成功なるか?ミラーシャの告白大作戦

 ある日の帰り道リュドミラ・アンドレエヴナ・ルスラノヴァことミラーシャは視界にある人物を捉えていた。

(ああ、アイラ様…今日もなんて美しいのかしら)

 その人物の名はアイラ。高等部の生徒で、学園では麗しい顔立ちや凛々しい雰囲気からマドンナ的存在として数多くの同性からの尊敬や愛情の念を集めている。
 もちろんミラーシャもその一人であり、学園に入学してから今日まで毎日アイラのことを考えない日などないと言っても過言ではない程に強い感情を抱いていた。

(今日こそ、今日こそ勇気を振り絞ってお声かけするのよミラーシャ。大丈夫、貴方ならできるわ!)

 ただ残念なことに現在のところ一方的に見つめているだけで会話をしたことは一度もない。
 チャンス自体は何度かあったが結局怖気づいたり、相手に失礼ではないかといった配慮が働いてなかなか一歩を踏み出せずにいた。
 だが今日こそは、そう思ってミラーシャは大きく足を前に出した。

「あの、アイラさー」

「お待たせー」

「ま…」

 ミラーシャが声をかけようとした時別の方角からやって来た少女がいた。
 しかもその少女は何の躊躇もなくアイラの横に寄って、アイラも嫌な顔をしていなかった。

「ごめんね。練習ちょっと長引いちゃって」

「大して待ってないから気にしなくていい」

「そう?だったら安心した。じゃあ、いこっか。人気の商品みたいだから早くしないとなくなっちゃう」

「ああ、道案内は任せた」

 慣れ親しんだ様子でアイラと少女は並んで歩き出す。
 徐々に遠のいていく二つの背中をミラーシャは呆然とその場に立ち尽くして見送った。


「な、な、な…」


「なんなのよあの泥棒猫は!!」

 別の日不満をぶちまけるミラーシャの姿がファストフード店内にあった。
 失敗した鬱憤を晴らすかのように豪快にハンバーガーにかぶりついている。

「私のアイラ様に、あんな馴れ馴れしくしちゃって!」

「別にアイラさんはミラーシャちゃんの物じゃないような…」

「なんか言ったいのり!」

「う、ううん、何も…」

 狂犬。そんな例えがピッタリ当てはまるような形相に渋谷いのりは咄嗟に出かけた言葉を引っ込めた。
 今のミラーシャを下手に刺激しない方が良さそうだ。
 そう判断してなんとか落ち着かせようと頑張って笑顔を浮かべる努力をするいのりの横でヴァージニア・ロバートソン、愛称ジニーは涼しい顔でストローを使ってジュースを飲んでいた。

「もしかしてその人って水泳部の人かな?」

「何、知ってるのジニー」

 それまでずっと見守るようにしてばかりで会話には参加してこなかったジニーの発言にミラーシャは顔を向ける。

「結構一緒にいること多いみたいだよその人とアイラさん。私もこの前プールでその人とアイラさんが話してるの見たし」

「友達なのかな?アイラさんは水泳部じゃないから部活の友達じゃないよね」

「かなり仲良しなんじゃないかな。私が見た時もその人が着替え終わるの待ってから一緒に帰った感じだったよ」

「アイラ様が自分から一緒に帰りたいと思うような仲…」

 ーなんて羨ましい…!!
 アイラと一緒に待ち合わせをして帰り、隣で会話をする。
 まさしくミラーシャが望むものだ。
 それを難なくやってのけている顔だけしか知らない相手にミラーシャは再び狂犬のような形相で『ぐぬぬ…』と静かに唸り、対抗心を燃やす。

「こうなったら、やることは一つね」

「何するの?」

「あの女が来るよりも先にアイラ様とお話しするのよ。手伝いなさいジニー、いのり」

「私たちも!?」

「うん、いいよー」

 思いがけない内容に目を丸くして驚くいのりと二つ返事で了承するジニー。
 対極な両者の反応を前にするミラーシャの瞳には強い決意がみなぎっていた。

(見てなさいよ)



またある日の放課後、ミラーシャの姿は街の路上にあった。
 学園の制服のままの彼女はスマートフォンの連絡アプリを開き、画面に目を落とした。

ジニー
『目標を確認。これよりIちゃんと接触を開始します』

ミラーシャ
『了解。そのまま予定通り行動して』

 グループトークに届いたばかりのメッセージに返信してミラーシャはアプリを閉じる。

(これで後は…アイラ様が来るのを待つだけ)

 ミラーシャの考案した作戦。
 それは邪魔者が来る前にアイラを捕まえて話をするというもの。
 一週間弱かけてアイラと邪魔者(エレオノール・ジョヴァンナ・ガション)の行動時間を三人で調べあげた結果、今の時間帯ならばアイラは部活終わりでこの道を通り、エレオノールも水泳部の活動が終わり水練着から制服に着替える最中であるが判明した。
 ただ前回のような事態を防ぐために今回は念には念を、とジニーといのりにはエレオノールの足止めに動いてもらっている。

(今のうちにシュミレーションしておこうかしら)

 コホン、と一回咳払いをしてミラーシャは肝心な時への備えを行う。

「アイラ様!」

「おや?君は?」

「はい、私ミラーシャと言います。私アイラ様のファンで前からずっとお話ししたいと思ってて」

「そうか、ありがとう。君のような可愛らしい子に好かれることができて私も光栄だ」

「そんな、可愛らしいだなんて…私なんて全然」

「自分を不当に貶めることはない。君は充分に可愛らしい」

「アイラ様…!」

 わざわざ自分とアイラで声と立ち位置を変え、本格的なシュミレーションをこなすミラーシャ。
 周囲の視線などお構いなしに完全に自分の世界に没頭していた。
 だから気付けなかった。
 いつの間にか自分が車道にはみ出ていて後方から車が接近していたことに

(あ…)

 気づいた頃にはもうどうにもならなかった。
 体を自分の意思で歩道側に戻すことは叶わず、車の方も運転手が携帯を弄りながら運転しているようでミラーシャの存在に気付いていない。
 そしてミラーシャの体が車と接触する…その寸前、歩道から伸びた手がミラーシャの腕を掴んで引き寄せた。
 そのおかげでミラーシャは難を逃れ、車も何事もなかったように通り過ぎていった。

(あ、危なかった〜!)

 車の運転手が一声もかけずにそのまま去って行ったのは思うところがないわけではないが、非はこちらにもあるのでそれについてはもう水に流すことにした。

「危ないところだったな。大丈夫か」

「あ、はい…すみません」

 それよりも自分を助けてくれた人物に礼を言わなければとミラーシャは後ろを振り向いた。
 するとそこには

(え!!?)

 アイラがいた。そう自分がずっと会って話をしたいと願っていた。
 その人物が今自分を危機から救い、抱き寄せられていると表現してもおかしくない程の至近距離で顔を見合わせている。

「ア、アイ、アイ、アイラ様!!?」

「あ、ああ。そうだが」

(嘘、本当にアイラ様?あのアイラ様が私のすぐ目の前に?どういうこと?どういう状況なのよこれ?もう何がなんだがわからなくー)

 次第に自分が置かれている状況を理解しようと頭を働かせるミラーシャ。
 ただアイラを目前にした緊張と興奮もあってかなかなか事態を飲み込めず、彼女は目を閉じて意識を失った。

「あ!おい、大丈夫か!?」

 倒れかけた体をアイラがまた抱き止める。
 再びアイラによって危機を脱したミラーシャは眠ったまま幸せそうな顔をしていた。

「…ん、んん…」

「目が覚めたか?」

 眠りから覚めたミラーシャが重たい目を開ける。
 さっきまで暗かった視界に明るい色が差し込み、自分を覗き込むようにして見つめているアイラの姿も飛び込んでくる。

「あ、はい…アイラ様!?」

 ぼんやりとしていた思考がアイラを認識した途端覚醒し、ミラーシャは跳ね上がるように背中を起こした。

(わ、私、アイラ様に膝枕をされてたの!?あのアイラ様に私が!?)

 段々と周囲に意識が向き状況を理解し始める。
 さっきまで道にいたはずが近くの公園のベンチにいて、自分はアイラの膝の上で眠っていた。
 この事実から考えるにアイラは車に轢かれかけた自分を救ってくれただけでなく、意識を無くして動けなくなった自分を公園のベンチまで運んで介抱してくれていたのだろう。

「怪我はないか?」

「は、は、はい!痛いところは、ないです…たぶん」

「そうか、それはよかった」

 そこでピタリと会話が止まり、二人は互いに見つめ合う。

(どうしようこれ…)

 ミラーシャはここからどうすればいいのか判断に困ってしまった。
 念願叶って会話すること自体には成功したが、ここに至るまでの過程が過程だけに会話をするのが憚れるような気がしてくる。

(いいえ、何を迷っているのよミラーシャ。ようやくやっとアイラ様とお話しできてるのよ。むしろ絶好のチャンスじゃない、ここで踏ん張らなくてどうするの。度胸、そう度胸を見せるのよ!)

 実際には数秒、本人の体感的には数分の時間を要した思考の末ミラーシャは決心した。
 この機を逃したらもう次はないという予感もしたから。

「アイラ様!」

「どうした?」

「私どうしても気持ちを伝えたくて、私は、リュドミラ・アンドレエヴナ・ルスラノヴァは初めてお見かけした時からアイラ様のことがずっとー」

「あ、いたいたー」

 早口ながらも自分の気持ちを告げようとした途中、声と共にある人物が公園内に入ってきた。
 ミラーシャに言わせれば邪魔者兼泥棒猫、エレオノールがクレープを食べながら両隣にジニーといのりを伴って現れた。

「あ、あんたは!」

「貴女がミラーシャちゃん?私はエレオノール・ジョヴァンナ・ガション、エリーでいいよ。よろしくね」

「なんで私の名前…」

 気さくな笑みを浮かべるエリー。何故彼女が初対面のはずの自分の名前を知っているのかと不可解に思うミラーシャであったが、すぐにその理由に検討がついた。

「さてはあんたたち、バラしたわね!」

 エレオノールの左右でクレープを手に持っているジニーといのりだ。

「あはは、ごめんねミラーシャちゃん。ついうっかり言っちゃった」

「本当にごめんなさい。何とか途中までは上手く誤魔化せてたんだけど…」

 ジニーは笑いながら、いのりはジニーよりも申し訳なさを前面に出して謝るがミラーシャにはそれがどうにも謝罪には見えなかった。
 二人が揃って口元にクレープの生地やらクリームを付けているせいでいまいち内容が頭に入ってこない。
 ミラーシャがじーっと自分たちを見ていることに気付いたジニーは何かを思い出したのか、手に持っていた無傷のクレープをミラーシャに差し出した。

「そうだ、ミラーシャちゃんにもはいこれ。エリーさんから」

「何?」

「クレープだよ。ミラーシャちゃん知らない?」

「それくらい知ってるわよ!私が言いたいのはなんであの女と仲良くなってるかってこと!」

 声を荒げるミラーシャ。しかしその手はきちんとクレープを受け取り、口まで運んでいた。

「エリーさんいい人だよ?」

「あの女は私たちの敵なのよ?敵と仲良くなってどうするのよ!」

「敵って…エリーさんを敵視してるのはミラーシャちゃんだけじゃないかな」

 ミラーシャはいつの間にかエレオノールと親しくなっている二人に不服を申し立てるが、二人からしてみれば逆にそのように言われることに首を傾げたくなる気持ちだった。
 いつもは仲良しな三人組の不幸な気持ちのすれ違いをしている様を傍目から見ていたアイラはエレオノールから自分の分のクレープを貰いながら尋ねた。

「何の話だ?」

「んー話せばちょっと長くなるかな。まぁ、悪いことではないよ。あの子、アイラのこと好きみたいだし」

「私を?」

「な!?」

 予期せぬ相手に本心を言い当てられたミラーシャはジニーといのりから視線を移して、エレオノールを見る。

「そうなんでしょ?」

(この女…わかってて言ってるわね)

 変わらず笑顔を浮かべるエレオノールの顔にミラーシャは確信した。

「そうなのか?」

「いえ!その、ですね…」

「違うの?ミラーシャちゃん」

(あんたは黙ってなさいジニー!余計なこと言うんじゃないわよ!)

 本人を前にして本人に向かって直接気持ちを伝えるのがどれだけ勇気のいることか。
 そんな人の気も知らず純粋無垢な眼差しで聞いてくるジニーにはこの時ばかりは静かにしてもらいたかった。
 ただいつまでもこんな気まずい空気のまではミラーシャとしても居心地が悪い。
 もはやこうなったらやるしか道はない。

「だから…その、ですね…」

 高まる緊張、いつもはちっとも気にもならない心臓の鼓動がバクバクとした音と共に強く動いているのを感じる。

「やっぱ無理!ごめんなさいアイラ様!失礼します!」

「ミラーシャちゃん!?ミラーシャちゃーーん!」

 勢いよく頭を下げて、素早く背中を向けてミラーシャはダッシュで去ってしまう。
 いのりが呼び止めようと声を出しても彼女は戻ってくるどころか離れていく一方。

「ありゃりゃ…ミラーシャちゃん、行っちゃった」

「行っちゃったねえ…」

 ジニーとエリーは全く同じタイミングで呟き、クレープを食べる。

「どうしよう…えっと」

 ミラーシャの離脱によって取り残されてしまったいのり。
 悩んだ末に彼女はアイラとエレオノールに向き直り頭を下げた。

「と、とりあえず今日は失礼します!エリーさん、アイラさん、ありがとうございました!行こうジニーちゃん、ミラーシャちゃん追いかけないと」

「そうだね。それじゃあアイラさん、エリーさんさようなら。エリーさん、クレープご馳走様でした」

「あ、ご馳走様でした!」

「どういたしまして。今度はもっと落ち着けるところで話しようね」

「気をつけて帰るんだぞ。車とか特に、あの子にも言っておいてくれ」

「はーい!」

「はいー!ありがとうございますー!」

 立ち止まってから顔を向けて片手を振ったジニーといのりはミラーシャの元へと急いで行った。

「なんだかよくわからない子たちだったな」

「そう?友達思いで優しいいい子たちだと思うよ?」

「まあ、悪い子ではないのは充分にわかったが…あのミラーシャ、だったか?あの子は結局私に何を言いたかったんだ?」

「さあ?私にもよくわからないなー」

 アイラにそう返しつつエレオノールは三人のことを振り返る。

(ジニーにいのりに、ミラーシャか…なんだかこれから楽しいことが続きそう)

 そう思うエリーの顔には晴れやかな笑顔が変わらずにあった。




以下ジニーちゃんがエリーさんにうっかりバラしちゃった時のやり取り

プールサイドにて

ジニー「あのーエレオノールさん、ですよね?」

エリー「そうだけど、貴女たちは?たぶん会うの初めてだよね?」

いのり「はい、初めてです」

エリー「だよね。だったら初めまして。私はエレオノール・ジョヴァンナ・ガション、エリーでいいよ」

ジニー「私はヴァージニア・ロバートソンです。仲の良い人からはジニーって呼ばれてます」

いのり「渋谷いのりです。よろしくお願いします」

エリー「ジニーにいのりね、それで私に何か用?」

いのり「あ、あの…ですね…」

いのり(これってそのまま直接言ったら駄目だよね。ミラーシャちゃんがアイラさんとお話したいからエリーさんを来られないようにしてって言われたって、でもこの場合、何て言うのがいいんだろう。思いつかないよ)

ジニー「私たちミラーシャちゃんにエリーさんを足止めしてって頼まれたんです」

いのり「ジニーちゃん?」

エリー「ミラーシャって?貴女たちのお友達?」

ジニー「はい。ミラーシャちゃん、アイラさんのことがすごく好きでどうしても二人きりで大事な話をしたいからそのためにはエリーさんがいたら困るみたいで」

いのり「ジニーちゃん!?」

エリー「へ〜…アイラのことすごく好きな子なんだ。ちなみに私を足止めしてって頼まれたってことはその子は今アイラと一緒にいるってことでいいんだよね?」

ジニー「そうですね。アイラさんがいつもいる帰り道に先回りして待ってるって言ってました」

いのり「ジニーちゃん!駄目だよ!一番言っちゃいけないやつだよそれ!」

ジニー「え?」


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