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川崎物語 貞山うそ日記 VOL,3

20XX年 04月01日 (月)

朝、トイレに入って用を足すと、不意にチ○コがポロッと取れてしまった。
何年も排尿以外に使っていないので、脳が不要と判断してしまったのかもしれない。ひどく寂しい気分になったが、取れてしまったものはしょうがない。
捨てるのもアレなので、リビングの棚に飾ることにした。
気軽に立ち小便できていた今までが幸せだったことに気づいた苦い春。

鹿の角のようにいずれ大きく生え変わることを希望します。

20XX年 04月02日 (火)

日差しが明るく、風が強い。春である。
春は出会いの季節。
おじさんであっても出会いは素晴らしいものである。

その日は朝から路上で待機していた。運送の仕事で、いわゆる荷物待ちをしていた。
路肩に止めた僕の車の前に一台の自転車が滑り込んできた。
見た目60代のおっさんである。ママチャリタイプの自転車で、カゴには買い物袋いっぱいに食材が入っているようだ。ネギの青い部分が飛び出して見えた。
おっさんはそのまま車道に自転車を停めると荷物も持たず、歩道の柵を乗り越えて古びたアパートらしき建物に入っていった。自宅なのかもしれない。忘れ物でも取りに来たのかな?僕はその様子を車の運転席からぼんやり眺めていた。
だが今日は前述の通り風の強い日であった。
傘を挿せば隣町の駅までタダで飛んで行けるくらい。スカートを履けば誰でももれなく小川ローザになれるくらい風の強い日である。
一瞬の突風であっさり自転車がバタンと倒れてしまった。
目の前に新鮮な野菜が放り出され、玉ねぎやリンゴが路上に転がっていく。
風に煽られたビニール袋はいくつかの商品を入れたまま自転車から遠ざかってく。まるで買われてしまったことが不本意であったかのように風に乗っていく。
もったいないな。と思った瞬間、荷物満載の4tダンプが通り過ぎた。野菜や果物だったものたちが残骸となって飛び散った。まるでそこだけ199X年のようである。
出会いとは突然なのである。
ふと気づくと自転車のおっさんが世紀末の荒野を呆然と見つめていた。そして僕と目が合うと猛然と近づいてきて怒鳴ったのだ。
「お前、何してんだよ!」
えっ?僕?
「あーあーあー。こんなになっちまって。どうしてくれんだよ!」
周りには誰もいないので僕に怒鳴っているようだ。だが江戸川区瑞江町の路上を世紀末に変えたのは僕ではない。
「とぼけてんじゃねーぞ、この野郎!」
おっさんはますます居丈高に声を荒げた。
何という出会いだろう。割と毎日善良に生きているのにこんな出会いしかないなんて。あんまりである。がっかりである。
僕は落ち着いて自分は関係ない旨を伝えたが、おっさんには通じない。そりゃそーだ。話が通じる人間なら初めからこんな文句は言ってこない。この現場に居合わせたことが有罪なのである。
よくよく聞くと、僕が車を自転車にぶつけて倒したと思い込んでいるようだ。風で倒れたんですよ、と言っても風なんかで倒れるわけがないと言い張る始末。後は
弁償しろの一点張りである。
「警察呼ぶぞ!」
伝家の宝刀抜きますよ、的な言い方にちょっと笑いながら「呼べば?」と答えた。
心の中では早く呼べよ!と思っていた。まるで埒があかない。
数分後に警察が来て、すぐに始末がついた。
僕は一応動画配信者としてそれなりのキャリアがある。常に面白いネタや画像、動画を求めているので、いつもUSBハブを持ち歩いている。警察官立ち会いのもと、車載のドライブレコーダーの画像をスマートフォンで見てもらった。それでおしまいである。
おっさんは偽造だ、ニセモノだと大騒ぎしたが無駄である。
警官に諭されて渋々引き下がった。
風に煽られて膨らんだウインドブレーカーの背中にはおしゃれなフォントでVAIN RESISTANCE(無駄な抵抗)と書かれていた。哀愁半端ないっす。

20XX年 04月03日 (水)

今日も今日とて風が強い。
最近よく耳にするのが、四季がなくなって夏と冬だけになった。みたいな話であるが、僕は全くそうは思わない。だって「春」も「秋」もちゃんと感じるから。
四季がなくなった理論の人は風流心が薄い人なのではないか?
そもそも春と秋は強烈な色彩の季節ではない。淡ーい季節なのだ。その淡く儚さの中に心を震わせる情景がある。感応力の欠如を地球温暖化のせいにしてはいけないのである。

20XX年 04月04日 (木)

コメダ珈琲でアイスコーヒーを飲みながらパソコンを叩いている。生意気にMacBook proである。全く使いこなしていないが、とにかくマックユーザーである事実は変わらない。パソコンをおもむろに開き、じゃーーんと鳴らすのがかっこいいのである。僕は意外とミーハーなのだ。
なぜにコメダ珈琲なのか?一人暮らしならどこでも一緒だろ?違います。
家はくつろぎ空間に仕上がっているので、仕事をする気が起きない。それどころか雑念を刺激するものに囲まれている。だからこそのコメダ珈琲なのだ。仕事以外にすることがない状況をあえて作り出さなければ僕は怠けてしまう。僕がこの世で一番信用していないのは僕自身である。
大袈裟なことを言うが、実際は大した作業ではない。運送物流に関しての記事を書いているだけである。僕は一応その業界のマイクロ・インフルエンサーとしても活動している。大したお金にはならないが、真面目にコツコツ、なのだ。個人事業主とは複数のキャッシュポイントがないと成立しにくい生き方で、小銭も拾っていかなければいけない。
最終的に4000文字ほどの駄文を書き散らかして店を出た。満足である。

20XX年 04月05日 (金)

元反社(自称)の高橋氏からの電話で起きた。時計は14時を指している。
先週話していた冷凍肉の配送の依頼である。集荷は今夜だそうだ。
特殊なお客さんの特殊な冷凍肉の配送は何度か手がけている。リスクも運賃も破格である。届け先はいつもと変わらず千葉県某市。集荷先は横浜の某倉庫である。時間と場所と荷量荷姿を確認して電話を切った。特別準備するものはない。気持ちを整える作業も今はしなくなった。慣れとは恐ろしいものである。僕が運ぶのはお客さんが渡してくれる大切な荷物で、それ以上でもそれ以下でもない。中身が何なのかは重要ではない。

定刻通りに所定の場所に車をつけた。
横浜市保土ヶ谷区にある倉庫、というか食品問屋の作業場兼倉庫といった感じの建物だった。奥に冷凍室がある。
高橋氏が出迎えてくれた。
「ご苦労さん。時間ぴったりだな」
「恐れ入ります。いつもお世話になっております」
「運び屋か?」
高橋氏の後ろにいた人物が野太い声で割り込んできた。がっしりとした体格の中年男性だ。渋いスーツを着込み、ネクタイはしていない。写真で見れば大企業の重役か大物代議士といった感じだが、滲み出るオーラが黒くねっとりと絡みつくように不快だった。明らかに一般人ではない。チンパンジーでもない。
心の中の冗談に肩の上のレキが呆れた仕草をしてみせた。
「この度はお仕事のご依頼ありがとうございます」
当たり障りのない僕の返事に男が興味なさげに頷いた。いい反応である。こんなところで愛想が良かったりフレンドリーに接してこられても困る。
すぐに倉庫の奥からジャージ姿の若者が二人出てきて台車に乗せた荷物を素早く車の荷室に積み込んだ。
大きな160サイズほどの箱がひとつ。100サイズほどの長細い箱がふたつ。小型冷蔵庫ほどの発泡スチロール箱がふたつ。荷物はそれだけだった。
「サンプルはどちらですか?」
「こっちのちょっと小さい箱だ」
僕の問いにスーツの男が答えた。よく見ると箱の上にマジックで『サ』と書いてある。サンプルとは中身が見られてもいいように本物の肉。いや、ちゃんとしたいわゆる「食用肉」が入れられたカモフラージュ用の箱のことである。保険みたいなものだ。いまだに役に立ったことはないが、備えは必要だろう。
高橋氏から封筒を受け取ってすぐに出発した。長居は無用である。調子に乗って話しかけたりもしない。裏仕事は口数少なく黙々とやるに限る。
走り出してすぐに冷凍機のスイッチを入れた。マイナス20℃でギンギンに冷やす。実際この時期の夜間ならそこまで冷やさなくても大丈夫なのは経験的にわかっているが、解けて「汁」が荷室に滲みたりするのが嫌だ。そこまで無神経ではいられない。
月の綺麗な夜だった。
今夜は風も穏やかで過ごしやすい。
レキが助手席のシートでうたた寝を始めた。軽トラは軽快に下道を走ってゆく。用心の為、首都高や高速道路は使わない。1号線に出て15号から産業道路、357号線となるべく交通量の多い道で千葉へ向かう。
首都圏にありながら千葉は非常に自然が豊かだ。中心地から外れると住宅密集地があり、その先は開発されていない山林が広がっている。今向かっているのもそんな山の中だ。採石場の看板があり、その奥に小屋がある。小屋の裏には大きなショベルカーが置いてある。連絡が入っているので、僕が着く頃には深い穴がすでに掘られている。僕が預かった荷物はその小屋にいる爺さんに渡せばいい。その先は知らないし、知る必要がない。要らぬ好奇心を発揮して僕自身が「肉」になるのはゴメンだ。

何事もなく荷物を下ろして帰路に着く。
腹が減っていたので山岡家でラーメンを食って帰った。

20XX年 04月06日 (土)

昨夜遅くに帰宅して酒を飲んだので、夕方まで寝て過ごした。
「肉」の仕事のおかげで売り上げを気にする必要がない。
してもしなくてもどちらでもいいなら僕は仕事をしない。とにかくダラダラ怠惰に過ごすのが僕のスタイルである。働きすぎは良くないのだ。
通算30回は観ているであろうプレデターの第1作目をまた観て過ごした。
毎年激烈に暑い猛暑が来るがプレデターは一向に姿を現さない。是非今年の夏は東京に来て欲しいものである。

20XX年 04月07日 (日)

僕は洗濯が嫌いである。不毛だと思う。だが、仕事のない日曜日は洗濯の日。
しょうがなく洗濯機を回し、乾燥機に突っ込んだ。この乾燥機のおかげで、不毛な洗濯の約半分が節約できる。ゴウンゴウン、ガランガランと回る乾燥機に仕事を任せ、ソファでビールを飲んだ。だらしない姿勢で漫画を読み、そのまま数時間過ごした。
非常に有意義な休日であった。

          VOL,3おしまい

ちょっと期間が開きましたが3作目。いかがだったでしょうか?
仕事の合間の車の中で書いたり、気分を変えてコメダやファミレスで書いたりと何とか仕上がりました。感想など頂けましたらドキがムネムネしますので是非よろしくお願いします。
本作の日付設定は適当です。そしてフィクションです。一部は本当です。
これからも嘘と本当のパラレル日記を継続して書いていきたいと思ってます。
基本無料で読めますのでよろしくお願いします。
そして、作者を応援してもいいよ!みたいな菩薩寸前の方はこの先の有料ゾーンの某日エピソードに課金していただけると、僕の発泡酒がビールにグレードアップしますので、よろしくお願いします。
今回の某日エピソードは少年時代の心霊体験です。


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