたけどどこに行ってどうすればいいんだ?図書館、とか行けばいいのかな?」
周りにキョロキョロと視線を移すゾラ。
自分の生まれについて知る、という目的を持って村を出たはいいものの具体的に何をどうすればいいのかは恥ずかしい話わかっていない。
とりあえずは知らなかった知識を得るという意味でも図書館に向かうべきなのだろうが、その図書館がどこにあるのかすらわかっていない。
そんなことを考えながら視線を左右に移して歩いていると、背中に何かとぶつかったような感触がした。
「うおっ」
「うわっ、あったった!」
その正体を確認しようと背後を振り返ると山積みになった木箱を抱える修道服の少女がいた。
ぶつかった衝撃で木箱の位置がズレて落ちそうになるのを少女は、体を動かして何とか食い止めようとしている。
「落ちないで落ちないで!ああ、戻ってよ!」
「大丈夫?」
悪戦苦闘する様を見かねてゾラが加勢に入る。
一番上の木箱を上から手で抑えて、別の手を使ってズレた木箱の位置を修正する。
「危なかった。ごめんなさい、ありがとうございます」
「こちらこそごめんなさい。こっちが不注意だったせいで」
双方共に感謝と謝罪を口にする。そのことに気付いて何とも言えない奇妙な空気になった二人はついぎこちない笑みを向け合う。
「いっぱい荷物ありますけど、よかったら手伝いましょうか?どこかに持って行くんですよね?」
「いえ、そんな。初めて会う人に迷惑をかけるわけには…」
断ろうとする少女。しかし近くを別の人間が通り過ぎた拍子に体がぶつかってしまい、また持っている木箱がズレ落ちそうになる。
「あ!?あ、あー!また!またなっちゃう!」
危うく地面に落下しそうになった寸前でゾラが手で受け止めて事なきを得る。
「すいません、やっぱりお願いしていいですか?」
少し恥ずかしそうにして少女は言った。
「もちろん、えっと…」
「あ、名前ですよね。私はアミィって言います」
「アミィさん。俺はゾラです」
「ゾラさん、では申し訳ありませんがよろしくお願いします」
簡単に自己紹介をしてゾラとアミィは二人で木箱を分け合って歩き出す。
「どこまで持って行くんですか?」
「バナード様のところです」
「バナード、様?」
聞き馴染みのない名前にゾラは首を傾げる。
「知らないんですか?あ、もしかして旅の方?」
「まあ、ついさっきここに来たばかりでこの街のことも全然知らなくて」
「あそこに見えるお屋敷、あれがバナード様の所有するお屋敷です」
街に来た時から他のどの建物よりも一際大きく目立っていた屋敷。
それが見える方角をアミィは顔で指し示す。
「この中に入ってる薬草や包帯を届けないといけないんです」
「これ全部?」
「もうすぐ兵士を採用する試験があってその試験で怪我した人が出た時のために必要になるので」
「へえ…試験があるんですね」
「近頃また魔物の動きが活発になっているみたいですから。それもあって今回はいつもよりも大きな規模で試験をやるそうですよ」
そんな会話を交わしている内に二人は屋敷の正門の前まで辿り着いた。
門番の許可を得て敷地内に入ると、指示された場所で二人は立ったまま次に来る人物を待つことになった。
「ここで待てって言われたけど何があるんですかね?」
「たぶん荷物の中身を確認するんじゃないかと思います。もしも本来とは違う危険な物があったりしたら大変ですから」
「そういうことですか」
アミィの説明にゾラは納得した。
「薬草と薬を持ってきてくれたのは君たちか」
その時甲冑に身を包んだ男が二人の元に歩いてきた。
「わざわざ足を運んでくれたのに遅くなってしまってすまない。私はベッカー。この屋敷の兵士たちの指揮を任されている者だ。早速だが持って来てくれた荷物を確認したい」
「はい、こちらになります」
挨拶を済ませるとアミィは持っていた荷物をベッカーの足元に置いて後ろに下がり、ゾラも彼女の動作を真似する形で後に続く。
ベッカーは片膝をついて、木箱の中身を開けて一つ一つを慎重にかつ丁寧に確認する。
「確かにこちらが頼んだ通りの品を用意してくれているな。数も問題ない…」
中身を戻して木箱をしまうとベッカーは立ち上がる。
「確認は以上だ。ご協力に感謝する。教会の方にも伝えておいて欲しい」
「こちらこそ、試験が何事もなく無事で終わることを願っております」
ベッカーに腰を曲げ頭を下げるアミィ。
あまりにも淀みのない美しい所作にゾラは思わず目を奪われた。
その時ふと奇妙な感覚が体を駆け巡り、ゾラは自分が辿って来た方向を振り向いた。
「失礼します、武器の方をお持ちしました」
その方角、正門の方から今度は武器屋の男が近付いてくる。
「武器屋の者か。そちらにも試験に使う剣の注文をしていたな」
「はい。今度の試験で使用される剣の出来を確認して頂きたく伺いました」
「わかった。しかし試し斬りもする必要がある以上ここではできない。場所を移動するから少し待っていてくれ。他の者も呼んでくる」
「承知しました」
ベッカーと話をする武器屋の男。
ゾラは武器屋の男をじっと見つめていた。
「では、私たちはこれで失礼します」
「ああ、ご苦労様」
アミィはベッカーと武器屋の男にそれぞれ会釈をする。
ゾラも同じように二人に頭を下げると彼女と共に出口へと歩いて行く。
屋敷を出るとアミィは両手を上に上げて背筋を伸ばす。
「ふぅ、やっと緊張から解放されたわ」
「え?」
「え?」
驚いたような目で見つめてくるゾラにアミィも驚いた目で見つめ返す。
なんでそんな顔をする必要があるのかと言わんばかりに。
「どうかした?」
「いや、どうかしたってことはないんだけど。なんか急に変わった感じがして」
「あ、あー。そっか、驚かせたよね。私どっちかって言うとこっちの方が素なの」
「そうなの?」
「そう。さっきまでのは教会の人間として振る舞う時の態度で、こっちはそれ以外の時の私」
「そうなんだ…」
理由はわかって納得したものの、この変化をすぐに受け入れるのは難しくゾラは半端な返事を返してしまう。
「それよりも本当にありがとう。貴方が手伝ってくれたおかげで上の偉い人に怒られずに済んだわ。何かお礼したいんだけど、何がいっかな…」
「いいよお礼なんて。俺が勝手にやったことだし」
「駄目よ。それじゃ私の気が済まないもの。そうね、貴方旅人なんだよね?今日泊まる宿とかってもう決まってるの?」
「宿、宿は…特にまだ決まってない」
「ほんと?じゃあ今日は私のいる教会に泊まっていってよ。部屋は空いてるし、たぶん他の人も許可してくれるだろうし。どう?それで」
「…うん、そうして貰えるなら嬉しいかな」
「じゃあ決まりね。一応私今から教会に戻って確認してくるけど、貴方はどうする?どこかに行く予定ある?」
「えっと、図書館に行きたいとは思ってた」
「図書館ね。オッケー、なら貴方はそこにいて待ってて。私がそっちまで迎えに行くから」
「わかった。お願いするよ」
「また後でね。できるだけ早く行くようにするわ」
そう言うとアミィは手を振って教会があると思われる場所に向かって行く。
「凄い勢いで来る子だなあ…」
段々と距離が開いて小さくなっていく背中を見送りながらゾラは呟いた。
そして彼も本来の目的地である図書館を目指して歩みを始めた。
しかし少し歩いた後彼は立ち止まり、屋敷に首を向ける。
(そういえばさっきの、あの感覚は…前にもどこかで)
武器屋の男が来る前に感じた奇妙な感覚。
あれは以前にも感じたことのあるものだった。
だがどこで何に対して感じた感覚なのかまでは思い出せない。
答えがわからず悶々としながらもゾラは再び歩みを再開した。
武器屋の扉が開く。店主の男が屋敷から帰って来たのだ。
鼻歌を歌いながら店に入った彼は扉に鍵をかけると、明かりのない室内を迷いのない足取りで奥へと一直線に進んでいく。
室内を歩く彼の姿が壁際に置かれた鏡に一瞬だけ映った。
屋敷で見せた人当たりの良い笑顔からはとても想像がつかない邪悪な笑みを浮かべ、獰猛な獣を思わせるギラついた瞳が怪しい光を帯びていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?