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苦労してせっかくやっと決まって3年働いた仕事を辞めた日のこと
いつからしんどかったのか
ずいぶん前からのような気もする
日によって具合が違うとはいえ
どんどん意味のわからない体調の悪い日が増えてくる
体調がひどいときには
あまりそんなことを言うのが好きなタイプではないのに
「しんどいことがしんどい」と口から出てしまう
晩ごはんの支度にものすごく時間がかかる
立っているのもしんどいから早く終わらせたいのに
優先順位が何もわからないのでなにも終わらない
人が喋っていること、喋っているということはわかるのに
ただ音が鳴って響くだけで
喋っている内容を頑張って理解しようとするけど
そのことはすごくがんばってもすごく難しい
疲れているから、なんてもんじゃないのを日増しに感じる
脳みそが遠い
感じることができない、考えられないことがこんなにしんどいなんて想像もしなかった
物が少し肌に当たるだけでビックリする
見ているのに見えていない目と聞こえているのに聞こえない耳と何も思わない脳みそと
まっすぐに歩くことすら難しい全然大丈夫じゃない体を持って
訳が分からないけどここにいて存在しているというだけで死にそうだと感じた
しんどそうだと見えたのだろう時に
高平くんは「もう仕事辞めてゆっくりしな」
と言った
「コバにも仕事をしてもらわないと困る」と前に言ってたのは高平くんやし
仕事を辞めたところでどうにかなるとも思えなかったし
自分の自由になるお金がなくなるのはとても困る
「そんなこと言ったって辞めてどうすんの」としんどい声で毎日言った
仕事は何件も面接に行ってやっと決まった仕事だし
いやな面接もいっぱいあったし
いやな面接は受からないことを知っていた
やっと決まった仕事なんだ
条件も良い
辞めてすぐに次が見つかると思わない
今の仕事でひどい扱いを受けたわけでもない
悪気のない無意識の人たちがコバ的にちょっと嫌なことを言ったりしたりするが
それは意地悪なことでもなんでもない
頭ではわかっているけれど笑ってながら気持ちで許せないことは多くあったけど
許せなかったことは前から家で高平くんに話したし
もうそれでその時にスッキリしたらいいじゃないかと思うけど
遠い体と遠い脳みそには毎日積み重なる職場のちょっと嫌なことがほんとうにしんどかった
ある日、高平くんに今日の会社での許せなかったことを話し始めたら
悪口が止まらなくなってしまった
みんないい人なのに、悪口なんて言いたくないのに、止まらなかった
高平くんは「コバは間違えてないと思う」と時折相槌を打ちながら
しつこく真面目にコバの止まらない悪口を聞いた
もう時間が遅くなってしまったので布団に入ることにした
もう布団の中でも止まらなくなってしまった暴走悪口を高平くんは頑張って聞いていたけど寝てしまった
悪口を聞いてほしいのに、と思ったけど
寝てほしいとも思ったし、自分も寝ようと思った
けれどいくら目をつぶってても悪口が体の中で爆発してしまいそうで全然眠れない
人に、迷惑をかけずに、悪口を体から出す方法、
大きな方眼紙に小さな文字でふうふう言いながらちょっと嫌なはずなだけの悪口を書いた
悪口は止まらなかった
朝になって家族が起きてくる
自分が寝ずに悪口を書いていたんだと知る
子どもたちは学校、高平くんは仕事、コバは今日は休み
誰もいない家でまだまだ止まらない悪口を1人書き続けた
時間が12時になったのを最後に確認したまま悪口の上で眠ってしまっていた
悪口の上で起きた時は最近のしんどいのが嘘のように治ってしまってビックリした
あれはなんだったんだ
脳みそがちゃんとハマっている80%くらいか、前のように冗談なんかも言えて絶好調だ
悪口を言ったから、だとは思いたくない
そんな健康法があってはならない
悪魔になってしまう
元気になったのは最近は仕事やマウスやキーボードしか触っていなかったので
元々好きな手で書いたりとかする作業をできたので
脳みそに栄養を与えられたんだと思うことにした
これで大丈夫かと喜んだと思いきや
また波のある脳みその遠い体調不良は容赦なくやってくる
悪口健康法はもう使いたくない
いよいよほんとうにどうにもならない日に仕事だった
意味のわからない、脳みそが遠いなんて理由では休めるわけはない
やめたい
ただでさえ仕事は山ほどある、間に合わない
やめたい
なんとかして仕事に行く
やめたい
まっすぐ歩けなくても三輪車ならなんとか大丈夫
やめたい
何も考えられない空っぽの頭でひたすらに、ゆっくり、やめたい仕事に行くための三輪車を漕いだ
喋れない、喋りたくない声で頑張って挨拶をした
「めっちゃしんどそうやけど大丈夫?」と会社の人が言った
「はい、しんどいです(しんどいからあまり喋らないでほしい気持ちで)」と答えた
しんどいなら休めばよかったのに、と言われたけれど今日休んだところでどうなるもんでもない
「最近、ほんとにしんどい日が多くって、ほんとにしんどいんです、しんどすぎるので仕事をやめたい」と言ってみたら
「で?」
「辞めてどうすんの?」(大きなお世話です)
「コバちゃんは好きなことを仕事にできて幸せやんか」(コバの好きなことを勝手に決めないで)
「次の人探すのも時間かかるしさぁ」(時間のことを言われてもたった今脳みそがないんです)
「そんなにしんどいなら私から上司に言ってあげようか?」(この人は自分の希望的観測だけで話が進む人だから自分で言い返せない喋れない時に好き勝手にどんどん話作られたくないなぁ)
しんどい脳みそでは言い返したいことを言い返すのがしんどく
早く話を切り上げたい
「上司には、自分で、話します」と言ってその時間を有耶無耶にした
上司はお昼に出社する
上司はいつも朝の挨拶をしんどそうにする
実際に自分のしんどい話ばかりしたりもする
今病気を治している最中なのでそれはとてもしんどいことなんだと思う
かわいそうだとも思う
しかし仕事場での朝の挨拶の一瞬くらいなんとかならないのか
あのわざとらしいしんどそうな朝の挨拶で今日も戸を開けて入ってきてしんどいしんどいと言っている
しんどい人にこちらのしんどい話をいつ言い出せばいいのかわからない
しんどいしんどいと元気な人がたくさん喋っている
イエスマンが楽しそうにそれに答えている
その遠くの鳴り物から逃げたくて何度も何度もタバコを吸いにベランダに逃げた
しばらくして、しんどい上司がこちらの様子に気づいた
「コバちゃん大丈夫?仕事間に合う?」(大丈夫?は仕事の心配だ)
喋れないしんどい声で「間に合いません」
「なんで?なんで間に合わないの?」(あんたが好き勝手なこと押し付けてくるからだよ)
「ちょっと、しんどくて」
「手伝うことがあったら言ってね」(手伝ってほしくない)
やめたいというのを言いそびれてしまった
しかししんどいというのは言ったのでこれ以上しんどいことを増やされないはずだ
今日はなかなか会社に来ない社長が来る日だ
ちょうどいい、頑張って、やりすごして全員の前でこの会社をやめたいことを言うのだ、頑張れ、
少ししてコバが本当にしんどそうなことを知った
上司と会社の人は
コバちゃんが居るうちにという感じでこぞって
脳みその遠いコバにどんどん仕事の話をしてきた
上司の話が理解出来ず何回も聞いた
頑張って聞いたら内容はとてもしょうもないことだった(そんなことくらい自分で考えてよ)
タバコに逃げた
「これってどうやってやんの?」
「それは、HTMLで、できます(そんなことしんどい時に聞かれたくない)」
「えーHTMLって難しいやつやろ、どうやってやんの」(そんなことしんどい時に教えたくない)
「簡単に、できます、よ(だから自分で調べて)」
「えーそうなん!じゃあはやく教えて」
震える手と、働かない頭と体を使ってなんとか、なんとかして伝えた
遠い鳴り物が鳴ってしんどいしんどいうるさい
もう社長を待つまでは無理だと思った
とにかくしんどい
遠い脳みそがどんどん削られる
タバコに逃げた
仕事中の高平くんに電話をした
電話で言ってもどうにもならない「しんどい」を繰り返した
コバがしんどいを繰り返すたびに「もう今日は家に帰り、仕事やめ」と繰り返した
コバがしんどいことを許してくれる人が1人だけいた
家に帰してもらった
家に帰ったところで脳みそが返ってくるわけでもないのに仕事を早退してしまった
体は健康体なはずなのに仕事を早退してしまった
あまりにも仮病だ
高平くんは「家帰ってから俺が話するし、18時以降に連絡もらえるよう上司にLINE送っといて」と言ったのでそれに従った
帰宅した高平くんに抱きついて「ごめんね」、と謝る
こうするとしんどいのが少し楽になって息ができることを知る
高平くんはコバの背中を叩いて「全然」と言っていた
指定通りの18時以降にかかってきた電話に高平くんが応対する
その電話の内容はなんて言っていたかわからないけど
(コバに聞こえないように電話してくれた)
(聞こえても脳みそが遠いから全然わからないのにね)
高平くんのおかげで仕事を辞めれたようだ
とにかく体調がとても悪そうで辞めさせます、の一点張りで通したそう
自分の仕事を自分でやめられないなんて
小学生の学校のおやすみの連絡じゃないんだから、恥ずかしいと思ったけど
もし自分でやめたいと言いだしていたら
しんどさのあまり、
社内の誰かのせいにして誰かの事を悪く言って
誰かを傷付けてしまっていたかもしれない
それはとてもゾッとする
それを避けれたのがとてもうれしかった
悪口なんかは封印した悪しき健康法の方眼紙の中だけでいいのだ
「誰も悪者にならなくて良かった」と言ったら
「しんどいのはコバやのにまだそんなこと言ってんの」と高平くんは笑ったと思う
こうして仕事を辞めたところで
まだまだ波のある遠い脳みそのただの「無職のとにかくしんどい塊」が出来上がった
日によって違う自分の体調を朝一番に確認する日々
壁を持ちながらベッドから降りるペースで測る
なんでしんどいだろうか、なんで脳みそが体に引っ付かないのか、
いつ治るのか、もう治らないのか、もっと悪くなるのか、
なんでこんなことになってしまったのか、何がいけなかったのか、
毎日遠い脳みそに困るコバに高平くんは
「とにかくゆっくりしな」としか言わなかった
ゆっくりはしているのだけれど。
無職だもの。
遠い脳みそで何がかわいいのか何が面白いのか何が正しいことなのかも判断できないまま
出来るだけの大丈夫を装って
作った冷麺のことを覚えていないような日々