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歯の夢 | 橋口 賢人
また歯が抜け落ちる夢をみた。
歯が抜ける夢は定期的にみる。
毎度決まって大体上の犬歯あたりがぐらつくところから始まる。
乳歯が抜ける前のあの感じ。
乳歯のぐらつく感覚を鮮明に覚えているから夢で再現されているのか、夢でよく見るから乳歯のぐらつく感覚が忘れられずにいるのかは不明。
僕は乳歯がぐらつき始めると、いつも気になって舌でこねくり回していたたちだ。
おかげで、乳歯がちゃんと抜ける準備が整う概算2日前くらいに抜けてしまって、よく口が血だらけになった。
かさぶたの時も同じ感じだ。
30歳になった僕は相変わらず、夢の中でぐらつき始めた歯を舌でいじっている。
もちろん永久歯は乳歯と違って抜けてはかなり困るので、子供の頃の5倍はしてはいけないと思っている。
なのに、夢の中の僕は欲望に負けていじっている。
大人の方が子供より我慢が苦手なのかもしれない。
僕が現実世界で歯が抜け始めてしまう時は一瞬だと思う。
もし60歳で歯が抜けたなら、単純計算で今の倍の速さで舌でいじってるだろう。
今回の夢では上の右側の犬歯が抜けた。
抜けた後の歯茎の柔らかい感じもあの頃の再現がされていた。
小さい頃の僕は抜けた後の歯茎も舌でいじっていた。
あの頃は抜けた後のところには小さな永久歯が出てたりして、それをしきりに確認していた。
夢の中での抜けた後の歯茎はただの更地だった。
経験したことのないのに地味なところのリアリティが高い夢だ。
ショックを受けながらも、歯が抜けることに慣れている僕は「抜けた歯を無くさないように病院に持っていかないと」と思っている。
抜けた歯が部分入れ歯の制作に役立つかは未経験なのでわからないが、とにかくそう思っている。
この時、これが夢であるとは気づいていない。むしろ、夢でよく見ていたのがついに現実になってしまったと思っている。
そうこうしているうちに別の歯がぐらつき始める。
僕は焦りながらも、触っちゃだめだと思いながらも、やはり舌でいじっている。
側から見たら滑稽でジョジョのスタンド攻撃を受けているようにみえるに違いない。
結局歯は3本抜けてしまった。
夢から覚めた後、自分の歯がぐらついていないことに安堵する。
この夢をみるたびに近々歯医者に行こうと思う。
歯が抜ける夢を見た後はだいたい夢占いを調べる。
毎回うろ覚えなので「夢占いなんだっけ」程度の頻度でこの夢を見ているということ。
歯は生命エネルギーの象徴らしい。それが抜ける夢はもちろん縁起が悪く、自信や気力の低下や、健康面の悪化、生活基盤の乱れなどボロボロだった。
抜ける本数によっても度合いがあるらしく1本が一番マシ、全部が一番ヤバイらしい。
1本の場合は大事には当たらず結果オーライになるらしい。3本はダメだろうな。
抜けた後の自分の心情がポジティブなら、むしろいい変化が起きるとのこと。
抜ける歯によっての意味合いも変わる。
今回僕の一番最初に抜けた歯の犬歯は「自身の攻撃性」の意味を持つらしく、この夢を見た場合は自分の攻撃的な部分が和らぐ、、と。
僕の犬歯はなかなか尖っていて我ながらチャーミングポイントだと気に入っている。故に攻撃力は高い方だと思う。
でも実際の僕は、基本的に他人に対して攻撃的になることは少ない方だと思う。
怒ることはほどんどない。周りからも言われるからそうなんだと思う。
そもそも他人に対してかなりドライなところがあるからそういったことにエネルギーを使うことは避けがち。
一番最近でちゃんと怒った(キレた)記憶があるのは大学1年の時。
大学の学祭実行委員で、みんなの進退を決めるミーティング中どうしても許せない発言をした同級生に半泣きになりながらキレた。
自分は感情的になると涙が出るタイプらしい。
ちなみにその人が何を言ったのかは全く思い出せない。
涙ぐんで怒った記憶だけ残っている。
むしろ、ちゃんと他者と向き合って怒ることができる人は尊敬する。
これはただ自分の利己を通そうとするやつではなく、相手に対して向きあっているというところに対しての話である。
昔は同じレベルにいるから相手に対してムカつくんだと、いかにも尖った若者のような考え方をして、自分の向上心の材料にしていたけど、それは結果的にどんどん他者に対して向き合う力を衰えさせ、自分を孤独の道へ連れていったような気もする。
今ではすっかり合わない人からはスッと消えるような行動になってしまいがち。
これだけたくさんの人がいるんだから、全員と真面目に関わるのは無理があると思いつつも、もう少し他者と向き合えるようになった方がいいのではと思っている。
夢占いで攻撃性が和らぐと出てるのに、そのことについて考えていたら他人に対して怒りたい人になってしまっていた。
まずは人の顔を見て話せるようにならないとな。
でもまずは歯医者。
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デザイナー
バッグブランド「KENTO HASHIGUCHI」のデザイナー。プロダクトや什器製作、グラフィックや写真など色々やりがち。平日夜このあと何をすべきかで1時間悩むのをやめたい。 京都在住。京都工芸繊維大学デザイン経営工学課程卒。
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