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かと言ってそれは愛されていなかったわけじゃない

母は私のことを褒めない人だった。
褒められた記憶は二回程しか、無い。

その根底に私は母に愛されていなかったのか。
結論から言うと愛されていたし大切にされていたと思う。

私が褒めない母を憎んだりするに至らなかったのは、母は私を褒めはしなかったが何かと比較した評価もしなかったからだ。「○○ちゃんはできているのにてかりは何故できないのか」とか「100点満点中のあと5点が何故取れないのか」とか、そういった評価をされたことはないのだ。

父もそれは同じだった。母や兄弟から言わすと一人娘の私は父から溺愛されていたようだった。

だが父は一つの悪気もなく「バカだな」という口癖があった。母は私を褒めることは無かったが父が私に言う「バカだな」という言葉には「バカじゃない」と必ず否定しくれた。父のそれも私を可愛く思うあまりの発言であったのだろうことはずっと先にわかることなのだが当時はバカバカ言われて慣れてしまって特に腹が立つことも無かった。

しかしあまりに毎日毎日言う父のその言葉に母は苛立ったのだろう。「これからバカって言うたびに100円罰金ね」と父に言ったのだ。父はゲラゲラ笑いながら特段いつもと変わらずおちゃらけた様子で「まいったな!」なんて言っていた記憶がある。

当然本当に100円罰金が続くはずもなく私はそれを手にすることはなかったが、先日「ほんとバカだな」と私の娘に言った父にふと昔を思い出し「100円罰金ね。そう言えば私、貯まった罰金貰ってない。もうそろそろ3000万円くらい貯まってんじゃない?ちょうだいよ」と言った。父は「バカじゃねーの!」と大声で笑った。

私の娘が「バカだなぁ!」と言われると、私が言われたそれと全く同じ温度の言葉なのに少しだけ腹が立ったのを実感した。母もきっとこの気持ちと同じだったのではないか。そして母は孫である私の娘が「バカだな」と言われた時も「心がひねるからやめて」と父を叱った。父は少し、しょぼんとした。

不思議なもので私は母から褒められた記憶がほとんど無いのに、孫娘のことは本当によく褒める。ただ、典型的な子供の描く絵を見て上手には褒めない。本当に凄いと思ったことはストレートに褒めるのだ。

そしてそれを見ていると、この人はただただ素直な人なのだろうと思う。人付き合いは面倒くさい、外へ出掛けるのもあまり好きじゃない、来る者は拒まず去る者は追わず、でも何故か人望は厚くよく頼られる人。裏表があまりないからなんだろうな、と大人になってから少しだけ気付いた気がする。

私が娘に小言を言っては叱る姿を見て母は言う。「このくらいどうってことないのにガミガミ怒らなくても良いじゃん」と。待って、お母さん。私の記憶が正しければ、お母さん、私はあなたに同じくらいよく叱られていたのだけれど?そこだけが、解せない。


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