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【連載小説】タタラ郡の奇祭①
三十年程前、山を下りて予定していた時間にバスが来なかったので歩いて一時間程の集落に泊まったことがある。結局三泊した。
神社があり、祭りの準備をしていた。秋。
「おまつりですか」
ときくと、
「はい。御神輿もあります」と男がいう。「あんたヤマから下りてきなさったの?」
「はい。バスがなくて」
「○○行きのバスはこの時期はもうないし」
「はあ。タクシーは」
「あんた、一万円ぐらいかかるし。祭りが終わったら帰るひともおるし、乗せていってもらったほうがいいし」
「泊まるところはありますか」
「んー。ない。ある」
といって、この石田さんは誰かを連れて来た。おばさんで、この人の苗字も石田さんである。軽トラックに乗って、この石田さんの家なのかわからないが、田舎の大きな家につれていかれた。家屋の後ろは森で、杉の木が鬱蒼として暗く斜面には芒が生えている。
「ここだ」と言っておばさんの軽トラはまたもと来た道を戻っていった。
顔合わせとかしてくれないのか、と思った。
「あのう」
と開きっぱなしの玄関から奥に声をかけた。屋内はくらいし、人の気配もない。
「ここだ」というのは、ここがうちの家だから上がっといてという意味なのかと思った。田舎の人というのは普段ノンバーバルな環境に身を置いているので説明が不足することがよくある。
おじゃまします
と一応挨拶して玄関に入ってギョッとした。若い娘が居た。
「あ、こんにちは、えっと」
「石田です」
と娘はいった。
「あ、ぼく、原といいます」
「山からおりてきなさったの」
「はい。バスが、」
「風呂、どうぞ」
と言われて家に上がった。登山靴を脱いだ山用の靴下には枯葉のクズや土がついている。掃除の行き届いた廊下を進んで、玄関の反対側に出た。
「あすこ、湯わいてますんで」
と娘が指さしたところは屋外の、岩屋であった。
「温泉です」
「はあ」
軒先のサンダルをつっかけて、歩いていった。木製の椅子に荷物をおろした。湯けむり。においはとくにない。首をのばしてのぞくと、竹の樋をつたって湯が木桶に注いでいる。風呂用の椅子と桶もある。
振り返ると、娘はもういなかった。
本稿つづく