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I’m living in the dream. PCT - 1

 標高3000mー4000mほどのシエラネバダ山脈を連日ハイキングしていた。シエラネバダ山脈をハイキングするセクションはPCTとJMT(ジョンミューアトレイル)が大部分を同じルートをとるようにトレイルが設定されている。
PCTはNobo(北向きに歩く)で歩く人が多いが、JMTはsobo(南向きに歩く)で歩く人が多い。PCTをnoboで歩いていた僕は、1日に何度もsoboでJMTを歩く人とすれ違うことになる。
 連日、美しくも変わり映えのしない景色を歩き、何人ものJMTハイカーとすれ違っていると「How are you doing?」という挨拶はほとんど意味をなさないような、ただの呪文のように発せられる何かになっていた。相手の答えなんてものはあってないような、風の強い日には確実に風の音にかきけされるような、そんなところだ。

その日は、とても暑く風が強い日だったと記憶している。
灰色と白の中間のような色の岩石(岩石と呼んでいいのかはわからない)の間には、サーマレストのマットの幅ほどのトレイルが、峠に向かって永遠に伸びているように思える日だった。空は眩しいくらいに青かった。
アップヒル(登り)基調のトレイルをひたすら歩き続け、その日迎える最高到達点あたりに差し掛かった時、前方に数人のハイカーが見えた。PCTハイカーは汚い身なりをしていることが多いが、JMTハイカーはクラシックな小綺麗な格好をしていることが多い。確実にJMTハイカーだなと思った。
 登りきったくらいの場所で気持ちも少し高揚していたからか、いつもは呪文のように唱えるだけの「How are you doing?」を数十メートル先のJMTハイカーであろう人たちに叫ぶように言った。すると先頭を歩いているおじさんもまた叫ぶように、こう答えた。

「I’m living in the dream.」

もしかしたら違う言葉だったかもしれないし、theの部分はaだったかもしれない。そもそも違う言葉だったかもしれない。英語力の足りなさは、風と距離のせいにして、おじさんは「I’m living in the dream.」と言ったことにした。

その答えを聞いた時に、なぜか笑顔になった。おじさんもまた、満面の笑みを浮かべていた。
どんな意味でその言葉を返してくれたのだろうか、僕は都合よく「夢のような時間を過ごしているよ」と解釈した。それでよかった、それが良かったのかもしれない。本当の意味なんてものはわからなくていいし、わかる必要もない。

誰かにとって夢のような時間を今過ごしているんだな、ということがとてつもなく愛おしいことのように思えた。立ち止まって、その時間を噛み締めてみることにした。
変わり映えしないなと思いながら贅沢にも見飽きたななんて思っていた景色は、彩りを取り戻したように輝いて見えた。ずっと伸びているトレイルも、強烈な紫外線も、全てを吹き飛ばすような勢いの風も、なんだか全てが特別な瞬間のように感じた。立ち止まった時間なんてわずか数分だったと思う。だけど素敵な時間だった。
今後の人生でおそらくもう会うことはないだろうおじさんがくれた言葉は忘れられない思い出として刻まれて、数十年後でも鮮明に思いだせると言える。

誰かにとっての夢のような時間だと教えてくれたあの言葉を、1年経った今、振り返ってみると、あの日々は僕にとっても夢のような時間だったんだなと気づかせてくれた。



※この文章は、pacific crest trailをハイキング中に感じたことや出来事を綴っているもので、正確な位置情報や日時、天候や環境などの情報は、ただの数字のようなもので意味をなさないと考えている。旅の時系列通りに投稿することせず、紀行文とも日記とも少し違う、それでも、あのよくわからない日々の中で起こったことを、今や、朧げになりつつある記憶を辿りに記録に残していく。


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