【連載小説 中篇予定】愛が生まれた日(55)油断大敵‼だから人がたくさん死んだのに
メイはKの子を孕んだ。生理がとまったのである。高校には行かなかった。
はいはいはい。はい。
それで、不認知。男行方不明。からの母体出稼ぎ、ね。百八回聞いた話。煙草、アルコール。その他薬物もあるのかな。心療内科の通院歴。それで、いまの症状は?
「Kはいま、食道がんなの」
「え?」
「職場の健康診断でわかったらしい。今は実家におる」
「え、えーっと。結婚はされたの?」
「うん。でも、いつかな。4年前に別れた」
「え。ああ。えーとその……」
「うちから別れたんよ。あの人は、ようわからん。変な人やった」
「お子さんは?」
「島におるよ。ばあちゃん、うちの母と、妹がいっしょにおる。うちとSとで家を建て替えたから」
ん。これ、祖型(アーキタイプ・テンプレート)と違うパターンなのか。えーっと。最悪、バターン死の行進のパターンか。
まずい。まずいまずいまずい。おれとしたことが。落ち着け、JJ。
ああはあ。
別に犯人がいるバターンだ。だって、あれは未だ誰も責任を取っていないんだろうどうせ。偽物の現人神。腹を切ろうにもきれない。苦渋の決断の下の平和。
そうかな。私はそうは思わないけど。あれほどの大惨事だ。こういう時こそトップが腹を切らないでどうするんだ。自国民をあたら三百万人も死なせてお咎めなしだった王というのは、ここ三千年、寡聞にしてきいたことがない。
それとも王位継承は、ひそかに行われたのだろうか。神の座から下りた終身刑の象徴。それなら、何となく分かる。
とくに動機もなく(まああるのだけど)無差別に人がひとを殺す現象。誰も責任を取らない集団。沈んでゆく泥船。ちいさな幸せ。ちいさなわらいと舞台の大爆笑。
笑いというものはけして一定しない。定理から外れたところにおかしみが生じる。本当におもしろければ、三千年を見返して、私たちは腹から笑う。
素朴に。子どものようにわらう。
もしかすると私たちは二度と笑わないようよ、わらえないようなそんな気もする。
メイが手を差し伸べたので、それを握った。触ったので分かった。愛別離苦。かなしむ聖性であった。そういえば最初からそうであったはずだ。メイは、何も求めていない。お金でも快楽でもない。それを求める人にただ与える存在であった。
何という観違い。
私は、ある日の日暮れ時に、地方の小さな神社で前で見た光景を思い出していた。鳥居の奥に伸びる手であんだ縄。村か町か、忘れたがその場所に住む男たちが引く綱。汗をかいて、おとこたちは精一杯の力を振り絞って綱をひいていた。
いやがる声。嗚咽。呻き声。
綱は無常に引かれた。
血だらけの肉。鳥居。
神は目隠しをされていた。着物の上にセーラー服を着ていた。
本稿つづく
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