川崎物語 貞山うそ日記 VOL,2
20XX年02月22日 (月)
恐竜。
それは太古の昔に存在した大型の動物たちである。
それが何と、牛丼屋で飯を食っていると不意に恐竜の鳴き声がした。
弾かれたように確認すると、
二つ隣でビールを飲んでいた親父のゲップだった。
絶滅してヨシ!
20XX年 02月23日 (火)
川崎は今日も表面的には平和に見えた。
国道15号は朝の渋滞が終わりつつあり、幾らか流れが良くなっている。
待ち合わせのデニーズに入り一人でテーブル席に陣取った。
11時までまだ30分以上ある。今日も僕は仕事がなく、それでも暇ではない。
確定申告の準備のため税理士との約束がある。
毎年のことながら憂鬱なイベントである。
僕は数字が大っ嫌いだ。そもそも数学どころか算数も怪しい。
九九は言えるが分数は理解できない。数字アレルギーと言ってもいい。
とにかく数字が嫌いだ。たまに出会う、刻んだ玉ねぎが入っているラーメンより嫌いだ。ところでなぜラーメンに玉ねぎを入れるんだろう?好みの分かれる野菜はデフォルトで入れるよりトッピングにするべきだと思うのは僕だけだろうか?それともみんなタマネギが好きなのか?イチゴやメロンほどの権利は奴にはない。ピーマンやセロリほどの悪役ではないが、人参や椎茸よりはガラが悪いと思う…。
数字に向き合いたくないので延々とくだらない思考に逃げる。
ため息をついて時計を見ると、待ち合わせの11時に近づいていた。
一応領収書はまとめてある。
電話が鳴った。
「ごめん。今日行けないや。また今度ね」
税理士のてへぺろに殺意が沸いた。
仮に僕が全知全能の神なら怒りの雷撃を100発叩き込んでやるところだが、ぼくは平凡なおじさんだったので、そっと携帯をしまった。
普段は絶対に食わない蒙古タンメン中本の激辛ラーメンが食いたくなった。
20XX年 02月24日 (水)
男が棒のように立っていた。
サラサラと冷たい雨が降る夕方に真っ黒い棒がスッと一本立っている。
レキが警報のように高く鳴いた。
管狐のレキは僕が子供の頃からの相棒で、もう40年の付き合いになる。
ペットではなく守護霊獣とでも言えば良いのだろうか?
とにかく子供の頃に出会い、それ以来一緒にいる妖怪(西洋風に言うと妖精?)である。呼べば出てくるが、普段は姿を見せない。
固く逆立ったレキの毛を撫でながら、雨の中に立っている男を観察してみた。
歳はおよそ30代で背が高い。体つきはがっしりしている。黒の軍パンに黒のフリースで、ファッションに興味があるようには見えない。目印の赤いフレームのおかしな眼鏡をかけている。全く似合ってないが気にするそぶりはない。
立ち姿はだらしなくも、姿勢正しくもない。地面に長い棒を一本突き立てたような直立で、雨に濡れてもみじろぎひとつしない。
おかしな男だ。
レキを肩に乗せたまま車を降りた。
管狐は霊獣なのか妖怪なのか妖精なのか知らないが、基本的に僕以外の人間には見えない。雨にも濡れないが僕自身は物理接触が可能だ。
男に近づき声をかける。
「サトウ工業の方ですか?」
打ち合わせ通りの合言葉みたいなものだ。
「スズキ工務店か?」
想像より高くて綺麗な声で返事があった。
僕の肩の上でレキが威嚇の唸り声をあげている。姿は見えないはずだが男は肩の上に視線を向けている。僕は預かってきた品物を渡して確認の電話を頼んだ。
男が電話で確認する様子を静かに見守った。個数が合っていること。封印が解かれていないことなどを確認してもらう。裏仕事ではこの確認が一番重要で、絶対疎かにしてはいけない。
「では、これで」
電話を済ませた男に挨拶をして車に戻った。
背中越しに「俺もイタチ欲しいな」と聞こえた。
エンジン掛けっぱなしの車に乗り込み、がっかりしているレキを撫でてやった。
妖精を見ることができる人間は稀だが存在する。
レキは人の言葉が分かるので自分がイタチに間違われたことに傷ついていた。
横浜から千葉の某田舎町までの裏仕事¥50000完了である。
「荷物」の中身は知らない。知らなくていい。
僕はただの軽貨物配送事業者である。
20XX年 02月25日 (木)
今日も雨。
フードデリバリーでもやれば稼ぎは上がるとわかってるものの面倒臭くてなかなか腰が上がらない。
昨日の裏仕事の売り上げは大きいものの単発では話にならないし、しょっちゅうある仕事でもない。稼ぎのメインはあくまで普通の運送の仕事だ。フリーの運送屋である僕は複数の顧客を持っているが、仕事というのはなぜか重なるもので、暇な時はみんな暇。忙しい時はみんな忙しい。
こんな日は開き直って酒を飲む。昼から飲む酒は最高に美味い。
何か動画のネタはないかと頭を捻る。3年半もやっていると流石に何も思いつかないが、これも仕事なので何とか捻り出さなくてはいけない。意外かもしれないが、日経新聞を読み、業界紙の物流weeklyも読む。動画で楽して稼ぐために情報収集は欠かせない。怠惰を求めて勤勉に至るってヤツですね。
そんなこんなで動画を一本撮り終えると酒がちょっと旨く感じる。
明日のスポット便の荷物を確保し、さらに酒が旨さを増す。
満足して風呂に入り綺麗になると、最高に酒が旨くなる。
そんな日々を繰り返しているので僕は週4日労働である。
幸せな気分で早めに就寝。
20XX年 2月26日 (金)
前日確保していたスポット仕事に出た。
千葉の船橋市にある冷凍倉庫からの集荷で、同じ千葉の成田市へ届ける仕事。食品ではなく薬品だった。約15000円。
その後うまく繋がり、川崎東扇島から冷凍食品を積み福島県会津若松市まで高速移動で配達。こちらが48000円。
本日の売り上げ63000円也。なかなか良い仕事でした。
夕方に終わったので地元の喜多方ラーメンを食ってのんびり下道での帰宅。
ここら辺が個人のいいところですね。地元のうまい飯を食って、自分のペースで移動できます。急いでいれば自己判断で高速も乗れますし、今日はのんびり休憩しながら夜の空いてる道を帰ります。
20XX年 02月27日 (土)
タケノコ、人参、牛蒡、茗荷をとにかく小さく刻んだ。
酒、みりん、酢、塩、砂糖(多め)
今日は稲荷寿司の日である。と言っても決まった日があるわけではない。月に一回は稲荷寿司を食わせる契約になっている。管狐レキとの約束である。その程度でいいならと、最初は軽く考えていたが実際は結構面倒臭い。だが仕方ない。約束は約束である。手作りである必要はないが、自分で作ったほうがうまいので最近は手作りしている。
炊き込んだご飯を冷まし、甘めに煮込んだ油揚げの中に詰めていく。炊き込みご飯ではなくただの酢飯でいいのだが、そこは僕の美味しいものへの探究心がそうさせる。
レキは守護霊獣ではあるが基本、姿を現さない。見えないどこかに潜んでいるらしい。呼べば出てくる。先日イタチに間違われたように狐にしては体は小さいが、尻尾は大きく、体と同じくらいのサイズがある。こちらの言葉は理解するが喋れはしない。頭の中に直接語りかけることもできるようだが、あまり会話は得意ではないらしい。なので僕もあまり彼に答えは求めなくなった。簡単な意思疎通は態度や仕草で何となく理解できる。
稲荷寿司ができる前から姿を現したレキがソファでくつろいでいる。機嫌がいい。
料理をする時用のバックミュージックであるレゲエのリズムもお気に入りらしい。
今日はガーネットシルクの甘いレゲエで作業をした。僕自身料理は嫌いではなく、長いひとり暮らしの経験から家事はひと通りこなせる。ただ、洗濯は嫌いだ。洗濯は不毛である。
レキと一緒に稲荷寿司を食べ、午後になったので酒を飲む。ダラダラと過ごす気持ちよさは最高と言っていい。あまり儲かってはいないが、この自由なライフスタイルが気に入っている。20年以上トラックの運転手をやってきて今この自由さを味わったらもう戻ることはできないだろう。
堕落は麻薬、、、
20XX年 02月28日 (日)
世間的な休日ではあっても個人事業主には関係ない。いや、ある。世間が休みだと仕事が少ない。なので我らも休みになる確率が高い。そんな時は開き直って来週の仕事を探すのである。事前にスケジュールを埋めておくのは精神衛生上とてもいい。
元反社(自称)の高橋さん(仮)に電話して見た。すると、意外にも来週仕事があるらしい。確実な日取りは分からないが『肉』を運ぶ仕事が出る予定だそうだ。
僕の車は軽の冷凍冷蔵車なので要冷凍、冷蔵の対応ができる。もちろん普通の常温ではないため単価も良い。
「できるだけ早めに予定教えてください」
「まだ『生肉』だから早くて火曜くらいだな」
「わかりました。よろしくお願いします」
電話を切ってタバコを一服。高額な仕事が舞い込みそうで嬉しいが、ハイリスクでもある。高橋さん経由の『肉』の仕事は何回か受けたことがある。もちろん普通の肉ではあり得ないでろう。だが、そこは僕には関係ない。荷物が何であろうが指定の場所に運ぶのが僕の仕事だ。中身が何の『肉』であろうと重要ではない…。
VOL,2おしまい
さて2作目も描き終わりました。
みなさま感想など頂けますとファイナルサンダー嬉しいです。
設定が安定するまでもう少し掛かりそうですが、無理に軌道修正せずに登場するキャラクターにお任せしましょう。
前作でも描きましたが、基本無料で読めるようにしています。なのでこれに関しての収益はゼロ(労力分赤字)です。なので作者に支援してやるよ!みたいな仏様はこの先の有料ゾーンに課金していただけますと超絶嬉しさ爆発します。
あえて言いますが、この物語はフィクションです。
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