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米津玄師と友だちだった”記憶”
「存在しない記憶」って言葉、知ってますか?
もともとガンダム用語だったのに一般的な言葉になった「黒歴史」の逆パターンで、ネットスラングが『呪術廻戦』用語になった言葉。それが「存在しない記憶」です。
米津玄師の初期作品であり、彼のボカロP名義「ハチ」の2ndアルバム『OFFICIAL ORANGE』についてのYouTube動画を撮っていたら、そんな米津玄師と友だちだった記憶が、自分の中に生まれていることに気がつきました。
ちょっとヤバいとは思いますが、これは僕だけじゃないはずです。
好きな音楽と青春と思い出
音楽と青春時代って密接です。
Web上には「大人になってからの音楽の好みは14歳の時に聴いた音楽で形成されている」「音楽的嗜好、10代には確立 30歳から関心薄れ」といった研究結果や記事が溢れていますし、その多くは実体験と結びつけても納得です。
僕は音楽を仕事の一つとしているので、今でも毎日新しい音楽をたくさん聴いていますが、それでも10代の経験がとくに強烈に残っているのは確かですからね。
そう。「ハチ」の2ndアルバム『OFFICIAL ORANGE』について話していたら、10代〜20代前半までの記憶が一気に蘇ってきたということなんです。
2010年にリリースされた本作が参照していると思われるのは、2000年代のUK/US、そして日本のインディーロックやポストロック(具体的なアーティスト名は動画をご覧ください)。
それらは僕の青春の一つです。
この手の音楽が好きな人は「クラスで誰とも好きな音楽を共有できず、孤独に楽しんでいた」といった思い出を語ることが多いのですが、僕はかなり幸せな方だったようで、学校では毎日のように友人たちといろんな音楽の話をしたり、誰かが持ってきたギターでそれを弾いたりしていました。成人してからはクラブイベントを一緒に開いたりもしました。
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そんな経験や環境のおかげで僕はこうして音楽を仕事にしていますし、何人かの友人はミュージシャンとしてメジャーデビューして今も音楽を作っています。
で、不思議なもので「ハチ」の2ndアルバム『OFFICIAL ORANGE』を聴いていると、米津玄師さんもそんな友だちの中にいたような気がしてくるんです。
(彼は僕の友人たちが作った音楽を聴いていると思われるので、実際に間接的に繋がっているはずですが、それはまた別のお話)。
記憶は改竄されるものだし、誰もが何かで繋がれる
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そんなちょっとヤバい「存在しない記憶」が自分の中に芽生えていた頃、Xでとある貴重な記録を見かけました。
その投稿では、まだデビュー前、10代の米津さんの発言が紹介されていました。
徳島新聞「県内、帰省ラッシュ始まる 大きな荷物抱え続々」という2009年の記事です。
大阪市東住吉区から徳島市内の実家に帰省する専門学校生の米津玄師(けんし)さん(18)は「やっぱり徳島は時間の流れがゆっくりとしていていい。阿波踊りを見にいったり、地元の友達とワイワイ騒いだりして過ごしたい」と話していた。
なんかこの言葉、すごくいいなと思ったんですよね。
好きな音楽を媒介とした親近感を覚えていたからか、米津さんの「地元の友達」にも謎の親しみが芽生えましたし、『OFFICIAL ORANGE』解説の中では「阿波踊りが身近にある環境の影響を感じずにいられない」的なことを話したばかりだったので、その納得性もありました。
「友だちの友だち」は友だち。
このコンセプトって、ある程度の排他性もあるけれど、基本的には平和なものだと思うんです。
僕らのYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」は、これまでの音楽雑誌やWebメディアが取りこぼしてきた「”音楽ファン”以外」も明確に意識して、音楽の話題をお届けしています。
「この音楽好きなんだ?それならこっち来て話そうよ」みたいな感じです。
そして、米津玄師こと「ハチ」の2ndアルバム『OFFICIAL ORANGE』に、僕はそんな感覚を覚えました。
そこで歌われている歌詞や表現には、もっと痛みや苦しみのような感覚も多数含まれています。
でも、根底にあるのは、音楽を作ること/聴くことで、名前も知らないインターネットの向こうの誰かと繋がれる喜びなんじゃないかなって思ったんです。
(照沼健太)
↑僕が以前行った米津玄師さんへのインタビューです。