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【掌編400文字の宇宙】リスボンの思い出

 リスボンに行ったことはないが幾つか思い出がある。

 靴の行商人をやっていた。自分で作るわけではなく、職人がつくった靴を革鞄に入れて町に出て売るのである。この商売はどれだけ職人を知っているのかが肝なので、七十人ぐらいの職人と付き合っていた。

 アルベルトという男がいてその妻はリズというなまえであった。アルベルトは港湾労働者用の靴をつくり、リズは女用の洒落た靴をつくっていた。ふたりとも名人レヴェルであった。

 昼間は港で、夜は歓楽街で靴を売った。居酒屋とかパブに行くと、女用の靴が売れた。酔っ払った男が女に靴を買ってやったり、また、ダンサーの女や、店の女はよく酔っ払いに靴を盗まれたり、あげたりしたのでそのかわりの靴が必要なのである。

 商売が一段落して、片付けをしている店でラム酒を飲むのが好きだった。

「JJ、見てこのくつ、似合うかしら」

「似合ってる。すてきだ」

 女は微笑む。リスボンの、もうすぐ真夜中。

#掌編400文字の宇宙
#リスボンの思い出
#アルベルトとリズ
#靴の行商人

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