部屋と同じか #私のホームスクリーン
今週の週間notersは #私のホームスクリーン というテーマでお送りしています。
西村さん
西村さん
早起きの妖精
三浦さん
みんなのやつ見るのがおもしろかった。確かにホームスクリーンにはその人の個性が詰まっているという仮説は、たしかに、と思った。
その人の個性を図る上で、面談の場でもホームスクリーンを見せ合うみたいな話も聞いたことがある。
さて、自分のはというと
、、、
こんな感じだったのだが、特徴は、特になかった。
アプリの特徴で、強いて言えば、Voicyとタイムバンクくらい。
ニュースにロイターやBloomberg、あと株価がおいてあるのは、きっと金融業界にいたときの名残りで、触れておかないとやはり落ち着かないのだ。
音楽のアプリはSpotifyが好きなのだが、Spotifyの特徴はプレミアムが3ヶ月100円で使えるにも関わらず、フリーで使っている。理由はシンプルで、この曲を聴こうと思って曲を流す習慣がないのと、プレミアムのアップグレード訴求のCMがめっちゃおもしろいからだ。おもしろいCMが聴けなくなるのが逆にもったいなくて課金をしないという、期待はずれのアクションを取ってしまっている。
あとは、やはり、起きている時間がおかしい。
結論、あまり「ホーム画面に何を置くか」を考えたことがないことに気づいた。部屋やデスクトップと同じ要素があるなぁと思った。
自分自身、部屋は適度に散らかっていた方が落ち着くし、デスクトップもどこに何があるか何となく覚えていて、整理しすぎることに対して何となく抵抗を感じている。
整いすぎていると落ち着かないのだ。
何でもそうで、勤務地もやはり丸の内よりも渋谷の方が落ち着くし、集中したいときも静かな図書館よりも適度に賑やかなカフェを選んでしまう。
そういえば毎年FIFAというサッカーゲームを買っているのだが、監督モードで遊ぶときは、元々戦力が揃っているチームよりも、明らかに弱点があって欠落要素があるチームを選択してしまう。
一定レベルの欠落やカオスがないと、何かすごく落ち着かないのだ。
理由はきっといくつかあるのだけど、ひとつは当てがついている。
先日、弟が家に泊まりに来たのだが、その際に改めて自分の得意不得意について話した。もちろん違うところもあるのだけど、最も共感しあったのが
昔から再現性が担保されている環境では、サバイブできない
ということだった。
2人ともスポーツにしろ、何にしろ、コツを掴むのは比較的早く、最初はうまくいくのだが、年数を重ねるごとに周囲に抜かれていくという経験をしており、再現性の精度の勝負になるところは何となく避けるようになった。
仕事も恐らくそうで、今の他動的かつアクロバティックな働き方をとってもそうで、業務フローが決まっているアサインメントだと明らかに時間と共に負けていくのだ。
だから、再現性が未だ担保されていない領域で、いち早くコツをつかみ、そこである程度勝ってというのを、3領域くらいで行い、その掛け算でレア度をあげていくという何とも燃費の悪い生き残り方をしているのだ。
とても話がそれてしまったのだが、最近つくづく、人には向き不向きというものがあるんだなと感じる。
先程まで、事業会社の役員、ベンチャーのCFO、ヤバいエンジニアと僕、という何とも共通点がない4人で飲んでいたのだが、エンジニアの方と帰り道に「相互補助でいきましょう」というお互いを支え合う契りを交わしてきたところだった。
自分の才能に気づくきっかけはなかなかないし、自分の強みを考えるとつい「克服中の弱み」を強みだといいたくなることはよくあることなのだが、克服中の弱みを強みだと信じてしまうと、往々にして特にキャリア選択の意思決定の精度が鈍ることがある。
強みについては
「自分は息をするようにできるけど、他の人からすごいと言われること」
「何で周りができないのか理解できないこと」
を考えると浮き彫りになってくるケースもある。
何がいいたいかと言うと、自分の才能を適切に認知することは意外と難しいことだということ。
最近、認知バイアスの話ばかりしていたので、結局今日もこんな感じになってしまいました。
壁紙はJESSEとKJです。
今回のテーマはいままでで一番難しかったです。意思のないことはなかなか語れないなと。
そこにこだわりがない、ということに気づけてよかったです。
それではみなさん良い週末を。
明日は松田さん、年齢が離れているので、若い人のホーム画面を勉強させてもらおう。
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