命に嫌われているという歌を聴いてみて。
普段はロードレース、ロードバイク関連の記事をメインにしてますが、今回は音楽関連で。僕のバックグラウンドは音楽なのでご了承を頂けると幸いです。
この曲はカンザキイオリ氏作の曲で、最初はボーカロイドだったのかな?
で、実は僕もボーカロイドで一発当てようと試みたこともあって、過去には分かる人には分かる、ニコニコ動画にてタグに、期待の新人とか、知る人ぞ知る的なタグも付けられたことも、ニコニコ動画内のランキングにもランクインしたこともあるのですが、急にふと、「ボカロで売れるために音楽始めたわけじゃねぇ」とすべての動画を消した過去があります。なので同時期に活躍していたボーカロイド系の動画はかなりチェックして、勝手に一方的に今の米津玄師、当時のハチをライバル視してました。
最近知ったのですが、この「命に嫌われている」は紅白歌合戦にて歌われていたようですね。それだけ日本人は病んでいるということでしょうか。まあ僕もなんですけどね。と、それはさておき。
本題なんですが、この曲、分かる人にはわかって頂けるとおもうのですが、絶対にamazarashiに影響されてますよね。否定されてもこれは誰でもわかるはず。いや、全然悪いことなんてないんですよ?ただ個人的に思うところがあるわけで。
そのamazarashiは紅白に出ていないと。それはそれで良いんですが、いちファンとして。恐らく本人も望んでないと思いますし。
そこで、過去の自分語りで申し訳ないのですが、少しお付き合いを。
amazarashiとの出会いは地元札幌で出入りしていたラジオ局でした。そこのディレクターと先輩ミュージシャンに「このバンドめっちゃお前にそっくり。声も歌い方もテーマも。」と、当時メジャーデビュー仕立てのamazarashiのアルバムを聞かせてもらいました。正直、歌い方、声は「似てるかな?」といった感じでしたが、友人に聞かせたところ、「そっくり!」という声が大多数でした。CDを聞いてたら家族にすら僕だと思われるくらい。で、そのamazarashiに出会った頃、スランプというか、曲が作れなかった頃で、勝手に彼のせいにして曲を作れなかったと思い込んだりしてました。まあ彼のせいにしてたんですね、自分の能力のなさを。
その先輩には「お前の方が先にこういうテーマ、歌で始めてたのに、amazarashiが先に売れて悔しい!」とまで言ってもらってました。一応地元のライブハウスでも評価はして頂けていたのですが、結局僕が頑張りきれなかったのでしょう。何れにせよ、今は思うのです。あのまま日本にいてもろくなことはないな、と。
それはそれとして、僕にしても、amazarashiにしても、カンザキイオリ氏にしても、やっぱり病んでるんですよね。サイコな感じで。このお二方に自分を並べるのも恐縮ですが、彼らの曲に感銘を受けてる人たちも同罪ですから!
で、そんな曲がNHKで流れたと。これは由々しき事態です。良くも悪くも。
おそらくこのカンザキイオリ氏支持者はボーカロイド界隈支持者だと思うのですが、何故そこでamazarashiを無き者とするのか。ロックの世界でビートルズやチャック・ベリーやプレスリーをないがしろにするようなものではないか、と。いや、もちろん過去にもっと色々な始祖が居ますがそこは割愛で。始祖を割愛って。
日本は音楽の始祖たちを蔑ろにする傾向にあると勝手に思ってます。もっと古い曲を聞いてみて勉強するべきです。とはいえ流石に僕も1950年代の日本の曲は買い物ブギーとかくらいしか知りませんが。
amazarashiは友川カズキの系譜でもあると思うのですが、皆さんは如何お考えですか?
このカンザキイオリ氏を理解するにあたって、過去の偉人たちを知ることも大事なんです。それが歴史であり、音楽も歴史の一部なんです。
と、最近の、好きな日本語の曲をドイツ語で歌ってYouTubeに動画上げようかとか考えてる結局自己顕示欲の塊な僕なのでした。
でも日本のミュージシャンだったら岡崎体育とかMorohaとかも好きですよ。