【連載小説 短篇予定】美の骨頂④ハレー彗星とアトラス彗星と山崎ハコのニューアルバム『元気かい』
当時世の中では勝ち組とか負け組、陰キャとか陽キャという二分法が施行されていました。
とうじというかいつの時代もそうなのだと思います。翼賛体制と共産主義、赤と黒、白と黒、紅白歌合戦。犬と猫。刺身と照り焼き。ビーフ or チキン。ポークはないのかな。あーん?
第三者というのは誰のことなんだろう。観光客のことでしょうか。ホテルに就職したかったナ。そこでうちのイギリス英語を活かして、ロンドンの青年とフォーリン・ラヴ。
でもおとうに命じられてうちは上京しました。
おかあの実家はN馬の石神井公園とゆうところにありました。門の前は東西にのびる池です。久米のマンション(うちの実家)の二十倍ぐらいの広い家です。
「あのな、あせこ、東京の人というのは、性質が悪い。都内の電車というのは移動する閉鎖病棟のようなもので、いつなんどき殺人事件や猥褻行為が発生してもおかしくない」
とおじい(沖縄の)が言いました。
「無傷で生きていくのは困難というか、無理だ。しかし、がんばってね」
といって波の上神宮で買ったお守りをくれました。
それから、おばあ(沖縄の)が、ここと、ここと、ここ、ここと、ここ、ここと、ここ、ここと、とゆうて東京で巡るべき聖地を指示しました。
「時間をみつけて、まわってね」と言いました。
だいたい忘れましたが、そのうちの一つの平将門の首塚にはこの前いきました。一人ではなく、会社の同期(けど向こうは高卒なので年下)の伊佐凪子(いさなぎこ)と行きました。
おばあに電話で連絡すると、おじいがかわって「伊佐というのは沖縄の苗字だな。沖縄の人か」といいました。
「横浜のひとみたいよ」
「ふむ。横浜か。気をつけろよ。いずれにしろ大都会の人だ。小さなころからさまざまな犯罪を目にし、モラルが崩壊してるからよ」
「はい」
「なんか、いい男は見つけたか」
「いいえ」
「ふーむ……。JJ(おとうのこと)に聞いたんだが、おまえ彼氏いないんだって?」
「はい」
電話口の向こうで怒るおばあの声がして、今度はおばあが話しました。
「あっちゃんごめんね。余計なことを」
(人が人をぶつ音)
「もしもし」
「うん」
「兎に角、トーキョーというところは物騒だし、方角も悪いし、あたしらはよくわからないけど、とにかく気をつけてね」
「はい」
「男にも、女にもじゅうぶん気をつけてね」
「はい」
「車にも気をつけてね」
「はい」
「電車の乗り降りにも気をつけてね」
「はい」
「ご飯はたべてる?」
おばあ(沖縄の)の声が涙声になりました。
「はい」
「まだ寒いか」
「うん」
「毛布はあるか」
「うん」
「腹を出して寝てはいけないよ」
「うん」
電話口の向こうでおじいのどなり声。電話代がかかる。は? 無料通話なんですけど。だまっとけ、へーくきれ、フリムンが。
「……じゃあ、あっちゃん、なんかあったら直ぐ連絡してね」
「はい」
「ところでいまどこにいるの? 時差は、ないか」
「えーっと」
がちゃ。電話が切られました。おじいが切ったのだと思います。
伊佐凪子が、苦笑いをしてうちを見ていました。
本稿つづく