【進撃の巨人】ヒストリアの子供の父親は、やはりエレンではないか?という考察
※2022.04.01 追記
遅ればせながら動画版を投稿させていただきました。稚拙な出来ですがよろしければどうぞ。
youtube版↓
ニコニコ版↓
(動画版を先に見て頂いた方は、この記事を見る必要は全くないです。はい。言いたいことはもう全部動画で話したので…)
【始めに】
ヒストリアの子供の父親エレン説。
いやまあ、これはずっと言われてきたことなんですけども。それこそヒストリアの妊娠が発覚した時からずっと読者の間で囁かれてましたよねぇ。ええ。はい。ね?うん。
まあ、そんな長いこと続いてきた父親論争も、最終巻と同時に発売された公式キャラ名鑑で一応決着が着いた…というのが世間一般の認識ではないでしょうか。
(個人的にはあのキャラ名鑑を全て鵜呑みにするのはどうなの?って思ってしまうんですが…)
今回の記事ではそんなエレン父親説を敢えて取り上げ、自分なりに考察し、検証し、その上で提唱していきたいと思います。暇な時にでも読んで頂ければ幸いです。笑
(※これはコラ画像ですのでご安心を…)
じゃあ早速キャラ名鑑への反論から…といきたいところですが、その前にとりあえずエレン父親説の変遷から振り替えってみましょうかね。
その方が流れも掴めると思うので…
※以下、掲載する画像は全て進撃の巨人©諫山創/講談社から引用させて頂いたものになります。また、最新巻34巻までのネタバレを含みます。予めご了承ください。
【エレン父親説の変遷】
『第107話』
偽りの王政を正し、ウォールマリアを奪還し、この世界の真実を知ったあの激動の日々から2年…
エレンらパラディ島勢力、「エルディア国」はジークとイェレナが率いる「反マーレ派義勇兵」の支援もあり、エルディア人にとって唯一の友好国である「ヒィズル国」との会談を果たします。
しかし、その会談でヒィズル国大使であるキヨミから提案された計画は、決して小さくない犠牲を求めるものであった。
パラディ島と世界にはおよそ100年の隔たりがある。その差を埋める為には、ヒィズルの介入があったとしても50年はかかる。
つまり最低でもその50年間は地鳴らしが抑止力として機能する必要がある。
「不戦の契」に囚われずに地鳴らしを発動する為には、「始祖の巨人」と「王家の血を引く巨人」の両者が必要。しかし、王家の血を引く人間は寿命残り短いジークを除けば、ヒストリアしかいない。
つまり、ヒストリアは13年の任期を終えるまで可能な限り子を生み、増やさないといけない。島を守る為には、ヒストリアとその子孫の犠牲が必須である、と。
なんなら50年でも終わらない。世界がエルディア人根絶を望む限り、巨人の力がこの世に存在する限り、ヒストリアの犠牲は避けられない、と。
こんな解決不可能な問題を子孫に残していいのか?いいわけがない…しかし…自分たちが助かる為には、これしかない。
ヒストリアは、自分から人柱になる事を受け入れた。島を守る為、「大勢の人の幸せの為」に、自分が犠牲になる事を受け入れた。
皆が口を噤む中、その計画に真っ先に反対したのがエレンだった。
「壁を破壊し蹂躙された挙句…家畜みてぇに子供を産まされ殺されてやっと生きることが許されるって言うのなら…」
「オレはジーク・イェーガーの計画は到底受け入れられません」
かっこいいぜエレン!ヒューヒュー!
それからさらに時は進んで2年後…
結局、他のやり方は見つからなかった。島を守る為にはヒストリアの犠牲が必須である。その状況は何も変わらなかった。
ある時からエレンは兵団や仲間たちの元から離れ、ジークと結託してレベリオ襲撃という惨禍を引き起こす。その結果、島は危機に追い込まれてしまう。今すぐにでもヒストリアを巨人にして、地鳴らしでこの島を守らないといけなくなってしまった。
ハンジさんからすれば、「この人何やってんの????ヒストリア犠牲にしたくないんじゃなかったの????」としか思えない訳です。
で、実際に本人に突っ込んでみたら…
まさかの逆切れ。いや訳わかんねぇよ!!!ちゃんと説明しろよ!!ハンジさん可哀想だろ!!!!!!
で、肝心のヒストリア本人が…
まさかの妊娠。
今でも覚えてますよあの時の衝撃は。忘れもしない別マガ2018年8月号、ヒストリアがとんでもなく暗い顔して妊婦姿を披露した時は相当ショックでしたよ私。一週間ぐらい寝込みましたよ
。ええ。
という事で、明らかにエレンとヒストリアの様子がおかしいぞ、と。
エレンの様子がおかしい理由は後々明らかになりますが、ヒストリアは最後までよく分からなかった。何で妊娠したのかもよくわかんねぇ…なんせ彼女、マーレ編以降回想と手紙でしかセリフありませんからね。何考えてんのか、全くわからないまま終わってしまった。
取り敢えず、ここで抑えておくべきポイントは、エレンは最後までヒストリアを犠牲にする覚悟が無かったということ。
エレンがそもそもヒストリアの犠牲を受け入れていれば、マーレ編は始まらなかったんです。いや勿論エレンは自分が見た未来の通りになるよう行動しただけなんですけど、それはあくまでエレンの自由意志が選択したものなんですよ、と。それだけ分かってれば十分です。
『第108話』
で、108話。お相手は幼少時代ヒストリアに石を投げていた青年で、罪悪感から孤児院を手伝っていたところヒストリアの方から…との事。
でもその彼に話しかける時のヒストリアは明らかに暗い顔で、その間に愛があったかはギモン、と。
で、その妊娠も獣の巨人の継承を引き延ばす為のものだろう、とローグ達は推測しているわけです。
しかしこのフードの人物。ローグはイェレナだろうと推測してますが、これが読者の間でエレンなのではないか?と当初から疑われてました。さらに踏み込んで、お腹の子供の父親はエレンなのではないか?とまで。
せっかくなので、ポケットに手を突っ込んでるエレンを集めてみました。どうぞ。
(探せばもっとあるかもしれませんが…しかしエレンって、結構な頻度でポケットに手突っ込んでますねぇ…)
※追記 ちなみにこのフードを被ってエレンを隠すという手法は以前にも使われた事があります。
そう、ウォールマリア奪還作戦(シガンシナ決戦)ですね。
もし仮にエレンが父親だとするなら、もうすでにこの時点でヒストリアのお腹の中にエレンの赤ちゃんが宿っていることになります。
託卵だー!!!とかいう人もいますけど、いや、普通に考えて「この子の父親になってくれませんか」みたいな感じでヒストリアは頼みに行ったんだと思いますよ。で、サスペンダー君(仮)はそれを快く受け入れましたよ、と。それに対してサスペンダー君が可哀想だとかいう人もいまして。ええ?言うほど可哀想ですかね?むしろ羨ましいぐらいですよ私。
だって想像してみてくださいよ。子供時代、石を投げるくらい好きだった相手が(好きなら投げるなと言いたいけど)、女王になって大人になってある日突然子供を身籠った状態で訪ねてきて、「あなたと結婚するのでこの子の父親になってくれませんか」みたいな事言って来たらねぇ。そら喜んで結婚しますよ、私だったらね。いや、私だったらそもそも石とか投げませんけども。
そもそも、あそこ孤児院ですからね。親のいない子供の面倒を見るのなんて二人とも余裕でしょう。
(ちなみにこの108話、ちょうど半分の54話がエレンがヒストリアに「なんかいいよな」「お前は普通だよ」と励ます回だったりします。まあこれは偶然だと思いますが…)
でも肝心のエレンの思惑がはっきりしないまま物語が進んで行ったので、とりあえず読者の間ではこの議論は棚上げされまして…
『第123話』
(この画像は124話)
123話でようやくエレンの目的が地鳴らし発動による壁外人類絶滅にある(実際は違ったんですけど)ことが判明して、それはつまり、エレンはヒストリアと世界でヒストリアを選んだという事。
この辺りからエレン父親説は急速に浮上していった記憶がありますね。その一方でミカサへの「オレはお前の何だ」というのもあって、エレミカvsエレヒス論争は熾烈を極めた印象です。主に私の頭の中で。
「ミカサにああいう事聞くってことはミカサが好きなんでしょ。記憶の断片もミカサが一番大きいし…よってエレン父親説はない」
「ヒストリアの事が好きじゃなかったら地鳴らししないでしょ。なんかいいよなって言ってたし。クルーガーの所帯を持てという伏線も回収されるし…よってエレンが父親」
「いやグリシャの息子なんだから両方好きだろ」
みたいなやり取りを…
『第130話』
で、130話にて、実際にエレンとヒストリアの会話が描かれまして。そこでいくつか新事実が明らかに。
まず、ヒストリアはエレンの地鳴らし虐殺計画を知っていた。最初は二度と胸を張って生きられない、と反対していたがエレンにあの時オレを救ってくれた悪い子だからと説得されて、最終的には受け入れた、と。
(やろうとしている事は最低最悪だが言ってる事はかっこいいエレン)
それで妊娠はヒストリア自身が提案した事ですよ、と。イェレナは関係無かったんですね。しかしそうなってくるとあのフードの人物は一体なんなのか。
フードの人物がヒストリア女王に助言したと思われていた。しかし、実際にはヒストリア本人が言い出した事だった。じゃあフードの人物には助言以外の他の役割があった事になります。一体何やろなぁ…(すっとぼけ)
もうこの時点でフードの人物の正体はイェレナはありえなくて、エレン以外考えられない状況です。エレン以外はあの時、あの場に存在出来ないんです。
だってエレンしか知らないんだもの。ヒストリアが妊娠を提案した事。
『第134話』
で、134話にて実際にヒストリアの出産が始まって。
エレンがイェレナから安楽死計画を聞いたのが10ヶ月前。ヒストリアと会話したのもほぼ同時期だと思われます。
で、妊娠から出産まで掛かる期間も約10ヶ月。これ以降エレンは単独行動が目立つようになる、と。
エレン父親説の唯一のネックだった出産時期の問題が解消されて、父親説の信憑性が一気に増しましたね。ていうか作者が明らかにエレン父親説を匂わせる為に10ヶ月前って設定にしたでしょこれ笑。
(結局これは何だったんだろう…ヒストリアは兵団に妊娠時期を偽って申告していた?ジークを少しでも長く延命する為か…あるいは本当の父親を隠す為?)
時系列としては、
・104期の面々に「お前らが大事だから長生きしてほしい」と言う(1年前)
・イェレナから安楽死計画を聞く(10ヶ月前)
・ヒストリアと会話する。この時子作りしたと思われる(10ヶ月前)
・調査兵団としてマーレに潜入。ラムジーにガッカリしたと言う。ミカサにオレは何だ?と聞く(10ヶ月前)
・ユミルの民保護団体の演説を聞く(10ヶ月前)
これ以降エレンは単独行動するようになる。
(9ヶ月間、エレンも調査兵団もずっとマーレに居た?)
・ヴィリー・タイバーの演説。エレン襲撃(1ヶ月前)
・地鳴らし発動。ヒストリア出産、天と地の戦い、エレン死亡
となるんでしょうか。
始祖持ちエレンに9ヶ月もマーレで好き勝手させる兵団さぁ…ガバガバすぎない?監督責任はハンジさんにあるんでしょうけど………ハンジさんの胃がやべぇな……
『第139話(最終回)』
で、遂にやってきた139話最終回!!!
ここに来てようやく、エレンの本当の目的が明らかになりました。
それは、人類の8割を虐殺した自分をアルミン達に討ち取らせ、彼らを英雄に仕立て上げる事。
そして、ミカサに選択を突き付け、始祖ユミルの未練を晴らし、巨人の力をこの世から消滅させる事。その結果に行き着く為だけに進み続けたのだと。
うん。どうせそんなこったろうって思ってたぜ。
うん。
そしてエレン、やっぱりミカサの事が大好きだった!!!!!!!
あっ…………
こりゃヒストリアとはねぇな…………
と思わせておいて…………
…何か言いたげだな?君…
えっなんかめっちゃ露骨にエレンと重ねられてるんですけど………(困惑)
こ………この服…………このフードは………………
やっぱエレンの子じゃねぇか!!!!!!!!
とまあ、少なくとも私の中ではあの子はエレンの子だろうと確信していた訳なんですが…
しかし、単行本最終巻と同時に発売された公式キャラ名鑑にてバッサリ否定されてしまった、と。
アッハイ。
うーん。「同郷の青年」というのは108話の「女王と同じ地で生まれ育った青年だ」から来てますよね。
て言うかヒストリア、4年前から身長も体重も変わってないんですね。出産までしたのに…
お、幼馴染み?(困惑)
柵の外から石投げてただけですよね?いっしょに遊んだりとかはしてないですよね?名前どころか顔すら知らないと思うんですが…少なくとも子供時代は…
幼馴染みとは一体…うごご…
でもまあ、これで長きに渡る父親論争も終わり、エレヒス復権派も安心して成仏できる事でしょう。めでたしめでたし。
……って皆本気でそう思ったの?
そんなの嫌だ!!父親論争があっさり終わるなんて…!一生争っててほしい!進撃の巨人が終わった後もしばらく…最低でも…10年以上は……
って絶対諌山先生は思ってますよ。間違いねぇ…断言できる。
という訳で作者の思惑にまんまと乗せられましょうかね。
【キャラ名鑑への反論】
まずキャラ名鑑にこう記載されているからと言ってエレン父親説が完全に消滅する訳じゃないんですよ。
その根拠を3つ提示させて頂きます。
反論①『作中世界で表向きそうなってるからそのままそう記載しただけ』説
まずひとつ目がこの仮説。
ヒストリアの子供の父親はエレンではないか?というのはあくまで、神の視点である我々読者しか知り得ない情報なんですよ。実際、エレンとヒストリアが10ヶ月前に会話してた事なんて作中世界の誰も知らないことです。
仮にエレンが父親だったとしても、兵団もイェーガー派も一般民衆もアルミン達でさえもあの子供はサスペンダー君との間に生まれた子だろうと思ってる。
多分ヒストリアもサスペンダー君もそういう事にして育ている。
だからもうそれが作中世界における一般認識というか常識というかもうそういう設定なのでそのままそう記載しましたよ、という話。
いや、キャラ名鑑だって神の視点から記載されたものじゃないの?という指摘もあると思います。それへの反論も含めて次の根拠。
反論②『そもそもキャラ名鑑の記述は信憑性が薄い』
2つめがこの根本的な問題。
例えばこの人。
私はスルマだと思ってるんですが、キャラ名鑑では別人と記載されているんです。
まあ確かにスルマにしてはちょっと老けているような気がしないでもないですが…。
でも、髪型や眼鏡や鼻の形から見てもやはりスルマだと思います。
キース教官に言われた事を実践してるんでしょう。
それ以外にも…
死んだキャラには死亡というマークが付くんですけど、ルイーゼには付いてないんですよね。何故か。
「エレンイェーガーの創る自由な世界を見られなくて残念です」ってもう助からない人のセリフでしょ。
(あとハンジさんとかサシャにはしっかり死亡マーク付いてるけど、エレンとジークには付いてないんですよね。何でや…?)
それ以外にもキャラ名鑑の記述は全体的に第三者視点というか、進撃の巨人原作内に描かれていることしか載せてないんですね。
例えばイェレナがその後どうなったかとか、ヒストリアがどういう思いで子供を作ったのか、とかそういう事は一切書かれてないんです。原作に描かれてないものは書けないんですよ。諌山先生にしか分からないんですから。
スルマとルイーゼの件もそうです。あの人が作中内ではっきりとスルマだと明言された訳でもないし、ルイーゼが実際に死亡するシーンが描かれた訳でもない。だから書けないんですよ。エレンとジークは…わかんねぇ…誰か説明してください。
いや勿論身長とか体重とか誕生日とかインタビューとかは作者から提供されてると思いますよ。でもそれだけでしょう。隅から隅まで監修してる訳ではないでしょう。
反論③『原作以外認めねぇぞ』
そして3つめがこの言い分。
もし仮に、あのキャラ名鑑に一切の矛盾が無かったとしても、結局これなので…だってあのキャラブック、別に諌山先生が書いた訳じゃないし。勿論身長とか以下略(でもその体重すらもヒストリア4年で変わってない問題とかライナーの体重が違うとか割とガバガバなので…)
つまりですね、何が言いたいのかと言うと…
ドラゴンボールの超サイヤ人悟空の戦闘力1億5000万は果たして公式設定か?という話です(何の話だ)
あれもドラゴンボール大全集という公式から出版された本から出てきた設定ですが、別にドラゴンボール原作内に1億5000万という数字はどこにも存在しないんですよ。大全集を書いた人が大体これぐらいだろうと勝手に思ってるだけで。
大全集も一応著:鳥山明ってなってますけど、あくまで商業的に名前を借りてるだけで書いた人は別人なんです。少なくとも鳥山先生がドラゴンボール連載中に1億5000万という具体的な数字を考えていた訳ではないでしょう。
仮に「超サイヤ人悟空の戦闘力は1億5000万だ!!」と私が主張しても他の人が「いやその数字は原作内に出てきた訳じゃないよね?フリーザ第二形態の100万からいくらなんでもインフレしすぎでしょ」と言われたら私は黙るしかないんです。それと同じ。
「ヒストリアの子供の父親はサス君だ!!」と私が主張しても他の人が「いや明らかにエレン父親説は原作内で匂わせているよね?他人が書いたキャラ名鑑が根拠?それだけじゃ弱いよ」って言われたら黙るしかないんです。いや、実際にエレン父親説を主張してるのは私の方ですけども。
実際、キャラ名鑑を書いた人はザッと108話を読んで父親はサス君だと思ったからそう書いただけだと思いますよ。少なくとも諫山先生に聞いた訳ではないでしょう。多分。
キャラ名鑑を書いた人はサスペンダー君が父親だと思ったからキャラ名鑑にそう記載した。私はエレンが父親だと思ったからこの記事を書いた。
そこに何の違いもありゃしねぇだろうが!!!!
仮にキャラ名鑑に記載されている事が全て正しいとしましょう。スルマとキース教官のやり取りは何の意味もないページの無駄扱いとなり、エレンとジークは生きてる事になります。どういう事なの…
原作を超越するガイドブックとは一体…うごご…
という訳で、エレン父親説が別に無くなった訳ではないという事は立証出来たんじゃないでしょうか。原作で描かれている事が全てなので。で、実際に原作では匂わされたまま最終回を迎えたので。少なくとも、考えるだけなら、考察するだけなら自由でしょう。それは間違いない。
今後エレン父親説が完全に消えて無くなるには……んまぁそう……作者が直接キッパリ否定するとか……そんぐらいですかね。
まあ仮に作者が否定したとしても、だから何だ、と言えてしまうんですが。ドラゴンボールでも作者の「悟空とクリリンに友情ありませんよ」発言が有名ですけど、ファンには相手にされてませんから。ドラゴンボールを読んだらあの二人に友情が無いなんて思えませんので。
じゃあ実際にエレンが父親であるとして、それが作中においてどういう意味をもたらすのか?という事をですね、これからじっくりと考察していきたいと思います。どうかお付き合いください。
【エレンが父親になることの意義】
主にエレンの「人間的な成長」という意味で、私は、エレンが父親になることには大変重要な意義があると思っています。
(父親に似てきたどころか父親になっちまったのかよ……弟よ…………)
ジークとエレン、この二人は明らかに対比されていますよね。ジークが反出生主義者なら、エレンは出生主義者です。
ジークがこの世に生まれること、つまり出生を否定してしまうのは彼の生い立ちを考えると仕方ないと思います。では、エレンはいつから出生を肯定するようになったのでしょうか。
「生まれた時からそうだった」と言われたらそれまでなんですが、でもエレンも人間であって、人間であるという事は人生があって、子供が大人になるようにエレンも成長して来たので、あくまでエレンが自分の生まれ持った価値観を色んな経験の中で、自分の人生の中で補強し、肯定していったと考えていきたいです。
「生まれた時から全て決まっていた」なら、生まれてから死ぬまで、その間の「過程」に意味はなかったのか?いいや違う!意味を与えるのは我々だ!って具合にね、考察していきましょう。
エレンが自分の出生を肯定するようになる出来事は、彼の人生の中で三段階に渡って構成されていると思います。
・第一段階『原始的欲求』
これが所謂「生まれ持った価値観」って奴です。エレンは長い人生をかけて(実際には短いけど)この価値観を肯定していきましたよ、と。
壁の外がどうなっているのか分からないまま死ぬなんて嫌だ、それは何で?オレがこの世に生まれたからだ。オレは生まれた時から自由のはずなのに、実際にはワケわかんねぇ奴から自由を奪われている。許せねえ。
その自由を奪う敵は最初は巨人だったんですが、実は同じ人間だったと。で、エレンはこの敵を排除しようとしたと。エレンのやってることや思想は昔から一貫してるんですよね。
でもそれはあくまで子供的な、無垢な思想なんです。実際のエレンは、より複雑に成長していったと思います。
・第二段階『この世界に生まれて来てくれたんだから』
エレンが自分の出生を肯定するのは当たり前です。エレンにとって、本当の自由とは「生まれた時から自由であること」です。生まれなかったら自由もクソも無いんです。
しかし、そんなエレンでも過去に一度だけ、自分が生きている事や出生を否定した事がありますよね。
そう、王政編での「オレはいらなかったんだ」です。
今人類が巨人に滅ぼされそうになっている現状は、自分の父親のせいだと。グリシャがあるべきところから巨人の力を盗んだせいで一体どれだけの人が死んだ?とても償いきれない。いらなかったんだよ、オレも親父も…
この瞬間、エレンは明らかに自分が生まれてきたことを否定していますよね。
エレンは今まで自分から自由を奪う敵を憎んできた。しかし、自分が憎しみを向けられる対象になるのは初めての経験だったのでは無いでしょうか?
ヒストリアにとって、姉のフリーダはそれほど大切な存在だった。心の支えだった。それを奪われた悲しみは、母親を目の前で巨人に食われ、実際に憎しみを滾らせてきたエレンには人一倍理解できたはず。
(いや…この時はその憎しみをエレンに向けるのは理不尽だと思ったんですけどねぇ…実際にエレンがけしかけてましたからねぇ……)
しかしそんなヒストリアも、「オレはいらなかった」というエレンに自分を重ね、フリーダが自分に「愛」を与えてくれた存在ではあったが「自由」は与えてくれなかったことを思い出して、そして何よりユミルの「胸張って生きろよ」という名言を思い出して、人類の敵になってでもエレンを助ける事を選んだ。
ヒストリア自身もかつては母親に「お前さえ生まなければ」と言われ、自分がこの世に生まれて来たこと、つまり出生を否定された。そしてずっと自分でも否定してきた。少しでも「いい人」と思われたまま「死にたい」。それがクリスタ・レンズ。
しかしユミルと出会って、価値観を改めた。「生まれ持った価値観」であるヒストリア・レイスを受け入れた。そして今度は、自分が誰かの出生を肯定する側に回った。
しかし、そうやってヒストリアに救われた後も、父親の所業が実は初代王から人類を救う為だったと分かっても、まだエレンとしては立ち直りきれてなかった。
自分は特別だと思っていた。自分がこの世に生まれて来たこと、自分が自由に生きること、自分の「生まれ持った価値観」は無条件に肯定されるべきだと思っていた。でもそれはとんだ思い上がりだった。
巨人の力は与えられた力で、その力も誰かの犠牲の上に成り立つ物だった。自分は特別では無かったし、大きな世界の中のほんのちっぽけな存在に過ぎないと自覚した。
誰だって思春期ぐらいの年頃には自覚するようなことを、エレンも自覚したと。ここにきてようやく自分を客観視できるようになりましたと。
で、そんなちっぽけな自分を再び立ち直らせたのは何だろう。
そう、母親の無償の愛ですね。
「特別じゃなきゃいけないんですか? 絶対に人から認められなければダメですか? 私はそうは思ってませんよ。少なくともこの子は… 偉大になんてならなくてもいい。人より優れていなくったって…だって…見てくださいよ。こんなにかわいい。だからもうこの子は偉いんです。この世界に生まれて来てくれたんだから」
ンッン~実に名言だな、これは。
このセリフはまさしくこの世に生まれて来ること、つまり出生主義を肯定している。「進撃の巨人」のテーマそのものと言っていいでしょう。
自分を客観視して、どうしようもなくちっぽけな自分を受け入れる事が出来た。オレはここにいてもいいんだ!と。(TV版エヴァの最終回かよ笑)
そして、オレ達は皆特別で、皆自由なんだと。それでいいんだと。
いい子だよなぁ…エレン。そんなエレンが虐殺という道に走ってしまったこと、本当に胸が痛むよ。
・第三段階『実際にエレンが父親になった』
「生まれ持った価値観」を「母親の無償の愛」で肯定したエレン。でもそれはあくまで親から与えられたものに過ぎない。
エレンが大人になり、そして実際に出生主義を強く意識する出来事があったとしたら…
それはもうエレン本人が親になったとしか考えられない。今度は自分が無償の愛を与える側に回った。何が何でも子供の存在を肯定し、受け入れないといけなくなった。エレンにとっての自由とは何だろうか?今一度思い出していただきたい。「生まれた時から自由であること」ですよね。
自分の子供の為に、仲間の元から離れて、世界を敵に回して、何の罪も無い人達を大勢殺してまでも、自分の子供の出生を肯定し、自由にしようとした。(勿論エレン本人が自由になりたかったというのが一番大きいと思いますが。)
こう考えるとエレンは人間的に、段階を踏んでしっかり成長していってる事になります。いやしかし成長した結果が8割虐殺はなぁ…受け入れ難いなぁ……
しかしそれぐらいの覚悟を持って戦わなければいけなかった。ヒストリアの子供を自由にするにはそうするしか無かった、と。自分の父親にレイス家を皆殺しにさせたのも同じ理由ですね。
それは勿論、「初代王から人類を救う為」でもありますし、「ミカサやアルミン、皆を救う為」でもあります。そして何より、「ヒストリアを救う為」でもあるんです。
もしあの時グリシャがレイス家を皆殺しにしなければ、ロッドがヒストリアを迎えに行く事もないので多分ヒストリアはそのまま中央憲兵に殺されていたでしょうね。作者やエレンがそこまで考えていたかは分かりませんけど…
(いや、どうだろう?中央憲兵や議会的には前々から目障りだったヒストリアを消したかったのだろうか?それともロッドがヒストリアに接触しようとしたから慌てて刺客を送り込んだのだろうか?ロッドが接触しようとしなければヒストリアを殺さなかったんだろうか?まあ、取り合えずエレンのおかげでヒストリアは命拾いしたって事にしておきましょう。うん。しかしその結果ヒストリアが家畜みてぇな運命を背負う羽目になっちまったんだから皮肉だよなぁ。)
で、実際にエレンが子供を作るとしたら、その相手はヒストリアが相応しいよね、と。いや、勿論恋愛的にはミカサがベストなんでしょうけど。
母親に出生を否定されたヒストリアが母親になる。それは勿論エレンに協力する為でもありますが、それ以上に「エレンの子供を、エレンが生きてきた意味を残してあげたい」という思いもあると思うんですね。そしてエレンもそんなヒストリアの思いに応えて子供を作り、実際に子供を自由にする為に戦ったと。
お互いがお互いの出生を肯定し、受け入れ、愛し合い、新たな生命を授かった。二人の人間的な成長という意味で考えるとこれが一番自然だと思うんですよね。
実際マーレ編以降のエレンは明らかに父性を意識して描かれていると思ってるんです。あくまで個人的な意見ですが…
例えば…
ファルコの恋愛相談に乗るエレン…正直以前のエレンからは考えられないくらい成長したな…と…
この優秀な候補生ってのは明らかにミカサを重ねてるよね。いやでもファルコとガビの関係って、エレンとミカサというよりはエレンとヒストリアだと思ってしまうんですよねぇ。
巨人にしたくないってのも共通してますし。(勿論それはヒストリアだけでなく104期全員に対してそうですが)
例えばこれとか……
これもね……
何か構図が似てるよね。2枚目で「目」を強調してるのも似てる。あと髪型も似てますね。うん。
(この「目」っていうのはまた別の機会に考察したいなぁ…)
まあ、たまたま偶然被っただけだと思いますけどね。いやでも、どこまでいってもライナーと同じだって言ってたからなぁ………
そして何より、クルーガーの「壁の中で人を愛せ」という伏線が回収されるのが大きい。
『壁の中で人を愛せ』
これは勿論グリシャに向けて放った言葉ではあるんですが…その一方で、明らかに他の誰かが見る事を想定したメッセージでもあると推測できます。
誰に向けたメッセージなんでしょうか?進撃の巨人の能力で未来を見ることになる過去の継承者達という可能性もありますが、まあ普通に考えてエレンに向けたメッセージでしょう。
「ミカサやアルミン、みんなを救いたければ壁の中で人を愛せ」
エレンはミカサの事が好きだったんだから、愛した人はミカサだ、と皆さん思ってますよね。しかし、ちょっと待ってほしい。
エレンは言うほどミカサを「愛した」か?
ミカサが自分の事を好きである事を自覚しておきながら、人格を否定してまで突き放し、自分から優しくすることはしなかった。勿論それは巨人の力を無くすという結末の為ですけども…
いや、そりゃまあ他の人と結ばれて幸せになってほしいから突き放したんでしょうけど、それを「愛した」と言っていいのか?愛に応えないという点では初代フリッツ王と同じじゃないか。だからこそ始祖ユミルもミカサを選んだんでしょうし。
結局はエレンは同じ歴史を繰り返してますよね?で、その歴史を終わらせたのもあくまでミカサの意思じゃないですか。これじゃどうにも腑に落ちない。
一方、優しくした、「愛した」という点ではヒストリアの方がしっくりくるんですよね。
ミカサやアルミン、みんなを救う為に、親からも誰からも愛されず、それどころか「この世に生まれたこと」すら望まれなかったヒストリア・レイスを愛し(実際にはフリーダやユミルから愛されてたけど)、所帯を持った。そして子供と妻の為に戦った。そう考えるとしっくりくる。
つまりエレンにとって地鳴らしで8割虐殺する事も、ミカサに殺される事も全部ひっくるめて「ヒストリアとその子供への愛」でもあると。
それが勲章授与式の日に見た未来。
そもそもこの「壁の中で人を愛せ」の直前に「ヒストリアを巨人にできない(要約)。こんないい加減なこと…ここで言うべきじゃない…」というエレンのセリフがあり、実際に次の話では「ヒストリアを犠牲にする覚悟が無い…」と続いて未来を視る訳です。
この一連の流れの中で、エレンはヒストリアを思いやっている訳です。そして、最後までエレンはヒストリアの事を誰にも話さなかった。アルミンにさえも。
89話のこれと…
139話のこれ。
凄く対比されてないですか?笑
この時のエレンの心境…こうやって並べてみると分かりやすいのではないでしょうか?
頭がめちゃくちゃになっちまって辛い、というのも勿論あるんでしょうが、ヒストリアの事を最後まで誰にも話せなかった。その歯がゆさもあるんじゃないでしょうか?
(ちなみにこの89話、139話から見て50話前と大変キリが宜しいだけでなく、「壁の中で人を愛せ」とか、「ユミルからヒストリアへの手紙」とか、何よりタイトルが「会議(話し合うこと)」だったりとか、色んな意味で139話と重ねられているんですよね。諫山先生が意識して書いてるなら、かなり凄いと思います)
つまり、ヒストリアの手にキスした瞬間…フフ………下品なんですが………
(©ジョジョの奇妙な冒険/荒木飛呂彦・集英社より引用)
いや、違いますよ(汗)
エレンはあの瞬間、潜在意識の下でヒストリアを愛してしまったのでは無いでしょうか?
だから未来が決まった。あるいは未来と繋がった。その未来に向かって突き進んだ。その先にある「自由」の為に、頭をめちゃくちゃにしてまで進み続けた。この「自由」が何なのかはもうすぐ分かります。が、今は一旦置いておきましょう。
次に、139話のこのセリフ。
「お前なら壁の向こう側にいける」ということは、エレンは最後まで「壁の向こう側」には行けなかった、ということになります。
この「壁」とは、物理的な壁では無くて象徴的な、人と人の間に存在する精神的な壁を意味していると思われます。
ではなぜエレンは「壁の向こう側」に出られ無かったのでしょうか?それはズバリ…
壁の中で人を愛してしまったからです。
アルミンやハンジさんはあくまで、ヒストリアを犠牲にしない方法で尚且つ世界とも和解する道を模索していました。それはエレンが地鳴らしを発動した後も一貫しています。つまり、彼らは理想主義者であると言えます。
その対であるイェーガー派、その象徴であるエレンは現実主義者なのです。
このまま手をこまねいていれば、兵団はヒストリアと生まれてくる子供を犠牲にしてしまう。だから現実と向き合い、世界と戦わないといけなくなった。イェーガー派は世界を滅ぼさなければ島が滅ぼされるという残酷な現実と向き合った。だからエレンを崇めた。
勿論それはそれとして、虐殺は駄目なのは間違いありません。正しいのはハンジさんです。
現実主義者であるエレンと理想主義者であるアルミン、この二人の関係は…
ナイルとエルヴィンの関係と全く同じなんですよ。
かつては同じ夢を持っていた同志。しかしナイルは所帯を持ち、現実を見るようになってしまった。だから命の危険が伴う「壁の向こう側」には行けなかった。その一方でエルヴィンは調査兵団の団長になり、最後まで理想を追い求めた。だから危険を顧みずに「壁の向こう側」を目指した。
この二人と同じなんです。髪の色も似てるし。
※追記 あとグリシャとキースも二人と同じかもしれない。
グリシャは壁の中で医者として、人々に貢献するという現実的な道を選んだ。その一方でキースは壁の外で調査兵団の団長として、功績を打ち立てるという理想的な道を選んだ。カルラが選んだのは、グリシャだった…
グリシャもかつてはエルディア復権という理想に燃えていたんですが、島に来る際に全てを失い、二度目の所帯を持った(つまり壁の中で人を愛した)結果、復権派の務めを躊躇うようになってしまった。
グリシャ、ナイル、エレン。この三人は所帯という守るべき存在がある、つまり父親という点で共通している訳です。所帯を持ってしまったから、キース、エルヴィン、アルミンのように理想を追い求める訳にはいかなくなった。家族を守る為に、現実を見るようになってしまった。
しかし、最終的にエレンはアルミンと和解した。いや、最初から和解する事は決まっていた。
二人を再び繋げ合わせたものは何だろうか。貝殻、ミカサの存在、海……
つまり人と人の繋がりなんです。人が人らしくある為には人が必要なのだと。そんなことはエレンも最初から分かっていた。
人が一人以下まで減れば争いは無くなる。しかしそれでは人とは呼べないのだ。人がいなければ「人」は成立しないのだ。人でないということは家畜と同じだ。それは自由であるとは言えない。
だからエレンは託す事を選んだ。人の繋がりを信じて。アルミン達を家畜ではなく「人」にする事を選んだ。エルディアと世界、両方が「人」である為には両方とも必要不可欠なのだ。
精神的な壁という「柵」を乗り越えて初めて、ようやく、人類は家畜から脱却出来るのです。
8割殺した事はエレンの現実主義。島を守る為、皆を英雄に仕立て上げる為、ヒストリアと子供を守る為、何より自分が自由になる為。
しかし2割残した事はエレンの理想主義でもある訳です。エレンもアルミンも根っこは同じだった。
二人とも「壁」の外に出るという「理想」を追い求めただけだった。それだけなんですね。
それでもエレンはヒストリアと子供の事だけは、最後までアルミンにも話せなかった。最後まで壁から出られなかった。それは何故か。
オレは「人」の親にはなれない。あまりにも「人」を殺しすぎてしまったから。エレンはそう考えたんです。
勿論、出生的な意味で、あの子の存在をこの世に生み出すこと、それは凄く大切な事です。しかし、あの子の幸せを考えて、自分は親を名乗りませんよ、と。それはまさしくエレンの現実主義である訳です。
なるほど。ケニーとウーリも二人の関係と同じなんです。見た目もなんか似てるし。
ケニーは暴力という耐え難い「現実」を信じている。ウーリは楽園、あるいは奇跡という「理想」を信じている。二人を友人にしたのは、まさしく人と人の繋がりな訳です。
数ある話の中から、敢えて69話を選択して139話と同時掲載したのは、そういう意図もあったのかもしれない。
あと物議を醸したこのセリフ。
散々エレンの虐殺を否定する為に戦って来たのに、受け入れたら駄目でしょ!!虐殺を肯定してるじゃねぇか!!というね、真っ当な指摘。これを私なりに好意的に解釈し、アルミン君の面目を立てたいと思います。
アルミンは虐殺を受け入れた訳じゃない。エレンを受け入れたのだと。エレンを一人の人間として受け入れたんです。
目の前にいるたった一人のエレンすら救えなくて、一体どうやってこれから人類を救うというのか?アルミンはそれに気付いたからまず、真っ先にエレンを救ったのだと。勿論虐殺された側からしたらたまったもんじゃないですけども。
エレンが現実を見るだけでなく、理想を追い求める事を思い出してくれた。だから、アルミンも理想ばかり追い求めるのではなく、現実を受け入れるようになった。エレンという現実を受け入れた。「この世から争いは無くならない」という現実を受け入れた。
つまり二人の人間的な成長を表している訳です。勿論虐殺された側からしたら以下略。
『お前は自由だ』
そして、この「お前は自由だ」です。
エレンが父親になったとするなら、これにも新しい意味が生まれてくる訳です。
どうしてもこの世の全てを平らにしたかった…
皆さんは、これはエレンが第一段階の「原始的欲求」に従った結果だと解釈してると思うんですが、私はそれだけじゃないと思ってます。
そう、第三段階の「父親的な価値観」も含まれていると思うんですね。
子供(エレン)の「自由になりたい」という欲求と、父親(グリシャ)の「子供を自由にしてあげたい」という親心。子供が「未来」であるなら親は「過去」です。エレンの中では全て同時に存在しているんです。
もうお気付きかと思いますが、第一段階は「子供」、第二段階は「母親」、第三段階は「父親」を表しています。
つまり、この1ページには、エレンの出生主義の全てが圧縮されているんですね。言うなればエレンの人生の結晶。なんなら「進撃の巨人」のテーマそのものと言っていい。
エレンが「わかんねぇ」としか形容出来ないのは当たり前です。それ程壮大なものなんですから。
ダイナ巨人を操作して母親を喰わせたのも、父親を扇動して自分に喰わせたのも、8割の人類を虐殺したのも、仲間たちに殺し合いをさせたのも、
全てはオレがこの世に生まれて来たからだと。「生まれた時から自由」という価値観を肯定する為にやったのだと。
つまりですね…
「進撃の巨人」とは、出生を、「生まれた時から自由であること」を肯定する為の物語だった。
エレンはそれを誰よりも忠実に体現しただけなんです。
いや、虐殺される側からしたら「ふざけんな!!!」と言いたいところですが。私だって言いたい。
実際、エレンは世界から否定されてしまった。最愛のミカサに殺されてしまった。自分が自由に生きる事を否定されてしまった。当たり前です。
では、エレンの人生には意味が無かったのだろうか?エレンが必死に生きてきた意味は?そもそもエレンが生まれてきたことに意味は無かったのか?
エレンは…いらなかったのか?
『そんなことないよ。』
エレンにとっての「自由」とは、「生まれた時から自由であること」。その価値観を肯定してくれたのは、自分の子供だった。
エレンが生まれたから、あの子も生まれて来た。
エレンが「自由」に向かって進み続けたから、あの子は「自由」を得た。
あの子は本当の意味で、「生まれた時から自由」なんです。
だからもうあの子は偉いんです。この世に生まれて来てくれたんだから。
(まあ客観的に見て、8割の犠牲に釣り合ってるとは全く思いませんけどね。HAHAHA)
もうここまで来たら、あの子はエレンの実の子じゃないと意味がないんです。あの子がエレンの実の子として生まれて来る事に大変重要な意義がある訳です。進撃の巨人の物語的に、テーマ的に考えて。
もし仮に、あの子がエレンの子じゃないとして、ヒストリアと子供を作らなかったとして、それは即ちエレンは「自分は子供を残していいような存在じゃない」と暗に認めた事になります。
エレン個人の範囲で「安楽死計画」、つまり反出生主義的な思想を受け入れた事になってしまう。それだけは絶対に避けないといけない事なんです。「人」として。
エレン一人が自由になるだけなら、子供の存在は必要ない。そう考えた人もいると思います。それじゃあ何故エレンは安楽死計画を拒んだのか?安楽死計画は自由じゃないからです。
エレンにとっての自由とは、「生まれた時から自由であること」なんです。だから子供の存在は絶対的に必要不可欠なんです。
エレン本人が本当の意味で自由になる為には、エレン一人じゃ駄目なんです。他の誰かが必要なんです。人が「生まれた時から自由である」為にはそれを認めてくれる「人」が必要なんです。エレンにとってその「人」は自分の子供だった。それだけなんです。
人にとって人と人の繋がりが大事なのと同じです。親子にとって親と子の繋がりは大事なんです。親子も「人」なんです。
親がいるから子供がいる。子供がいるから親がいる。「過去」があるから「未来」があるんです。どちらか片方だけじゃどちらも成立しないんです。「人」じゃなくなってしまう。家畜になってしまう。それは自由じゃないんです。
だから、「進撃の巨人」たるエレンは、むしろ真っ先に子供を作らないといけない存在なんです。それは主人公として、物語全体の象徴として、あの世界のちっぽけな存在として、「人」として、あるいはユミルの民全体の道標として。「反出生主義」を否定しないといけないんです。「過去」を背負った人間として、「未来」を創らないといけないんです。
彼が子供を残す事に意味があるんです。そうする事によって、ようやくエレンは物語全てに「報いた」事になるんです。皆「報われる」んです。
そして何より、あの子がエレンの子であるならそれはつまり、グリシャとカルラにとっては孫である訳です。自分達の息子が孫を、子孫を自由にする為に戦った。それなら彼らも少しは「報われる」でしょう。
勿論、これは「出生」的な意味での話です。子供が「この世に生まれてくる」為には親が必要不可欠です。しかし、生まれた後はそうとは限らない。
この世に生まれたら、もう別に親子の繋がりに拘る必要はないんです。「人」なんですから。別の「人」と繋がってもいいんです。勿論、親子の仲がいいならそれに越した事はないですけどね。
例えばロッドとアルマだって、ヒストリアから見ればとても褒められた親ではありませんでした。しかし、あの二人が存在しなければヒストリアも存在しなかった。その繋がりは認めないといけないんです。
自分の親や先祖が酷い人間だったからといって、「出生」を否定してはいけないんです。「人」として、「人」を生み出さないといけないんです。一人ぼっちにならない為に。だからミカサもヒストリアも母親になったんです。
ヒストリアは最後までエレンを肯定してくれる味方だった…第二段階でヒストリアを取り上げたのはそういう事です。ヒストリアもまた「母親」なんです。
虐殺の上に成り立つエレンの自由すらも肯定してくれた。エレンの子供を生んで、「生まれた時から自由」を叶えてくれた。これを愛と呼ばずして何と言うのか?
エレンの自由と世界で世界を選んだミカサ。エレンの自由を選んだのがヒストリア。どちらも深い愛故に出来ることです。
勿論倫理的に正しいのはミカサです。それは間違いありません。愛する人が虐殺なんてしようとしてたら止めるのが普通です。正義はミカサにあります。
だからこそ、その対であるヒストリアは「最低最悪の超悪い子」なんですね。
そして今度はエレンが第三段階を、ヒストリアが第二段階を、あの子が第一段階を構成するようになった。出生主義を肯定する為の物語の帰結として、これ以上ない終わり方ではないでしょうか。
【進撃の巨人とは、エレンが自分自身の出生を、「生まれた時から自由であること」を肯定する為の物語である。】
それは即ち、エレンが一人の人間として、子供から父親になるまでの成長を描いた物語でもあったということです。
あの子の存在は、まさしくエレンの出生主義の全てなんです。言うなればエレンの人生の結晶。「進撃の巨人」のテーマそのものなんです。
…と、長々と考察して来ましたけども…このエレンの「どうしてもやりたかった」というのは…
作者が「どうしてもやらせたかった」の間違いじゃないの?と思ってるんですよねぇ~本心では。笑
だってねぇ?あんなにノリノリで地鳴らしを描いておいて「虐殺を肯定するつもりは無かった」は無理がありますよ。あなた絶対楽しみながら描いてたでしょ?諌山先生は盛大に批判されるべきです。
というか、こんなどうしようもない漫画をしっかりと真正面から受け止めて、ボロクソに批判できるような世の中じゃないと駄目なんですよ。笑
…と、ここまでエレンが父親になることの意義をだらだらと書いてきました。
もう私の中では十中八九、ヒストリアの子供の父親はエレンだろうと確信しているんですけど、勿論反論もあると思うので、自分なりにその反論に対する反論も書き出してみました。どうぞ。
【エレン父親説への反論】
反論①『エレンに似てない』
最終回以降、いまいちエレン父親説が話題に上がらなかった一番の理由がこれだと思うんですよね。
髪の色、髪型、瞳の色、目の形、鼻の形…どれをとってもエレンとは似てませんね。なんならヒストリアとも似てないと思います。
唯一似てると言っていい眉毛も…
これ、エレンの眉毛というよりはヒストリアの眉毛だと思うんですよね。エレンの眉毛は縁がついてないが、ヒストリアとあの子にはついている。
(いや今までずっとヒストリアの眉毛って横線だったのに何で最終回だけ急に斜めになったのよ?と突っ込みたい気持ちを抑えて…)
取り合えず、あの眉毛はヒストリア由来だということにしておきましょう。しかしそれだと本当にあの子はエレンの顔のパーツを何一つ受け継いでない事になります。(鼻だけは…近くで見ればギリギリ似てると言えなくもないですが…)エレン父親説を提唱するにはこの問題をクリアしないといけない。
(※追記 ひょっとしたら金髪眉毛と黒髪眉毛を区別する為に漫画的表現として縁をつけてるだけかも。金髪眉毛に縁をつけなかったら黒髪眉毛になってしまうので…そう考えると眉毛は普通にエレン由来の可能性もありますね)
始祖の力で髪や瞳の色を変えた?体の構造すら変えられる始祖の巨人の力なら、子供の容姿を変えることも出来るとは思いますが…でも、あくまであの子は生まれた時からああいう容姿であったと思いたい。
始祖ユミル由来の可能性?いやでも正直始祖ユミルと似てるとも思わないんですよねぇ…
という事で、現実的に考えて隔世遺伝でしょう。というか、これを書きたくてこの記事書いたんだよなぁ…
エレンとヒストリアには似ていない。しかし、それ以前の親族に似ている可能性はありますよ、と。
それじゃあ遺伝子を探す旅に出ましょうかね。
まずレイス家から。
異母兄弟のみなさん。
うーん、特別あの子と似ている人はいませんね。じゃあ次。
イェーガー家。…っていうかあっさり見つかりましたね。
グリシャの目じゃないの??????これ
もっと言えば…
めっちゃフェイに似てない???????
目の描き方がまんまフェイと同じじゃないですか!!!!
なんなら鼻の形も似てますね……
いやそりゃね、漫画ですからデザインが似る事はあるでしょう。ガビやアルミンも似たような目や鼻だったと思います。でも実際にエレンの親族にこういう目や鼻の人がいるというのは大きい。
で、このグリシャ母を見ていただきたい。
こ………この癖毛は……………………!!!!
そう言えばジークもちょっと癖毛っぽいところありましたよね。
で、グリシャ父の瞳の色も濃いんですよねぇ…………
間違いねぇ……断言出来る……………
イェーガー家の子だわ、これ。
もっと言うと、エレンも別に父親には似てないんですよね。母親(カルラ)似なんですよ。つまり、エレンはイェーガー系の容姿ではない。
ヒストリアの子供の容姿の方が、むしろイェーガー系としては本来の容姿に近いのではないでしょうか?これもっと話題になっていいと思うんですけど。
せっかくなので家系図にしてみましょうか。
三分ぐらいで適当に作った家系図なんで雑なのは許してください…
うむ。なるほど、エレンとヒストリアは二人とも父親の不貞の結果生まれた子供なんですね。その二人が関係を持ってしまうのは…因縁めいたものもあるのかもしれない。
(あと…レイス家とイェーガー家って…0ス家と、1ェーガー家ってこと?2つ合わせて10?訓練時代のエレンの順位が5位、ヒストリアが10位…偶然?)
何よりあの子がイェーガー家の子だと言うのなら…
グリシャ父にエレンが会いに行ったのも…なんか感動しますね。
この二人もまた、現実主義的な「父親」という点で共通している訳です。
グリシャ父も、フェイが死んだ時、これ以上家族を失わない為にマーレに屈するという現実的な道を選んだ。エレンもまた、家族を守る為に和解という理想的な道を諦め、マーレを滅ぼすという現実的な道を選んだ。
(グリシャ両親って、結局あの後どうなったんですかね?地鳴らしで殺されたんですかね…そういうところちゃんとしっかり描くべきだと思うんですが…)
そして、なるほど…あの子の存在はイェーガー家の救済も兼ねている訳ですね。(これは言ってる人他にも居ましたね)
グリシャ両親、グリシャ、フェイ、ジーク、ダイナ、カルラ、エレン…
みんな死んだけどあの子だけは生き残った、イェーガー家が紡いできた血は残りましたよ、と。
(一応レイス家の救済も兼ねているのかな?あの子が巨人継承の義務や不戦の契に侵されなかったのはエレンが戦ったおかげだと…その為に殺されるんじゃレイス家側からすればたまったもんじゃないですが…)
作中で最後まではっきりと描かれなかったサスペンダー君の顔、赤の他人が書いたキャラ名鑑の記述…
作中で匂わされているエレン父親説、実際に作者が作中で描いたイェーガー家の容姿や描写…
どっちが説得力あるかと言われたら…私だったら後者ですけどね。
とりあえずエレン父親説最大のネックだった容姿が解消されました。次行きましょう。
反論②『エレンはミカサが好きなんじゃないの?』
いや普通に考えてミカサも好きだけどヒストリアも好きだと思いますよ。だってグリシャの息子だし…
まずグリシャとダイナ、カルラの関係は明らかにエレンとヒストリア、ミカサの関係に重ねられてるじゃないですか。そんなことはずっと前から読者の間で言われてきたことです。
で、実際139話ではエレン父親説を強烈に匂わせたまま終わった。もうこれが答えなんじゃないかと。
まあ確かに、120話の記憶の断片では明らかにミカサが一番大きかったので…ミカサが一番好きなんじゃないですかね。(あれは単純にミカサが鍵だ、というのを表してる可能性もありますけども)
120話。
130話。
130話でもミカサが一番大きい……と思わせておいて一番大きいのは右上のヒストリアじゃねぇか!
あれ……もしかして120話と130話でバランス取ろうとしてる?
アッハイ。
…いやアンタだって始祖ユミルの未練の正体分からなかっただろ!エレンの恋愛相談に乗ってたくせに。
始祖ユミルの未練は愛。何故エレンにはそれが理解出来たのか?それはエレンがミカサの事を愛していたから…
というのが大多数の読者の認識だと思います。しかしちょっと待ってほしい。
エレンが始祖ユミルちゃんをあすなろ抱きしたのは122話ですよね。その122話は、ヒストリアの「女の子らしくって何?」という回想から始まるんです。
これはフリーダの記憶ですが、その後始祖ユミルの回想へと続き、エレンの「終わりだ」と繋がっていることから、エレンはこのフリーダの記憶を見ていることになります。
で、このヒストリアちゃん………めちゃんこ可愛くないですか?(個人的な意見)
作者が明らかに気合い入れて描いているのが分かると思います。
このヒストリアちゃんがめちゃくちゃ可愛い理由は…
このミカサちゃんがめちゃくちゃ可愛い理由と全く同じなんじゃないでしょうか?笑
どうなんですか?エレンくん。エレン的には二人とも美人判定なんですかね、やっぱ。
反論③『ヒストリアはユミルが好きなんじゃないの?』
いやこれも両方好きでしょう。普通に考えて。
少なくとも、130話の描写を見る限りでは、ヒストリアがエレンの事を好きだったのは間違いないと思います。
130話では色んな会話が並行的に描かれています。
例えばエレンとフロックの「世界を滅ぼす」→ヒストリアの「そんなの間違ってる!」とか。
で、ジークの「お前が好きなだけだ」に重ねられるヒストリア。
普通に考えて、ヒストリアもミカサと同じくエレンの事が好きだということでしょう。
問題なのはこれがエレンの回想だということ。「お前が好きなだけだ」と言われて、エレンはヒストリアの事を思い浮かべている。
つまり、少なくともエレンはヒストリアが自分の事を好きだという事を自覚しています。(ひょっとしたらエレンが勝手に「ヒストリアってオレの事好きなんじゃね?」って思ってるだけかもしれませんが笑)
このやり取りをどう解釈するかですよね。
エレン父親じゃないよ派の場合、
「で?お前はどう応える?」
「何言ってんだ兄さんオレは長生きしても後4年しか無いんだぞ(だからミカサの想いにもヒストリアの想いにも応えないよ)」となり、
エレン父親だよ派は、
「で?お前はどう応える?」
「何言ってんだ兄さんオレは長生きしても後4年しか無いんだぞ(というのは建前で実際はヒストリアと子供作ったからミカサの想いに応えるわけにはいかないんだよ)」
あるいは、
「オレは長生きしても後4年しか無いんだぞ」
「じゃあなおさら子供残さないと駄目じゃん!!(私が…子供を作るのはどう?)」
となる訳です。
私は最初前者かなぁと思ってたんですが……最終回であそこまでエレン父親説を匂わされた以上、今では後者のどちらかだと思ってます。
前者だと思っている方は、思い出してほしい。エレンって、ジークとの会話では嘘を付いてますよね?嘘と本音を織り交ぜていますよね?
皆に幸せになってほしい。これは間違いなく本音です。なら「後4年しか無いから想いには応えない」は嘘である可能性があります。
後4年しか無いから子供は作らない。これは明らかにエレンの思想と反している訳です。もし仮にエルディア人全員の寿命が残り4年になったら、誰も子供を残してはいけない事になります。そのまま滅びを受け入れるだけになってしまう。エレン的には、受け入れられないでしょう。
で、実際その直後にエレンはヒストリアの「子供を作るのはどう?」を思い浮かべている。これはもう…そういう事なんじゃないでしょうか。
エレンが最後までミカサの想いに応えなかったのは、「後4年しか無いから」では無く、ヒストリアと子供を作ってしまったから。私の中ではそういう事だと考えています。
そしてこの後エレンの自傷行為に続く訳ですが…
これは私、エレンの覚悟を表しているんだと思います。ミカサの想いに応えず、仲間たちの元から離れ、世界と戦う…あの子の父親になるという事はそれ程の覚悟を求められるのだ、と。勿論全ては「ミカサやアルミン、皆を救うため」でもありますけども。
一旦エレンとミカサの話に戻します。
エレンはミカサの事が好きだった。それは間違いありません。では、エレンはいつからミカサを異性として、一人の女性として意識するようになったんでしょうか。
ガキの頃からずっと嫌いだった。これが嘘ならガキの頃からずっと好きだった?
いや私はエレンがミカサを異性として意識するようになったのは割と最近だと思ってますよ。子供の頃からずっと、家族として大切な存在だったのは間違いないですが。
マフラーを巻いてくれてありがとうの時?いやでもまだマルロと同じぐらい鈍感だしなぁ…(ZENZEN気のないフリしても結局君の事だけ見てた可能性はあるけど)
自分の寿命が残り8年もないと知った時?ヒストリアの手に触れて未来を見た時?でも2年前のこの時点でもまだまだ鈍感野郎です。
ミカサが自分の子供にだけ見せる刺青を何故エレンにだけ見せたか。それは、エレンとの子供を望んでいるから。(何でハッキリ言わないのミカサちゃん…)
エレンはその事に気付いてない様子。うーん。
エレンがはっきりミカサの事を意識するようになったのは、やはり1年前の「お前らが大事だからだ」から10ヵ月前の「オレはお前の何だ?」の間だと思います。
エレン父親説を前提に考えるなら…10ヵ月前、エレンはヒストリアと愛し合って、そこで初めて異性との愛を理解した。
そこでようやく「今までミカサがオレの事を気にかけてくれた理由は、オレの事が好きだからじゃないのか?」と気付いた。
で、実際に本人に聞いてみた。しかし返ってきた答えは「あなたは家族」。
それ以降エレンは皆の前から姿を消すわけですが、その間ずっとモヤモヤしてたと思います。で、今度はジークに聞いてみた。
「お前が好きなだけだ」。でもオレは…ヒストリアと子供を作ってしまった……今更止まる訳にはいかない……
ヒストリアと関係を持ってしまったのに、心の奥底ではどんどんミカサへの想いが募っていく……
と、こんな感じじゃないですかね?(適当)だらしねぇ男だなエレン…
でもあくまで心の奥底に仕舞ってたんなら、二股にはなりませんよ。ミカサも孕ませてたらグリシャでした。まあ私は別にそれでも良かったと思いますけどね。(ゲス顔)
反論④『ヒストリアは胸張って生きられるの?』
ヒストリア自身は、ミカサはエレンが好きだというのは理解していたはず。その上でエレンと子供を作ったとなると略奪愛みたいになってしまう……
少なくともこの時点ではミカサの代わりにエレンを取って食おうと思ってた訳ではないと思います。心の奥底でエレンに対して恋愛感情を秘めていたかもしれませんが。
これを受け入れるという事は、つまり始祖持ちエレンとは必然的に結ばれない事を意味しています。
だってそんなに頻繁に接触してたら何が起こるか分かったもんじゃないので。
ヒストリア本人としては、やはりエレンにはミカサと結ばれて幸せになってほしいと思っていたはず。しかし……
キュンときたね?(確信)
獣の継承を本心では望んでいなかった。そして何より、エレンが真っ先に自分の事を庇ってくれた。それが単純に嬉しかったんだと思います。
もう色んな感情がごちゃまぜになっちゃって…
ミカサがエレンの事を好きなのは分かってる…分かってるのに…心の奥底ではどんどんエレンへの想いが募っていく………
と、こんな感じじゃないですかね?(適当)どうしようもねぇ男だなエレン…
でこんなこと言われて…
あっそう…そういう事言うんだ…ふーん……
エレンが悪いんだからね…?私は今まで普通だったのに…エレンのせいで今私…大変な事になってるんだから……
略奪愛に走ってしまったと。エレンが悪い。
冗談はさておき、ヒストリア本人としては残り短いエレンの為に、せめて子供だけでも生んであげたいという思いもあったんじゃないですかね。
そもそもミカサちゃんがはっきりしないのが悪いんですよ。チャンスは誰だって平等に…いやミカサちゃんの方が10年ぐらい一緒にいたんですから圧倒的に有利だったはずです。でも自分からエレンとの関係を進展させようとはしなかった。もうその時点で文句を言われる筋合いは無いんですよ。
何よりヒストリアのその想いに応えたのはあくまでエレンの意思でしょう。ヒストリアに自分の子供を生んでほしかった。ただそれだけ。だからヒストリアちゃんは悪くないよ!!
反論⑤『これから人類を虐殺するような人間が子供を作るだろうか?』
これは順番が逆だと思います。人類を虐殺するから子供を作るんじゃない。
子供を作ってしまったから人類を虐殺する他なくなったのだと。
エレン本人はヴィリー・タイバーに宣戦布告される、その直前まで他の道を探そうとしていました。
そもそも「殺戮者だから子供を作っては駄目」というのは、「エルディア人は悪魔の末裔だから子供を作っては駄目」と本質的には同じでしょう。
エレン的には「そんなの納得出来ない」ってやつじゃないですかね?
生まれた時から自由なら、子供を作るのも自由でしょう。エレン本人が望んだなら。
反論⑥『結局増える本能に囚われたままじゃないか?』
これはつまり、137話でのジークの「生命は増える性質を持っている。それだけのしょーもない話」に対して、アルミンの「増える以外にも大事な事があるよ」というやり取りを指している訳ですね。
もしエレンが子供を作ってたら、増える本能に囚われたままということになり、ジークとアルミンの会話が台無しになるじゃないかー!という指摘。
いや待ってくださいよ。「三人でかけっこする」事が出来たのは、三人がこの世に生まれてきたからですよね?
つまりこの世に生まれてくることはもう絶対的に正しくて、偉いんですよ。
だから子供は親に感謝しろ!って言いたい訳じゃないですよ。しかし親が子供を作らなければ子供は存在しなかった。それが現実です。
だからジークもグリシャに「一応」感謝した。
クサヴァーさんとキャッチボールする事が出来たのは、グリシャが自分をこの世に生んだから。
ジークはそれを受け入れる事が出来た。
エレンとヒストリアも父親の浮気の結果生まれてきた子供です。父親の行為は決して褒められたものじゃないけど、しかし父親が浮気をしなければあの二人は生まれて来なかった。それは受け入れないといけない。
ヒストリアもロッド巨人を討伐した時、彼の記憶を見てそれを心の中で受け入れたんじゃないでしょうか。
親の気持ちが理解出来た。だからこそ親になる事が出来た。
ヒストリアの子供の父親が仮にエレンだとして、あの子はエレンとヒストリアが愛し合ったから生まれて来た訳です。ヒストリアが他の男性と愛し合っても子供は生まれてきます。でもそれは「あの子」ではないんです。
だから、あの子にとってはエレンとヒストリアが愛し合った事は正しいんです。それはそれとして、子供の幸せを考えてエレンが父親であることは伏せますよ、と。それとこれとは全くの別問題ですからね。
反論⑦『父親として無責任、薄情ではないか』
あと数年(実際には数年も無かった)しか生きられないのに子供を作るような真似をエレンがするだろうか?
仮に作ったとして、それは無責任な行為ではないか?という指摘。
いやそれは散々書いたでしょう。「あと数年しか生きられないのだから子供を作っては駄目」は安楽死計画と全く同じ思想なんですよ。
エレンが子供が欲しいと思ったら、それはもうどんな理由があろうと誰にも奪われてはいけない、正当な権利なんです。人権なんです。それが奪われそうになったからエレンは地鳴らしで世界と戦った。それだけなんです。
実際に最終回ではエレン父親説を匂わせているのだから、逆算的に考えてエレンは自分の子供がこの世に生まれる事を望んでいた。それは物語的にも、「進撃の巨人」のテーマ的にも一貫してる事なんです。
もう道徳的に間違ってるとかそんな話じゃないんです。偉いんです。
無責任…いや自分の妻と子供を守る為に地鳴らしまでしたんですから父親としては十分頑張ったほうでしょう。むしろ責任を取る為に戦ったんです。
しかし、エレンとしては自分が父親だと子供が不幸になると思った。だから孤児院に預けた。
自分が父親であることは子供の幸せの為に伏せておきたい。だからアルミンにも話せなかった。それはもうどうしようもないし、しょうがない事です。
エレンは死んだ後おそらく鳥に転生した(?)と思われますが、あの子の誕生パーティには顔を出してない。仮に父親だとしたら薄情な父親にならないか?という指摘。
いや、私としては死者はもう現世にあまり干渉すべきでは無いと思っているので。そもそもあの子にとって父親はもう生まれた時からサスペンダーくんなんですからあそこにエレンの居場所は無いんです。鳥さんも「祝いたいけど…オレには親になる資格なんて無いんだ…泣」とか思ってるかもしれませんし。
このミカサの反応からして、エレンは頻繁にミカサに会いに行った訳ではないでしょう。3年あってあれが初ではないでしょうか。なんならミカサに会ったのはあれが最後かもしれない。何度でも巻いてやるとは言ってたけど…どうなんだろ。
少なくとも娘に会わなかったからといって薄情という事になりませんよ。だってエレンが戦わなければあの子は地獄に落とされていたんですから…
反論⑧『物理的な父親ではなく、あくまで物語としての象徴的な意味での父親ではないか?』
どういうことかと言うと…
エレンの生首とあの子が重ねられているのは、二人が血の繋がった親子だからという理由ではなく、もっと他の意味があるのではないか?という発想です。
例えばエレンが死を、あの子が生を表しているとか。「愛すべき者を抱える」ミカサとヒストリアの対比であって、エレンとあの子は全く関係無いよとか。
あの子のフード付きローブも、ヒストリアが「この子の物理的な父親はサスペンダー君だけど、エレンが戦ってくれなかったらこの子は死んでた訳だから、もう一人の父親的な存在としてエレンに感謝してるよ」的な理由でエレンが着ていた服と同じ服を着せたのかもしれない。(いやでもそれだと108話のあの場面にフードエレンがいる必要性を感じられない気が…)
まあつまり、血の繋がりは無くて…あくまで象徴的な、精神的な、メタファー的な意味での父親にエレンはなったのでは?という可能性。エレンの生首とあの子が重ねられているのはそういう事じゃないのか?という指摘。
こういった指摘には………すみません、私は具体的に反論出来ません。
何故ならエレン父親説は作中で明言された訳ではなく、あくまで匂わされているだけに過ぎないからです。
私の中ではあの子は十中八九エレンの子だろうと確信している訳ですが、それはあくまで私の中での話。他の人がどう思うかは自由なんです。
それはサスペンダー君父親説も同じ。(キャラ名鑑?あれは公式ではあっても作者が書いた訳ではない外部の存在なので…あくまで原作内で完結すべきでしょう)
いやぁでもなぁ…エレンの子じゃないとしたら必然的にサスペンダー君の子になる訳ですが、彼の容姿が最後まで描かれなかった以上は何とも言えないと思いますよ。彼の容姿を見た訳でもないのに、勝手にあの子の瞳とか髪型とか鼻とかの容姿を彼由来だと決めつける事になりますからね。
もし仮に、エレンが父親では無かったとして、ヒストリアに対して恋愛感情は無くて、最後までミカサ一筋だったとして…
地鳴らししてまで、自分が悪者になってまで島や仲間たちを守ろうとしたのに、結局その島は100年後くらいに滅ぼされてしまうし…
最愛のミカサは他の男に取られてしまうし……
死に物狂いで無くした巨人の力も何か復活しそうな雰囲気だし……
エレンがちょっとかわいそうじゃないですかね?
そりゃね、虐殺をするような人間が幸せになっちゃいかんと思いますよ。しかしその「どうしてもやりたかった」というのも作者が「どうしてもやらせたかった」の間違いじゃないの?と思ってしまうんですよねぇ………エレンは哀れだ。
それならせめて子供ぐらいは残しててもいいんじゃないでしょうか?と私は思う訳です。
可愛い女王様に自分の子供を生んでもらえるならこれ以上無い幸せですよ。
そして何よりエレンが子供を作るということはエレンだけでなく、イェーガー家の救済という側面もあり、エレンの人間的な意味での成長も描けるんです。
いやそりゃね、私だってエレンが虐殺なんてせずに上手い事始祖ユミルの未練を晴らし、世界ともいい感じに和解して、紆余曲折を経てミカサと結ばれて、子供を儲けて老人になって孫達に囲まれながら最後まで幸せに暮らすのが一番良かったと思いますよ。
しかしそうはならなかった。それはもうどうしようもない。しょうがない。無いものねだりは出来ない。じゃあ一番マシな解釈を選ぼう。
そして、あの子の父親がエレンだとすると、私としては色々な面で納得するんです。それだけです。
何よりミカサの救済という側面もあります。ミカサはエレンを殺してしまったけど、エレンの子孫は生きてますよ、と。ミカサとしては罪悪感が和らいだんじゃないでしょうか。
(ヒストリアがミカサにあの子の父親の事を話したかは分かりませんけど)
そしてエレンが二股野郎だったということを知って(厳密には二股はしてないけど)、ある意味で吹っ切れて、じゃあ私も新しい恋を始めようか、となる訳です。
エレンが二人の女性を愛した。だからミカサも二人の男性を愛する事が出来るようになった。そしてジャンもそんなミカサが好きだから受け入れて結婚した。winwinな関係な訳です。
う~ん…しかし…まさかジャンと結婚するとは…うーん…ジャンとミカサ…
この並び…1位と6位…5位と10位…偶然だよね?流石に…ハハハ…
【最後に】
「そんなの嫌だ!エレンが父親だなんて…!」って人も勿論いると思います。その人はもうそのままで構いません。あくまで無数にある考察の中の一つだと考えて頂ければ。
しかし…「キャラ名鑑を読んで…エレンが父親でないと知って…オレはガッカリした」と思っている人には是非読んでもらって、「そんなことないよ」って伝えに行きたいですね笑。
私個人の意見としては、FF8のリノアル説とかパワポケ9主レッド説みたいに、エレン父親説もファンの間で考察要素として残ってくれたらいいな、と思ってます。はい。
では最後に…
「進撃の巨人」は「未来」に向かって突き進む物語。
そして、「子供」は「未来」である、と。
…この物語をどう捉えるかは、貴方の自由です…。